74# 嫉妬
相対するローファスとアベル。
暗黒と火炎の魔力がぶつかり合い、焼き切れた黒と紅蓮の魔素が舞い散る。
アベルの頭には
『アホ! バカ! ローファスとは敵対するなってお前が言ってたんだろーがアベル! 勝てる相手じゃ無いんだろ!? 主人公補正でどうにかなんのかよコレ!』
わーきゃーと騒ぐ
アステリアの僅かに赤みを帯びた、まるで泣き腫らしたかの様な目尻を見たアベルは、怒りの形相でローファスを睨む。
「アステリアを、泣かせたのか…!」
「アベル!? 何でここに…って違う! この目は違くて、泣いてたとかじゃないのよ!?」
アステリアは必死に否定するが、ローファスは仇敵とも言える相手からの売り言葉に、文字通り買い言葉で返した。
「はっ! だとしたらなんだ」
「やはりそうか!」
より激昂するアベル。
アステリアを泣かせた記憶は欠片も無いが、取り敢えず目の前のアベルの存在が苛つくのでそう返したローファス。
そうこうしている今の今まで、ずっとローファスに抱き締められているアンネゲルトは顔を真っ赤にして叫んだ。
「何言ってんのアンタ!? 泣かせて無いでしょうが! そりゃちょっとしんみりさせてたかも知れないけど! なんか良い感じの雰囲気で終わってたじゃない! ていうか引っ付き過ぎよ!」
アンネゲルトの声も、アステリアの静止の声も臨戦態勢に入った両雄には届かない。
片や想い人を傷付けられたと誤認して冷静さを欠き、片やこの世で最も気に入らない仇敵を前に殺意が剥き出しになっている。
因みに、結界の外にいたアステリアの護衛の近衛騎士リットは、アベルとローファスの魔力波を受けて泡を吹いて気絶していた。
アベルは全身に炎を纏い、剣に火力を集中させる。
対するローファスは、手の中に無詠唱で生み出した
両者が今にも大技を放たんと魔力を迸らせる中、
『ちょっと!? 会って五秒で何でこんなクライマックスみたいな事になってんの!? てかアレ、全体カンスト攻撃の激ヤバ技
「躱せば問題無い!」
『だから躱す為の回避力を上げたかを聞いてんだろうが!? 脳筋思考も大概にしろよお前! 昨日の方針会議はなんだったんだよ!?』
嘆く
アステリアも止めようと何かを必死に呼び掛けているが、その声は魔力の奔流に掻き消される。
「…ねぇローファス。この位置、私も危なくないかしら? 暗黒って火に弱かったわよね?」
「ふん、それは同格であればの話だ。あの程度の炎、マッチの火を吹く様に消し飛ばしてくれる」
抱き寄せられているアンネゲルトは、冷静に己が身を案じるが、それに対するローファスは好戦的に口角を上げ、何とも脳筋じみた返答をする。
そっかー、最悪ここで死ぬのかー、と若干諦めの境地に入るアンネゲルト。
そうこうしている内に両者の魔力は最大限にまで高まり、刹那の静けさが流れる。
アベルは、ローファスの目を見据え、苦々しく呟く。
「その翡翠の目。ローファス、やはり君は《闇の神》の側だったか」
「そう言う貴様は、六神の使いっ走りか?」
「…そうか。その言葉で十分だ」
今の短いやり取りで、やはりローファスは《闇の神》側の者であると確信を持つアベル。
最早会話は不要とばかりに、アベルは超高温の蒼炎を纏わせた剣を振り上げる。
ローファスもそれを迎え撃つ形で、少し遅れて
アベルが蒼炎の剣を振り下ろし、極大の魔法同士が激突する——
そう思われた瞬間、周囲に風が吹き荒れた。
「ストーーーーップ!!」
空から響き渡る甲高い静止の声。
そして直後、一人の小柄な少女が上空より飛来した。
ローファスとアベルの間に着地し、少女は二人を止めようと両手を広げて静止する。
それを見たアベルは、目を剥いて驚く。
「——な、リルカ!? 馬鹿、直ぐにそこを退け!」
アベルの声に、しかしリルカは慌てた様子も無く避けようともしない。
ローファスに向けて放たれた蒼炎の剣は、最早アベルには止める事が出来ない程に威力が高まっていた。
それでもアベルはどうにか止めようとするが、勢いが僅かに弱まる程度で完全には止まらない。
対するローファスは、突然のリルカの割り込みに眉を顰め、舌を打つ。
そしてアベルの蒼炎の剣がリルカの眼前に迫った瞬間、ローファスの
瞬間的な暗黒と蒼炎の魔力の衝突。
蒼炎の剣に込められた膨大な熱量が解放される瞬間、ローファスはそれよりも先に
黒い斬撃に飲まれる形で、蒼炎の剣はアベルの手から離れて空へ弾き飛ばされる。
間も無く、上空で蒼炎の魔力が解放され、青い爆炎が空を駆け抜けた。
『うおおお!?
『修理代がー!』『魔石代がー!』と上空から拡声魔法により響く嘆きの声。
ローファスからして聞き覚えのあるその声は、シギルのもの。
それは、上空で待機する透明化した飛空艇より発せられたもの。
飛空艇でここまでリルカを運んで来たのか、とローファスは当たりを付ける。
「サンキュー、ロー君。助かったよ。死ぬかと思った…ちょっとだけ」
振り返り、ニヒルに笑うリルカ。
その言葉は非常に軽く、死ぬ可能性など一ミリも考えていなかったかの様。
ローファスは呆れた様に半目で睨む。
「白々しい奴だ。俺が助けなければどうする気だったのだ」
「でも助けてくれたじゃん。ね、優しいロー君?」
「…」
うざっとでも言いたげにローファスは顔を背けた。
*
そんなやり取りを呆然と眺めていたアベルは、ふと我に返った様にリルカを見る。
「リルカ…待ってくれ。ロー君…? まさか、ローファスの事か? 一体、どういう…」
アベルの顔に浮かぶのは混乱、そして困惑。
敵対している筈の相手と、妙に親し気に話すかつての仲間。
いや、そもそもリルカは自分の事を覚えているのか。
ローファスが前回の記憶を持つなら、その知識を利用して何も知らないリルカを抱き込み、懐柔したのではないか。
良くない可能性が脳裏に巡る最中、まるでその思考を否定する様に、リルカは微笑みアベルを見た。
「アベル、おっ久ー。元気してた?」
それは所謂、死別したかつての仲間との、時を超えた再会。
…の筈なのだが、リルカの挨拶はびっくりする程軽いものだった。
「僕が、分かるのか? という事は、リルカも使徒…? いや、なら何故そちら側に居る? ローファスは、敵だろう」
困惑が拭えない様子のアベル。
リルカの立ち位置は、まるでローファスの側に付いている様に見える。
その構図はまるで、アベルからローファスを守ろうとしているかの様な。
リルカはじっと見据え、かつかつと靴底で地面を叩く様に歩いてアベルに近付く。
「リルカ…」
少しだけ安堵した様なアベルの胸板に、リルカは人差し指で刺す様に指差す。
「所でアベル。今の攻撃、ロー君が止めてなきゃ私死んでたよね? いやまあ、勝手に飛び出したのは私だし、責める気は無いんだけど」
「あ…」
リルカにじとっと半目で睨まれ、アベルはハッとしたように顔を青くする。
「す、すまない…」
「あー違う違う。謝って欲しいんじゃなくてさ。私が言いたいのは、ロー君は敵じゃないって事」
「…は? リルカ、一体何を…」
アベルはローファスに視線を移し、何を馬鹿なと眉を顰める。
リルカは諭す様に言う。
「よく考えて。ロー君が本当に敵なら、飛び出してきた私ごと魔法で消し飛ばしてた筈でしょ。それに、こうして話している今も、攻撃もせずに待ってくれてる」
「それは…そうかも知れないが…」
黙って成り行きを見据えるローファスを指して淡々と述べるリルカに、アベルは迷いを見せながらも、ローファスの《影狼》時代の暴挙が脳裏にちらつき、受け入れる事が出来ない。
そのアベルの迷いを振り払うように、リルカは甲高く手を叩いた。
「兎に角、もう使徒同士で争うのは駄目だからね」
「使徒、同士…!? まさかローファスが六神の使徒だと言うのか…?」
信じられない、とローファスを見るアベル。
ローファスはそれに、肯定も否定もせずに無言で返す。
「詳しい話は後で。ロー君もそれで良い? …アベルの方から襲い掛かってたっぽいし、納得出来ないかもだけど」
「…別に。俺は降り掛かる些末な火の粉を払おうとしただけだ」
顔を背け、気怠げにそう答えるローファス。
“些末な火の粉”と揶揄され、アベルの眉間に青筋が立つ。
口こそ悪いが、しかしそれはこれ以上の交戦の意思は無いという表明。
ローファスとアベルは、リルカの計らいにて高められていた魔力を鎮め、臨戦態勢を解いた。
突如ローファスとアベルの間で勃発した魔法戦と、その終息。
周囲への被害や怪我人は出ず、上級相当の魔法行使があった上でのこの結果は、非常に幸運なものであったといえる。
しかし、それに納得出来ないのは終始蚊帳の外であったアステリアとアンネゲルトである。
三者の会話、その内容についていけず、アステリアとアンネゲルトは困惑しながらも事態を見守る事しか出来なかった。
突如現れた謎の少女の存在。
そして三人の会話の中であった“六神”や“使徒”という単語。
三人の様子から感じ取れる浅からぬ因縁。
とはいえ、それをこの場で問える様な雰囲気でも無い。
そんな二人を尻目に、リルカは空に向けてひらひらと手を振り、合図の様なものを送った。
それは透明化して滞空している飛空艇に向けた《転送》の合図。
「じゃ、私は一旦戻るから。情報共有するにしても、放課後の方が都合良いでしょ?」
「あ、あぁ」
生返事で返したのは、ローファスの件を未だに消化し切れていない様子のアベル。
対して返事もせず、目も合わせようとしないローファス。
そんなローファスをじっと見据え、リルカはスッと目を細める。
リルカが見たのは、ぶっきらぼうにそっぽを向くローファス——そして、当のローファスに先程からずっと抱き寄せられ、身体を密着させたままでいるアンネゲルト。
ローファス的には、アンネゲルトがアベルが繰り出す火炎魔法と自身の暗黒魔法の余波に巻き込まれぬ様、魔法障壁で守り易い近場に引き寄せていただけなのだが、リルカからすれば仲睦まじく引っ付いている様にしか見えない。
リルカも、ローファスがアンネゲルトが怪我をしないよう配慮した行為というのは何と無く察してはいたものの、それはそれとして、見ていて無性に苛立った。
リルカは静かにローファスに近付くと、無言で手を掴み、アンネゲルトから引き離す様に引いた。
突然のリルカの暴挙に、目を丸くして呆気に取られるローファスとアンネゲルト。
「貴様、突然何を…」
「…さっきから、引っ付き過ぎ」
リルカは不機嫌そうにそれだけ言うと、直後に《転送》の光に包まれてその場から姿を消した。
引き離され、取り残されたローファスとアンネゲルトは、顔を見合わせる。
アンネゲルトは僅かに身を退き、半目でローファスを見る。
「私も、少し密着し過ぎかな…とは思ってたわ」
「…それは悪かったな」
ローファスは苛立った様に吐き捨て、未だに呆然としているアステリアに視線を向ける。
「アステリア殿下、我々はこの辺で失礼致します。色々と疑問はあるでしょうが、それはそこの平民にでも聞かれるのが良いでしょう」
では、とローファスは踵を返し背を向けた。
「ま、待てローファス! リルカとはどういう…おい!」
アベルの呼び掛けには答えず、一瞥すらせずにローファスはその場を後にする。
それを追い掛けるアンネゲルトは、「私にも色々と疑問はあるんだけど。アンタが答えてくれるの? ねぇ?」としきりに問うも、ローファスからの返答は無かった。
そんな中、リルカについて思考を巡らせる存在がもう一人。
それはアベルに寄り添う、
ローファスと親し気にしていたリルカ。
そして挙げ句の果てに、ローファスとアンネゲルトの仲に嫉妬でもするかの様な態度を見せていた。
『…どゆこと?』
理解が追いつかない。
しかし少なくとも、アベルのハーレムエンド計画には亀裂が入った——そんな予感がした。
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