第2話 禁忌契約 ②

 「汝、クロト・アッシュよ。勇者としての使命を背負い、このユグドラシアに生を受けたそなたは、今日この日をもって真の勇者としての洗礼を受ける」


 「……はい……」


 18歳となり、体はすっかり大人へと成長したクロト。勇者として恵まれた強靭な肉体と精神を持ち合わせ、成人の義である今日この日に、正装である王国の鎧と2本の刀を携え、同世代代表並びに、この国を代表とする勇者として、自国、さらに参列した各国の有力者、権力者など数万人の前で、クロトはノルン国王クロノア・ノルンから祝伝を頂戴していた。


 「勇者クロトよ。今や世界を覆い隠さんと広がる闇。迫り来る魔王の魔の手を打ち払い、世界に光を再び取り戻せ!」


 「はい。必ずや私が再び世界に光をもたらしましょう」


 巨大な円環のホール。会場内外から湧き上がる歓声と拍手は、大地を揺らす地鳴りの如く凄まじいものだった。


 「ついにこの日が来たねクロト!これで各国が認める勇者様になったって事だね!」


 クロトの傍、司祭のような格好をした女性が声を掛ける。彼女は満面の笑みを浮かべてクロトの腕に抱きついた。


 「おいサーシャ、みんなが見てる式典の場だぞ、もっと節度を持て」


 「えーいいじゃない。私、勇者のパーティの一員で、未来の奥さんなんだから、ねっ!」


 「まったくお前って奴は、しょうがないな」


 少し困ったようにサーシャに構うクロト。しばらくして式典が終わり、各国要人など、式に参列していた人々が帰路へと向かう中、頃合いを見計らって、クロト達も式場を後にする。依然自身から離れようとしないサーシャに苦笑いで対応するクロト。

 王城から出てしばらくして、いつもとは違う帰宅ルートで、少し離れたひと気の少ない路地に入る。


 「どうしたのクロト?この道はいつもの帰り道と違うけど?」


 サーシャの忠告を無視して、無言でクロトはどんどん薄暗い路地を進む。やがて突き当たりまで到着すると、おもむろにクロトはサーシャを抱きしめた。


 「ちょっ、ちょっとどうしちゃったのクロト、なんだか変だよ」


 いつもは困ったように苦笑いで遇らう彼が、何故だか今日は積極的で困惑するサーシャ。


 「……サーシャ・アルテミス。世界五大聖教アルテミス教団の末裔。父親のハワード・アルテミスから使命を受け、勇者と接触し取り入る事で名声を上げ、父親を五大聖教のトップに成り代わらせようとした……。そうだろ?」


 「なっ、何言ってるのクロト!?」


 「数年前、お前が俺に近づいて来た時から……、いや、近づく前から全ての筋書きは知っていたんだ。近づくための根回し、果てには殺人まで行っていたんだろ……。だか俺はわざと知らないふりをして、お前の芝居に乗ってやったんだ!」


 「離して!!」


 いつもとは違うクロトの発言に、怖くなって振り払うサーシャ。


 「偽りの愛は、俺には必要ない」


 「違う!お父様の命令なんて関係無い!私は純粋にあなたを愛しているだけ」


 必死に投げかけるサーシャの声は届かず、クロトはサーシャに、失望と嫌悪の眼差しを向けていた。


 「……もういい。ナユタ……」


 「はい、ナユタはここに……」


 突如姿を現した、艶めかしく優美な長い白髪女性。クロトと同じく歳を重ね、大人へと成長したナユタであった。


 突如現れた女性にサーシャは困惑し、ゆっくりと後退りをする。


 「なんなの……、アンタ達、いったいなんなの!?」


 クロトは目でナユタに合図を送ると、ナユタはニコッと頷き、白く淡い光を放って、体を刀のように変化させる。


 「サーシャ・アルテミス、貴様は近づき過ぎた。お前が近づいたのは、勇者では無い……」



 「禁忌だ!」


 

 恐れ逃げ出そうとするサーシャに、容赦なく刀を振り下ろすクロト。撫でるようにサーシャの身体を斜めに斬り払うと、絶叫を上げて地面に倒れ込むサーシャ。斬られた傷口はゆっくりと開き、大量の血が身体から噴き出す。


 「な……ん…で……」


 絶命したサーシャの体は、しだいに黒い液体となって溶け出し、流れ出た血も、服や装飾品までも、ゆっくりと蒸発し、全て無かったかのように消え去った。

 それを確認し終わり、振り返るとそこにはナユタと瓜二つの女性。黒髪を靡かせ、同じく大人へと成長したセツナが立っていた。


 「片付いたの?」


 「ああ、これでお前達の目的に少し近づいたわけだ」

 

 「ふふっ、そうね……。あなたと私達との契約……」


 不敵な笑みを浮べるセツナ。その時クロトの脳裏に浮かんだのは、あの日の忘却の忌まわしき記憶。父親を殺め、絶望し、日常が悍ましく変化したあの日の記憶。


 

 今から13年前のあの日、父親を亡くしたはずの自身の前に現れた男。屋敷の者は誰一人としてその男を不審に思わず、あたかもずっと居たかのように接した。

 理解の追いつかぬ光景に、クロトは自身の目の前で死んだはずの父親、ジョージ・アッシュの事を屋敷中に聞いて回ったが、誰一人として、父親の事を覚えている者は居なかった。

 さらに驚愕したのは、父親の部屋の私物、出生、写真までも、全てロナウドという男に入れ替わっていたのだ。

 まったく理解が出来ない現状に、追い打ちをかけたのはナユタとセツナ。屋敷の者は皆、この2人を自身の双子の妹だと言う。



 ……俺に妹は居ない。


 

 ……全てがおかしい。


 

 ……狂っている。



 引きこもるように部屋に篭る俺に、ナユタとセツナはこう答えた。


 「これはね、契約なんだよ」


 「契……約?」


 「そのためにあなたに力を貸した。私達、禁忌の力をね」


 「……このデタラメな現状が、全部お前らの力のせいだって言うのかよ……」


 「そうだよ。うふふっ」


 不敵に笑うセツナ。


 「私達に殺された物はね、この世の理から外れるの」


 「……理から、外れる?」


 「つまり消えちゃうってわけ。存在も、証明も、何もかもがね」


 突如クロトの目の前にナユタが現れ、両目で除き込む。

 驚くクロトは、あの日の光景をフラッシュバックさせ、頭を抱え怯える。


 「そしてね、ここからが本当に凄い事なんだよ。私達は外す事が出来るから、繋げる事も出来るんだよ」


 「!?」


 「消しちゃった人は二度と元には戻らないけど、代わりは用意できる。だから繋げたの、あの男をあなたのお父さんの代わりとして」


 「!?」


 「都合の良いように少し細工をして、私達が妹だって事にしちゃってね」


 聞いてか聞かずか、ベッドの上で布団を被り、怯えるクロト。そんな彼をみかねてか、ナユタはそっとクロトを抱きしめた。


 「怖がらなくていいのよ。私達はあなたの味方。そして……」


 「……あなただけのもの……」


 限りなく近くで感じる女性の感触と、漂う甘い香り。クロトは何故だかその時、少しだけ恐怖が薄れた気がした。

 その日からクロトの日常が、ナユタとセツナに少しずつ溶け出していく。彼女らに抱きしめられる度、彼女らを知る度に、父親の事、歪んだ私生活の事をゆっくりと忘れてしまう。

 それからクロトは、心の奥に不要な感情を隠すように追いやった。隠れて怯えていたクロトはしだいに、実験と称してナユタとセツナの力を試し、最初は屋敷の使用人、次に不特定の街の住人、さらには国の重要人物などを手にかけ、自身の都合の良い人間に書き換えた。

 この行為に罪悪感は無い。全ては自身のため、夢である世界の頂きに立てば全てが許される。全てが肯定される。


 さらには彼女達の目的のため。


 これは契約なのだ。



 あの日からずいぶん時が流れた。当時を思い浮かべてながら帰路につくクロト。おもむろにナユタはクロトに問いかける。


 「クロト、私達との契約覚えてる?」


 「もちろんだ。に関わった者達を抹消する事だろ」


 「そう、表向きには禁忌とされている、勇者が命を落とした真実。それに関わった当時の勇者の眷属達」


 「今は各国の王や、次代の権力者や有力者。様々な形で今も息づく害虫よ」


 「……禁書にも記されていない、勇者にまつわる真実か……」


 「必ず見つける。あの日あの時、アリシアに起こった真実を知るものを!」


 普段は隠している垂れ耳と、狐のような尻尾をひくつかせ、クロトに熱弁するセツナ。


 「はぁ……セツナ、もうじき大通りに出るわ、その耳と尻尾は隠しておきなさい」


 「わっ、わかってるよナユタ」


 耳と尻尾をひょいと引っ込めるセツナ。


 初めて2人に会った時は、その容姿と、特徴的な耳に目が行ってしまい、尻尾が生えている事に気が付かなかった。

 この世界には様々な種族が存在する。獣人といった、人の形をした獣の種族はいるが、彼女達のような容姿の種族は見た事が無い。

 目立つその見た目を隠すため、普段は耳と尻尾を隠している。だが別の意味で、人目を引くのは間違いない。


 それは……。


 「ようねぇちゃん達!いいもの持ってんなぁ、ちょっと俺達と遊ばないか」


 「??」


 いかにも頭の悪そうな男3人が、ナユタとセツナに詰め寄る。


 「またか……」


 クロトは半ば呆れている。なぜならこのような事は今回ばかりでは無く、頻繁に起こっているからだ。だから普段は刀の状態の2人を持ち運ぶのだが、これがなかなか言う事を聞いてくれない。

 故に現れる、ナユタとセツナの容姿に惹かれてやって来る害虫が多い。


 「お前達、そのまま謝って、早く逃げたほうがいいぞ」


 「なんだテメェ!この女共の連れか?」


 「まぁ連れって言うかなんと言うか……」


 「ただならぬ関係ってやつよね〜」


 「まっ、間違ってはないわねクロト」


 苦笑いのクロトに攻め寄るナユタとセツナ。歯痒く痺れを切らした暴漢がナユタの腕を掴む。


 「貴様!!誰の許可を得て!私に触れている!」


 掴まれた反対の腕で、男の顔を殴ると、凄まじい音を立てて宙を舞う。


 (ドサッ)


 鈍い音を立てて地面に倒れる男。


 「やっ、野郎ぶっ殺してやる!」


 残った男2人は、一斉に刃物を取り出し威嚇を始めた。


 「おいおい、刃物なんて出したら捕まっちゃうよお兄さん達?」


 「うるせぇ!黙りやがれ!仲間やられて引き下がれるか!」


 「そのわりにはずいぶん震えてるな」


 刃物を構えた男達の手は震えていた。内心では、宙を舞い倒れた仲間の姿に驚愕し、恐れている。だがこのままでは引き下がれない。


 「ぐっ、ぐぐ……、しっ、死ねぇぇ!」


 「ふっ」


 刃物を両手で握りしめ、一心不乱にクロトへ向かう男。突き立てた刃は、クロトの2本の指に挟まれ、びくともしない。


 「喧嘩を売る相手を間違えたな」


 「なっ、何者だテメェ……」


 そのままクロトは男を殴り飛ばすと、奪った刃物を男に返した。


 完全に戦意を無くした男は、その場から逃げ出そうにも恐怖でなかなか立ち上がれない。もう一人の男もセツナによって無力化され、終わった頃には辺りに沢山の人集りが出来ていた。


 「なんの騒ぎだ!」


 現場を見ていた者からの通報で、国の治安を守る騎士団の警備隊が駆け付けていた。その中で一際目立つ、存在が1人。


 「やれやれ、めんどくさいのが来たぞっと」

 

 警備隊を率いて到着したのは、この国の女聖騎士、ジャンヌ。白銀の鎧に、金髪の髪を結った、勇ましく可憐な女性。

 腰に十字の剣を携え、現場に乗り込むと、迅速に部下へ指示を出し、通報のあった暴漢を縛り上げる。


 「また貴様達か、勇者クロト」


 「別に俺達は何もしていない。やって来たのはそいつらだ」


 「はぁ、毎回毎回死人は出ていないものの、半殺し状態の者を出すのはやめてもらいたい。後で聴取に困るのでな」

 

 「はいはい肝に銘じておきますよって。行くぞナユタ、セツナ」


 さっそうとその場から立ち去るクロト達。ジャンヌから任意の動向を求められたが、これを拒否。真っ直ぐ帰路に立つ。


 「いままで末端の眷属はなんとか始末して来たけれど、今回は最大級の大物。しかも今回、あの女聖騎士が最大の障壁になるのは間違いないわね。どうするのクロト」


 「関係ないさ、相手が聖騎士序列3位の手だれで、今晩の標的、アルテミス聖教の直属の護衛だったとしても……」


 各国の権力者を招いた今回の成人の儀、その中にはクロト達が標的とする人物も多く出席していた。

 その中で特に狙いを定めたのが、今回のサーシャの父、ハワード・アルテミスだ。

 

 今回出席した者の中では最大級の大物で、その分警備も厚い。この国に12人存在する聖騎士と呼ばれる最強の守り手、それも序列3位の聖女が直属の護衛だが、すでには完了している。


 決行の時を待つため、クロトは今はゆっくりとした足取りで、家路を進む。

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