第7話 見合い開始 4-4

 階段を上がってすぐ手前にある研二の部屋を通り過ぎ、一番奥にある部屋のロックを外しドアを開けた。

 ベッドに寝かされた奏太本人は、血圧や心音などの変化を知らせるアラート機能のついた機器に繋がれてモニタリングされ、もし異常が起きれば、新見のスマホとケンディーの腕に装着した腕時計型の通信装置に、連絡がいくようになっている。


 自分の身体を外から見るのはとても不思議で、何度経験しても慣れる気はしない。幽体離脱とは違い、アンディーの身体は操作のこつが必要な機械といえど質感があるので、まさに乗り移った感じだ。

 ベッドとは反対の壁際に置かれたケンディーようのカプセルに寝転んで目を閉じる。


「奏太の身体に戻れ」


 コマンドを出すと、急上昇するエレベーターに乗っているような気圧の変化を感じ、目を開けると生身の奏太の身体にもどっていた。

 モニター装置に監視を解除するためのキーワードを打ち込む。こうすればアラームは鳴らない。同じ姿勢で寝ていたため、凝った肩や背中を、腕と首を回すことで解す。自分の腕や胸につけられた器具を外した後、奏太はケンディーの耳に充電プラグを差し込んだ。


「これでよし。ケンディーまた後でな。たっぷり充電するんだぞ」


 奏太は部屋の天井につけられた防犯カメラが作動しているのを確認すると、今度は鏡で髪に寝ぐせがついていないかチェックした。


「第一印象は大事だからな」


 普段おしゃれなどしない自分が、鏡をチェックする日が来るなんて……と片方の唇を上げたが、これも莉緒に良く思ってもらうためなら仕方ない。玄関ホールへと続く階段を元気よく降りて行った。

 研二の情報によると、アンディーに入力された男性二名は羽柴社長のお気に入りらしく、社長と兄の両方の立場から見て、莉緒と組み合わせたい相手らしいが、ラボで起きている怪し気なことを知っている奏太から見ると、どちらも莉緒に相応しいとは思えない。


「相応しいどころか、かなりヤバい奴らなんじゃないか」


 何が目的で羽柴社長に取り入っているのかは知れないが、莉緒を犠牲にするわけにはいかない。

 好きという気持ちを隠そうともしないあの純粋さを守ってやりたい気持ちになる。例えそれが兄に向けられているとしても。

 今のところ莉緒が押しの強い水野アンディーに気がないことは分かったが、牧田アンディーとどんな様子なのかをこの目で早く確認しないことには、どうも落ち着けなかった。

 口説くなよと研二からは言われたが、同じ技術研究者として仲良くなるなら、羽柴社長だって文句は言わないだろう。

 もちろん莉緒が兄から心変わりして、自分を見てくれるなら言うことはないが……


 玄関を背にして、リビングに入るには二通りある。玄関ホールから廊下に進んですぐ右側にあるゲストルームを通り抜けて入る方法と、廊下の突き当りにあるキッチンのドアから入り、並んだダイニングルームを迂回してリビングに抜ける方法だ。

 奏太は二つ目の時計回りのルートを選び、キッチンを通り、ダイニングとリビングを隔てている扉をそっと開けて中の様子を覗いた。


 数メートル先にあるティーテーブルの上で、牧田がメモ用紙のような小さな紙に何かを描いているようで、テーブル越しに向かい合う莉緒が、身を乗り出して見ている。

 莉緒が新見家に来る前に、二体のアンディーを順番に体現させて話してみたが、次から次へと話題の尽きない水野アンディーと違い、牧田アンディーは機械に向かって黙々と仕事をこなすプログラマーのせいか、話題をふる方ではなく、研二と奏太の話を聞く側に回っていた。


 お喋り好きの女子の場合はいいのだろうが、研二に対して一筋の莉緒が、牧田に愛想を振りまくはずはなく、間が持たないのではないかと思っていたのにあてがはずた気分だ。

 ひょっとして、特技に書いていなかっただけで、牧田は絵が上手いのだろうか? 

このままではいけないとドアを開けようとした瞬間、莉緒の質問が聞こえたので、奏太は一先ず待つことにした。


「そんな恐ろしいウィルスを作れるんですか? まるで漫画やSF映画の中の世界ですね」


「ええ。あと脳神経外科医やロボットエンジニアがいれば完璧ですね。莉緒さんは私たちアンドロイドの制作にも携わられたと聞いています。多分私の話は理解していただけたのではないでしょうか。もし分からない部分があれば‥‥‥」


 一体何の話をしている? 

 奏太はドアの外で総毛立った。

 恐ろしいウィルスって何だ? それを牧田が作ったっていうのか? 

 牧田がなおも熱心に話しの続きをしようとするのを、莉緒が慌てて両手を振って遮るのが目に入った。


「あの、えっと、残念ながら、私は合成生物学の方なので、ロボットの知能や駆動になるとさっぱりなんです。映画の世界なら面白いと思うのですが、ちょっと怖くって‥‥‥ごめんなさい」


「あ、ああ。すみません。一人でべらべらと話してしまって。お茶を淹れてきましょうか? 空になっていますね」


「いえ、お茶なら私が淹れてきます。新見さんにキッチンをお借りする許可と茶葉の場所を聞いてくるので、少しお時間を頂きますね」


 どうやら莉緒の方は牧田アンディーから、離れたいらしい。

 さっきの話は気になるが、行く行くは牧田から聞き出すとして、危ない話なら莉緒は関わらない方がいいだろう。

 それにしても、お茶の葉のありかを聞くためにわざわざ兄を頼ったり、キッチンの使用許可をもらおうとするのはいただけない。

 ちょっとした用事を作ってまで兄と二人っきりになろうというのが丸わかりで、奏太の胸に面白くないもやもやした感情が湧き上がる。ドアを勢いよく開けてリビングルームに踏み込んだ。


「初めまして。俺は新見奏太といいます。莉緒さんですね? お会いするのを楽しみにしていました」


 ケンディーを操る時に、身体に力を入れるつもりで動かしていたため、生身の自分の身体を使ってした挨拶は、ブンと風を切る音がするほど勢いよく上半身が折れ曲がるお辞儀だった。

 しまったと思いつつ、今度はことさらゆっくりした動作を心がけて半身を起こすと、莉緒が目を真ん丸くして奏太を見つめている。バチっと目が合った途端、莉緒がびくりと身体を竦ませた。


「は、初めまして。莉緒です。お兄さんと違って、体育会系なんですね」


「いえ、えっと、スポーツはもちろん好きですけれど、一応俺もアンドロイド関係の技術者を目指しています」


「あ、ああ。そうでした。‥‥‥」


 ものすごく疑いのある視線で全身を眺められ、奏太は莉緒との友好関係が始まる前に暗礁に乗り上げたことを悟った。

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