75# 使徒会談
トーナメント初日を終えた夜。
ローファス、アベル、リルカの三人が集まっていた。
場所は飛空艇の大部屋。
リルカ以外の《緋の風》の面々は席を外しており、大部屋には円卓を囲んだ三人のみ。
笑顔のリルカ、仏頂面のローファス、そして険しい顔のアベルと、とてもではないが仲良くお喋りが出来る空気では無い。
因みに、アベルは午前の予選バトルロワイヤルを無事に通過したものの、その直後アステリアを探す為に会場から離れ、午後の本戦トーナメントの初戦を見事にすっぽかした為、棄権扱いで失格となっていた。
そしてローファスは、使徒の集まりに来て欲しいと使い魔を通して連絡を受けるも、無視し続けた結果、最終的にはリルカが学生寮の私室にまで押し掛けるという事態に発展。
割と強引に連れ出されたという背景がある(アベルはリルカの呼び掛けに応えて普通に来た)。
そんなこんなでのリルカ主催の使徒同士の集まり。
集まったは良いものの、同じ空間に居るだけで今にも戦闘をおっ始めそうなピリついた空気を発しているローファスとアベルの二人。
いつもなら率先してお茶を淹れに行くリルカだが、流石に今二人きりにするのは拙いと判断し、飲み物はホークに頼んだ。
きっと良いタイミングで持って来てくれるだろうと期待しつつ、リルカは手を叩いて話を切り出した。
「はい、それじゃ色々と話していこうか。ほら、二人ともいつまでピリついてんの。笑顔笑顔」
にこっと笑顔を作り、二人に笑い掛けるリルカ。
アベルは「あ、あぁ」と返事はするもその表情は硬く、ローファスに至っては完全に無視である。
空気は相変わらず、鉛の如く重い。
しかし、昼間に殺し合い手前にまで発展していた両者をその日のうちに引き合わせているのだから、こうなるのは当然といえば当然の事。
リルカは若干顔を引き攣らせつつも、話を進める。
「あー…と、取り敢えず、情報共有が先かな? 私とロー君はある程度共有してるし、アベルの話を聞こうかな。それで良い?」
「ああ、僕はそれで問題無い。これまでの事を話せば良いんだな」
その提案に、快く同意するアベル。
リルカは黙ったままのローファスにそっと目を向ける。
「…ロー君は、それで良い?」
「…」
またも無視。
ローファスは腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向いている。
目を合わせようともしないローファスに、リルカは額に青筋を立てる。
リルカは静かにローファスの背後に回ると、怒りの声を上げながらがばっと抱き付いた。
「もーーー!!」
「なっ…!? おい貴様、何の真似だ!?」
リルカの突然の暴挙に驚き、強引に引き離そうとするローファス。
対するリルカは、絶対に離されまいとしがみつく。
「何でさっきから無視するの!? 返事くらいしてくれても良いじゃん!」
「良いから離せ! そもそも俺はこの集会に来る事に容認した覚えは無い! 貴様が無理矢理連れて来たのだ! 情報共有が目的なら貴様とそいつだけで事足りる筈だろう!」
「折角久しぶりに会ったのになんでそんなに冷たいの! ロー君にとって私はもう昔の女って扱いなの!?」
「フリだっただろうが! 誤解を招く言い方をするな!」
ローファスとリルカの間で突然始まった、痴話喧嘩じみた言い争い。
アベルは目を剥いて驚き、暫し呆然とそれを眺めていたが、途中からふるふると肩を震わせ、終いには握り締めた拳でテーブルを叩き付けた。
アベルはじろりとローファスとリルカを見る。
「…僕の話をするのは全くもって構わない。だがその前に、二人の間に何があったかを聞かせてもらおうか」
アベルの怒りに満ちた視線を受け、リルカはそっとローファスから離れる。
そしてリルカは、少し気まずそうにしながら口を開く。
「あー…まあ、気になるよね。ロー君、諸々話しちゃって良い?」
「…好きにしろ」
ローファスより許しを得、リルカはこれまであった出来事の説明を始めた。
*
「——っていうのが私とロー君が恋人になったキッカケかな。あの頃は良かったなぁ、毎日がキラキラ輝いて見えて…」
「こ、恋人!? リルカとローファスがか!?」
「だからフリだと言っているだろう! リルカ、貴様も紛らわしい言い方をするな!」
リルカのわざとらしい表現にアベルが反応し、すかさずローファスがキレながら訂正を入れる。
そういった賑やかな一幕を要所要所で挟みつつも、リルカはローファスとの出会いからステリアでの一件、そして天空都市にまで赴いた一連の出来事を話した。
アベルは事の次第を聞き終えると、目を伏せ、「そうか…」とだけ口にして暫し沈黙する。
話は理解した。
ローファスにより、リルカは家族の命を救われた。
その過程で、二人が近しい関係になっていたとしても何ら不自然ではない。
そして気になるのは二人が恋人だったのか否かについてだが、ローファスの反応から察するに恐らくは本当にフリだったのだろうとアベルは結論付ける。
リルカは気を許した相手には距離感が近くなり、スキンシップをする事も多くあった。
それは前回、アベル自身も経験している事であり、今回のローファスとの距離感の近さも別段おかしな点は無い。
前回敵だったとはいえ、今回は家族の命を救ってくれた恩人。
気を許すのも頷ける話。
ただ、アベルにとってローファスは、四天王の《影狼》として黒い魔物を操り、王国を滅亡寸前に追いやった仇敵というイメージが強く、どうしてもリルカの語るローファス像と噛み合わ無い。
「疑っている訳では無いが、正直信じ難い話だ。あのローファスが、そんな…」
「…アベル。重ねるのも無理は無いけど、今のロー君は四天王だった頃の《影狼》のローファスとは違うよ?」
「それは改心した、という事か? ローファスが今回、リルカを助けてくれたというのは分かった。しかし、それでも前回、黒い魔物により多くの兵士達が亡くなったんだ。その事実は消えない」
やはり受け入れる事は出来ない、とアベルはローファスを睨む。
ローファスはそれに答えず、面倒そうに目を背けるのみ。
今にもローファスに前回の凶行を責め立てそうなアベルに、リルカは慌てた様に間に入った。
「違う違う! そうじゃなくて、私やアベルと違ってロー君には前回の記憶が無いの! 前回の四天王だったローファスと今のロー君は違う。今ここにいるロー君は、王国転覆を図った反逆者じゃ無いし、兵士殺害にも関わってない」
「記憶が、無い…? だが、前回の事を知っているんだろう。どういう事だ?」
「それは…」
懐疑的なアベルに対し、リルカがどう説明したものかと言葉を詰まらせた所で、ローファスが痺れを切らした様に席を立った。
「ろ、ロー君…?」
「もう良い。そもそも俺は、この男と協力関係を築く気など毛頭無い」
ローファスに威圧的に睨まれ、アベルもムッと睨み返す。
「何、言ってるの…相手は前回世界を滅亡させた《闇の神》なんだよ…? 使徒同士で協力しなきゃ…」
「風神が、そう言っていたのか? 使徒同士の協力が必須だと」
「いや、それは…」
言い淀むリルカ。
風神から伝えられたのは、使徒は《闇の神》打倒に必須であり、誰一人として欠けてはならないという事だけ。
確かに協力が必要とは、言われてはいない。
ローファスは肩を竦める。
「元より俺は、六神自体を信用していない。故に、六神の思い通りに動いてやる気も無い」
「そんな…ロー君は、世界がまた滅んでも良いの?」
「…無論、《闇の神》とやらの好きにはさせる気は無い。もしも《闇の神》が俺にとって不都合な事をするならば、その時はこの俺が手ずから葬ってやる」
ローファスはそう宣言し、踵を返して部屋の出口へ向かった。
「ちょ、待ってロー君!」
リルカがローファスの後を追う様に立ち上がった所で、扉がバンっと勢い良く開かれる。
入って来たのは、酒瓶と人数分のジョッキを抱えたホークだった。
酒を持ったホークを見たローファスは、怪訝そうに眉を顰める。
「ホーク…? 何だ、それは」
ホークは明るく笑う。
「お、ご無沙汰っすローファスさん! いや、旧友同士で集まるって聞いたもんで。要するに同窓会みたいなもんッスよね? なら、やっぱ酒が無いと始まらんでしょう! 時間を超えた再会に乾杯ってね!」
「…はぁ?」
“時間を超えた再会”と、まるで事情を把握しているかの様なホークの口振りに、ローファスはじろりとリルカを見る。
リルカは「あー…」と目を逸らした。
「ほら、天空都市で私、結構大規模な魔法使ったじゃん? それでホーク兄も隠し事があるのは察してたっぽかったし。今後の事も考えると、これを機に話しちゃった方が良いかなー…って。一応、皆知ってる」
「ある程度の事情は聞きましたよ! 今後は出来る限りバックアップするんで、いつでも声を掛けて下さい! 俺達も世界滅亡なんて真っ平っすから!」
丸縁グラサンをキランと輝かせ、サムズアップをするホーク。
ローファスは開いた口が塞がらないといった調子で、まじまじとホークを見据える。
「巻き戻された世界——貴様等、そんな荒唐無稽な話を信じたのか…?」
「そりゃ、最初は驚きましたよ。でもまあ、話を聞いてて辻褄の合う事も多かったですし、何よりリルカの言う事です。疑う訳ないじゃないっスか」
当然とばかりに言ってのけるホークに、ローファスは目を丸くして「…そうか」とだけ返した。
「相変わらず、呑気な連中だ…恵まれたな」
そう呟き、ローファスは一人部屋から出て行った。
「あ…ちょ、ローファスさん?」
横を素通りされ、ホークは困惑する様にリルカを見た。
「あー、すまん。もしかして俺、間が悪かったか?」
「…いや、それは良いよ。でも、お酒はいらないかな」
普通にお茶で良かったのに、とリルカは呆れた様に付け加えた。
*
ローファスが抜けた大部屋に、リルカとアベルだけが残されていた。
リルカとアベルの前には、ホークが淹れた紅茶が置かれている。
リルカは紅茶をずずっと一口啜り、「うすっ…」と呟く。
慣れない事お願いしちゃったかなーなんて考えているリルカに、アベルが意を決した様に口を開く。
「すまん……ローファスに対して、態度が悪かった」
頭を下げるアベルに、リルカは「ん」と返す。
「…私も、ごめん。こんなに険悪になるとは思わなかった」
見通しが甘かったなーと反省するリルカ。
ローファスとは親しくしていた事もあり、又前回の記憶を有していない以上はアベルとの確執もそこまで強いものでは無いだろうと甘く見ていた。
昼間にローファスとアベルが殺し合い寸前にまで発展していた事実を、もっと重く見るべきだった。
また謝らないと…と何処か上の空のリルカを、アベルは神妙に見つめる。
「リルカ。ローファスが家族の命を救ってくれた恩人であるのは分かった。前回、王国転覆を図った《影狼》とは別人であるという事も。その上でも…少し、ローファスに対して気を許し過ぎじゃないか」
「…なに、急に」
「今回のローファスが、前回の《影狼》のローファスと別人であったとしても、中身が変わった訳じゃ無い。あいつは、人の命も、仲間でさえも平気で切り捨てる様な男だ。その本質は変わらない」
アベルの言葉に、リルカは不快そうに眉間に皺が寄る。
「…何が、言いたいの」
「僕は、リルカの事を心配して…」
「アベルに、ロー君の何が分かるの? ロー君の、何を知ってるの? これ以上テキトーな事を言うなら、アベルでも許さないよ」
リルカに睨まれ、それでもアベルは引かず、言葉を続ける。
「リルカ、少し冷静になれ。僕は…——ストーーーーップ!!!」
突如大声を上げ、アベルは続いて自らの頬を思い切り引っ叩いた。
パーンと大部屋に鳴り響く軽快な張り手音。
突然のアベルの奇行に、リルカは目を見開いて驚く。
「——
赤く腫れた頬を涙目で摩りながら、虚空に向けて怒鳴るアベル。
その雰囲気、その口調もアベル本来のものとは掛け離れたもの。
何が起きたのか分からず、リルカはただ呆然とアベルを見つめる。
「アベル…?」
「あ、ごめんごめん。急に切り替わってビックリさせちゃったよね」
アベルのその目を見た瞬間、リルカは目の前にいる男がアベルでは無いと、即座に気付く。
リルカは警戒する様にアベルから離れた。
「…どういう事。貴方、アベルじゃないでしょ」
「あー、分かっちゃうかー…いや、流石はヒロインの一人」
「意味、分かんないんだけど」
リルカが鋭い目で睨みながら、腰の短剣に手を掛ける。
するとアベルは慌てた様に両手を上げる。
「待った待った! 俺は敵じゃないって! ——って、お前もぎゃーぎゃーうるせー! 替わる訳ねーだろ! これ以上主人公の格を落とすんじゃねーよクソが!」
またも虚空に対して怒鳴るアベル。
リルカは眉を顰めつつ、その場所を注視する。
視覚的には何も見えないが、何か魔力の揺らめきの様なものがあるのをリルカは感じ取る。
「…まさか、そこに
「お、すげー! 分かんだね! そうそう、
「…は?」
「ま、俺の自己紹介は後で良いや。それより今はもっと重要な事がある」
アベルはずいっと顔をリルカに近付けた。
リルカは反射的に身を引き、再び腰の短剣に手を掛ける。
しかしアベルは気にも止めず、リルカの金色の瞳をじっと見つめる。
「リルカちゃんのローファスに対する態度、かーなり怪しく見えるんだけど。何と言うか、好意を持ってる様にしか見えないと言うか」
「…は? 関係無いでしょ」
「まあ関係は無いかもね。で、ぶっちゃけどうなの?」
「うるさいな…」
「ローファスの事、好きなの?」
「…」
アベルの繰り返される不躾な問い掛け。
それは、リルカの逆鱗に触れる言葉でもあった。
「ねぇ、ぶっちゃけどう——」
「うるっさいなぁ!」
リルカは何かがキレた様にアベルを突き飛ばすと、怒りの形相で睨み付ける。
それは何処か、泣きそうな顔で。
「——そんなの私にも分かんないよ! 好きだったら何? もし仮に、私がローファス君の事好きだったら何なの? 貴方に何か関係ある? アベルじゃない癖に! 私の事、何も知らない癖に!」
まるで抑圧していた感情が溢れる様に、リルカは矢継ぎ早に捲し立てる。
突き飛ばされたアベルはよろめきながらも、それを静かに聞き、最後には肩を竦めて微笑んだ。
「リルカの事は知ってるよ。少しだけね」
アベルは僅かに乱れた装いを整え、僅かに首を傾ける。
「ま、良いや。そういう事なら、ここは良いから早くローファスの所に行きな」
「…は?」
「好きなんでしょ? なら追い掛けなよ。アベルなんかの相手してる暇無いでしょ」
アベルの思わぬ言葉に、リルカはその意図が理解出来ず、困惑する。
「…意味、分かんない。何が目的なの?」
「俺の目的はパーフェクトなハッピーエンド。全てのキャラクターの大団円って所かな。リルカはさ、ここでローファスと拗れたまま終わって良いの?」
「そんなの、良い訳…!」
「答え出てんじゃん。さっさと行きなって」
アベルはしっしと追い払う様に手をひらつかせる。
本物のアベルから何かしらの干渉を受けているのか、鬱陶しそうに片目を瞑りながら。
リルカは暫し悩む仕草を見せ、意を決したように踵を返した。
「…お礼は、言わないから」
それだけ言い、リルカは部屋から足早に出て行った。
大部屋に一人残されたアベルは、椅子に腰掛け、冷めた紅茶を呷る。
「渋っ…」
アベルは苦々しく舌を出し、少しだけ寂しげに呟いた。
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