69#/おまけSS…魔王のお風呂

 とぽん。


 天井から滴る水滴が湯船に落ちた。


 ライトレス家別邸の大浴場とは違い、小さな浴槽。


 白く濁った湯に入り、華奢な身体を丸めて肩まで浸かる。


「ふ、ぅ…」


 魔王ラースの口から吐息が漏れた。


 本当なら手足を伸ばしたい所だが、この狭い浴槽ではそれも出来ない。


 またローファスの家にお邪魔したいな、なんて物思いに更けながら、湯船に写る自分自身を眺める。


 あ、これは影には含まれないか…と思い至り、浴槽の底に出来ているであろう自身の影をとんとんと指で叩く。


「まだー? いつまで待たせる気だーい?」


 聞こえているかも分からないが、取り敢えず文句を言ってみる。


 今夜連絡すると言っていたのはローファスだろうに、とラースはぼんやりと思う。


 少し待ち、やはり聞こえてないかと溜息を吐いた所で、湯船から頭が刃物が如く尖った黒い魚——ローファスの使い魔が顔を出した。


『…貴様が、風呂から出るのを待っているのだが?』


「あ、ローファス。なんだ、お風呂から上がる所が見たかったのかい? 言ってくれれば裸位いつでも…」


『切るぞ』


 ちょっと本気で通信を切りかねない雰囲気のローファスに、ラースは慌てて魚を抱き寄せる。


「待って待って、冗談だよー。それで、話したい事って?」


 取り敢えず無理矢理に本題に入るラース。


 ローファスは心底面倒そうに溜息を吐いた。


『アベルについてだ。貴様、奴は全盛の力を持っているなどと言っていただろう。具体的に何を見たのか聞いておこうと思ってな』


「ほう…それは全然良いけれど。具体的にと言っても、アンブレは瞬殺されたからねぇ」


『瞬殺…なら、殆ど一撃で殺されたという事か。それで何故、全盛の力があると?』


「アンブレを倒したのは、蒼い炎を纏わせた剣だった。一振りで灰も残らず焼き尽くされたよ。蒼炎系の技は確か、六神の加護を得てから使える様になったものだった筈だ」


『…ふむ。蒼炎か』


 ローファスは思案する。


 ラースの言っている事は正しい。


 火属性の中でも、蒼炎は非常に高威力であるとされており、その上高難度とされている。


 実際、現代に蒼炎の使い手はおらず、文献で知られている程度である。


 蒼炎の使い手は過去にも数える程度しか存在せず、体得が高難度過ぎるが故に、一説には人間に体得できる技では無いとまで噂される始末。


 しかしアベルは、人の身でありながら、六神の加護を得た事で蒼炎の技を体得するに至っていた。


 だが今回、アベルは恐らく六神の加護を得ていないにも関わらず、蒼炎を扱えているという。


 蒼炎を扱っていた頃の記憶を保持している為、コツを掴んでいたという事だろうか。


 否、しかしそれは、火属性との親和性の異常な高さの説明にはならない。


『答えは出ん、が…話は分かった』


「僕に聞きたかった事ってそれだけかい?」


『ああ、十分だ。ではな』


「いやいやいやいや」


 話は終わったとばかりに切り上げようとするローファスに、ラースは非難がましい声を上げた。


『なんだ』


「なんだって…ローファスだってなんだい、その都合の良い女扱いは。いや、文句を言う立場に無いのは理解しているけれどね。こちとら、君と話すのを楽しみにしていたんだよ?」


 くどくどと半目で黒い魚を睨みながら文句を言うラース。


 ローファスは気怠げに答える。


『俺を相手に媚売りか? 貴様も大変だな』


「媚び売るだけなら文句なんて言う訳ないだろう。良いかい、僕にとって君との会話は唯一の娯楽と言って良い。ローファス、君はその事を正しく理解——」


『あー…分かった分かった。それで、貴様が話したい事はなんだ。聞いてやるから話してみろ』


「よくぞ聞いてくれた! まず、養蜂場の今期の売り上げについて——」


 まるで取ってきたボールをはしゃぎながら見せびらかしてくる犬の如く、活き活きと如何に自分の采配が良かったかを語るラース。


 結局その長話は、ラースがのぼせてぶっ倒れるまで続いた。


 ローファスは使い魔越しに、色白の身体が真っ赤っかになったラースを、手厚く介抱する羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る