深淵の女狐と契約した禁忌勇者の阿頼耶識《アラヤシキ》

甘々エクレア

第1話 禁忌契約 ①

 平穏だった世界に闇が満ち足りた時、暗く深い闇の底から産まれたるは、深淵の魔王。

 人々は闇を祓うため、この世界に勇者を遣わし、闇を祓わんと立ち向かう。


 よくある異世界のお伽話。だが実際この話を聞いたのは、この時よりずっと先の話。

 

 俺がこの世界の勇者として転生する前までは、知るよしもないような話だ。



 俺は黒石くろいし 白輝しろき。日本生まれ日本育ち。ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通に育ち、ごく普通の高校に通う、18歳。身長は170cm、体型は痩せ型。運動能力は極平均、勉強はそこそこ、何もかもが普通。

 今までの日常は何もかもが平凡で、楽しい事も、苦しい事も、特出した思い出は無い。


 毎日変わり映えのしない退屈な日常の中に、いつしか変化という願望を欲した。

 変わりたいなら自身が動くしかない。だからいつもと違う事、いつもならやりもしない事をやってみようと思った。

 

 しかし……。


 夏休み間近、終業式に向かう途中の道路でいつもの自分なら絶対しないであろう事をした。爆進するトラックから子猫を助けようと飛び出したが、タイミング遅く俺はトラックに轢かれて即死。


 「そうか……、俺死んだんだ……」


 宙を舞う感覚の中、一瞬走馬灯が頭を駆け抜けて行ったが、特に思い入れのある記憶もない。

 薄れゆく意識の中目を閉じ、深い眠りと共に落ちていく感覚。

 それからどれくらいの時間が経ったのかはわからない、次に現れた眩い光に目を開けた時。そこには俺を覗き込む髭面の男と美人な女性の姿が目に入る。


 「おお!目を覚ましたようだ。我が愛しき息子よ」


 突然見知らぬ男性から息子と言われて、誰の事だと周囲を見渡すが、髭面の男と美人な女性、あとはメイドの様な格好をした女性が周囲に6人。男の言う息子とは誰なのか未だ検討がつかない。


 「そう、偉大な使命を持って生まれた、私達の愛する天使。……」


 そう言うと女性は俺にキスをした。正直今まで女性経験が全く無い俺には刺激が強すぎて、なんとも言えない気持ちになる。


 「おぎゃー!おぎゃー!」


 「あらあらどうしたのかしら、びっくりさせてしまったのかしら」


 慌てた女性は俺を抱き抱えると、優しくあやし始めた。その時に部屋にあった鏡映る自分を見て、ようやく自分が赤ん坊であると気付いた。

 そしてどうやら髭面の男は俺の父親で、美人でスタイルが良くて、金髪の巨乳美人が母親だとこの時悟った。


 しかし困ったものだ、声を発しても、おぎゃーとしか言えないし、自身の感情とは別に働く何かによって、身体は言う事を聞かない。

 なんだかんだで俺は、この時から赤ん坊というやつを5年過ごした。


 「?私の可愛いクロトはどこ?」


 「ここだよお母さん」


 物陰から飛び出すように、母親に抱きつく子供。

 大きな胸にしがみ付き、まるで堪能するかのように甘える子供。


 「もうクロトは甘えん坊さんね。まだオッパイが恋しいのかしら?」


 「えへへ、えへへ」


 恋しいのかと言われて、もちろん!と答えたかったが、そこは我慢。俺は最近乳離れをしたばかり。だがつい最近まで、仕方ないとはいえ、不可抗力でこの胸を堪能していたのは事実。正直残念だが、俺に課せられたある期待のため、俺は1日も早く自立しないといけないのだ。


 その期待とは……。母親が毎晩聞かせてくれたお伽話、その伝承に出てくる伝説の勇者。その勇者こそ、紛れもない自身の事だと言い聞かされた。


 それから5年の歳月をかけて、徐々に身体が自分の物になっていった。その過程で、様々な事を見たり聞いたりした。

 まず、この世界はユグドラシアと言うらしい。ユグドラシアには様々な種族が存在しており、中でも俺達人族が大半を占め、次にエルフ、オーガなど様々な種族が存在する。まるでファンタジーの世界だ。


 俺の住むこの場所は、ノルン王国という三大大国の王都領。父親は王に使える聖騎士の大隊長で、代々王に支えてきた名門アッシュ家の当主であるジョージ・アッシュ。母親はなんと王族の血が流れた純王女、アレクシア・アッシュ。めちゃくちゃデカい屋敷に、使用人が大勢。実家は大金持ちである。


 それで気になる勇者という話だが、今から500年くらい前、世界が闇で覆われた時、この世界のお偉いさんは勇者を召喚して様々な種族と結託。彼等は共に闇の魔王と戦い、見事撃ち果たしたらしい。

 世界は平穏を取り戻したが、それはどうやら一時の平和であり、再び闇は世界に蔓延り始め、現在魔王は復活を遂げようとしているらしい。

 撃ち果たしたはずの魔王の余波が徐々に世界に蔓延り始め、各地で魔物や魔獣による被害が出始めている。

 魔王を倒した初代勇者は、いずれ復活するであろう魔王を危惧し、代々血筋を絶やさず残して来た。

 そして来るべき戦いのため、初代勇者の血と証を受け継ぎ、誕生したのが俺、クロト・アッシュである。


 「よい太刀筋だクロト!さすがは我が息子だ」


 今日は朝から父親と剣術の稽古。太刀筋が良いと褒めているが、それは当たり前である。勇者として生を受けた俺の身体能力は桁違いに強靭で、正直今の自分には父親の剣は止まって見える。

 だが、俺はこの父親が大好きなので、上手い事いい感じに受け流している。

 

 「素晴らしい!この歳で我が剣を受け流せるなど、将来は王国騎士……いや、王国騎士団長も夢では無い!」


 ちなみにこれを聞いたのはもう10回以上で、正直聞き飽きている。

 将来安定した職に就けるというのはいいが、本職は勇者だ。いずれは魔王討伐に駆り出されるだろう。


 だが、そんな俺にも叶えたい夢がある。


  勇者としての責務をまっとうし、世界が平和になったのなら、己が最強。世界の頂きに立ってみたい。


 だがそれにはまず、魔王を退け平和を勝ち取らねばならない。それに伴って、魔王を退けるような力が必要。

 この問題を解消するため、王都の王立図書館の最部に保管されていた、禁書に記された禁忌に手を出す事にした。


 禁書によると、ノルン王国の中枢部であるノルン城の近深くに、初代勇者が魔王討伐後、世界に蔓延る闇を封じるために用いた二対の封剣を宝物庫の奥深くに封じたという。

 これはあまりに強力なため、世界を滅ぼしかねないと危惧され、禁忌の代物とされ、代々管理されてきた。


 そんな危険だが強力な力を手に入れるため、深夜の城へ潜り込み、見張りの騎士達を気付かれる事なく気絶させ、安易に宝物庫へ向かうクロト。


 「ここが禁忌を封じた宝物庫……」


 宝物庫の扉は厳重に施錠されており、見た事ない鍵錠で封じられていた。


 「見張りの騎士達は鍵のような物は持ってなさそうだし、弱ったな、ここまで来たのに……」


 少し残念そうに辺りを見渡していると、宝物庫の奥から、少女の声が弱々しく響く。


 「……こっち……来て……」


 「……私達を……見つけて……」


 「ん?」


 クロトが宝物庫の奥に目をやると、カチッと鍵が外れ、扉が開く。


 「呼ばれてる気がする……」


 誘われるようにクロトは宝物庫の中へと進む。様々な武具や宝石が収められた部屋を抜け奥へと進むと、広い部屋にポツンと、鎖で縛られ、厳重に封じられている二対の刀を発見する。


 「これって、日本刀!?なんでこの世界に日本刀が?」


 白と黒のボロボロな刀。いく時を過ごし、朽ち果ててしまったかのような二対の刀を見ていると、なぜだかクロトは悲しい気持ちに苛まれる。

 そして溢れた涙の一粒が、鎖に当たると、眩い光を放って砕け散る。


 「なっ!なんだ!?」


 やがて光はおさまると、目の前には2人の少女が立っていた。


 「お待ちしておりました主人様。でございます」


 「同じく、でございます」


 膝を折り、頭を下げる双子の少女。白髪の少女はナユタと名乗り、黒髪の少女はセツナと名乗った。動悸が打つほど美しい容姿で、少しはだけた着物のような物を着ており、歳は自分と同じくらいだろうか。

 狐のような特徴的な耳。ナユタと名乗る少女の耳はふんわりと立ち、逆にセツナと名乗る少女の耳は少し垂れている。

 そして、自身の母親ほどではないが、目を釘付けにするような立派な胸を有している。

 

 「お前達が俺を呼んだのか?」


 「はい。我々は封じられし禁忌、世界の忌むべき存在」


 「何百年もの間、我らを欲す方をお待ち申しておりました」


 「俺を待っていた?お前ら、俺がここに来た理由を知っているのか!?」


 「もちろんでございます。そのために我々を欲し、我々を扱う器にふさわしい方であると存じております」


 「我々なら、必ずや主人様の力になり得ましょう」


 「ん〜……。まぁとりあえず、禁書にあった封じられし禁忌って事は間違いなさそうだし。それに……」


 ナユタとセツナの隅々まで観察するクロト。


 「可愛いし、胸が大きいから大丈夫!」


 動機は不純だが、今にも溢れ落ちそうなたわわな胸を決め手に、2人を連れ帰る事にし、さっそうと宝物庫を後にするクロト。


  

 「居たぞ!侵入者だ!」


 あと少しで城を後にできるというところで、侵入者を警戒して巡回していた騎士達に見つかってしまう。


 「やば!」


 クロトはすぐさま物陰に隠れ、人目につきにくい狭い通路へ逃げ込んだ。


 「はぁ、はぁ、ちょっと時間をかけ過ぎちゃったみたいだな……。早いとここの場所から離れないと」


 その時、とっさに感じた違和感が、最悪の形となって姿を現す。


 「ちょっとまてよ、あの2人は何処に?」


 途中まで一緒だったはずのナユタとセツナの姿が無い。


 「ぎゃぁぁぁ!!」


 凄まじい男の断末魔が通路にこだまする。


 クロトは声のした方へ走り、恐る恐るその場に目をやると、胸を刀でひと突きにされ、大量の血を流しながら絶命する男の姿が目に入った。


 「なっ、何してるんだお前……」


 「邪魔者の排除です」


 刀を引き抜き、返り血で真っ赤に染まったナユタは平然と答えた。


 「化け物め!全体油断するな、子供だと思っていると死ぬぞ!」


 ナユタを取り囲む数人の騎士達。じりじりと距離を詰める。


 「まかせてナユタ……」


 ナユタはニヤリと不敵に笑うと、持っていた刀を騎士達に放り投げる。

 投げた刀は宙を舞うと、瞬時にセツナへと姿を変え、驚いて一瞬怯んだ騎士達を、指先から放った魔法で焼き払う。


 「やめろ、おい!止めてくれ!」


 クロトの静止虚しく、鎧に身を包んだ騎士達を、次から次へと絶命させていく2人。


 「聞こえないのか!やめろ!やめるんだ!」


 「クロト!?」

 

 とっさに背後から聞こえた父親らしき声に驚き振り返る。

 振り返るとそこには、騎士団を率いて応援に駆けつけ、クロトを心配そうに見つめる父親の姿があった。


 「父さん……。違うんだ!僕は!」


 「大丈夫だクロト、大丈夫だ……」


 迫る父の両腕。次の瞬間、クロトの頬に感じた温かい感触。ふと確認した手に滴るのは生温かい赤い雫。コマが変わるように、目の前には2本の刀で胸を貫かれた父親の姿が目に入る。


 「と、父さん……。嘘だ、こっ、こんな……」


 そしてハッと気づく。父の体を貫いた刀を握っていたのは自分自身。理解できない状況に、次第に頭の中がいっぱいになって、意識が遠のき、視界が真っ白になる。

 遠い意識の中、ナユタとセツナの声が、微かに頭に響く。


 「これは契約。あなたの願いを叶えるための……」


 「そして、私達の願いを叶えるための……」


 

 2人の言葉が途切れると、ハッと意識を取り戻すクロト。飛び起きるとそこは、朝日が窓から差し込む、何度も見慣れた風景。落ち着いて確認すると、そこは自身の部屋のベッドの上だった。


 「ここは……俺の部屋。さっきまでのは、夢なのか?」


 「夢ではありません主人様」


 不意に耳元に話しかけて来たのはセツナ。クロトは驚いてベッドから転がり落ちる。


 「おっ、お前……!?じゃあさっきのは夢じゃ……」


 あの時のショッキングな映像が甦り、吐き気を催すクロト。だが、まだ何かの間違いだど信じ、勢いよく二階の部屋を飛び出し、一階へ向かう。


 階段を駆け降りると、入口の前に母親のうしろ姿を確認して、子供のように抱きついた。


 「お母さん!父さんが、父さんが!!」


 「あらあら、どうしたのクロト?お父さんがどうしたの?」


 「僕が……、僕が父さんを……」


 「クロト?」


 背後から聞き慣れない男性の声。突如入口から現れた男性は、全く見覚えのない男。


 「ほんのちょっとの間だけ留守にしていただけなのに、本当にクロトはお父さんが大好きなのね」


 「お父さん?なっ、何言って……」


 「はっはっはっ、まったくクロトは甘えん坊だな。父さんが居ない間、そんなに寂しかったかい?」


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ、アンタいったい……」


 「こらクロト。お父さんに失礼ですよ!」


 「そうだぞクロト、父さんはこれでも、アッシュ家当主、・アッシュなのだから」


 「へっ?」


 目の前の母親は間違いなく、自身を育ててくれた、アレクシア・アッシュその人だ。だが隣にいる父と名乗る人物は、自身の記憶のどこにも存在しない。

 理解が出来ず、呆然と立ち尽くすクロトを、朝食の準備が出来ていると言って手を引く母親。


 「あっそうだ。ナユタ、セツナ。朝ごはん、みんなで一緒に食べましょう」


 「はーい!今行くね……」


 二階の階段と、一階の奥の部屋から飛び出す少女。


 「…………」


 気持ちの悪い言葉だった。聞き覚えのない、だが間違ってもいない。自身の脳に溶け込んで来るような、気持ちの悪い感覚。


 

 その日から何かが変わっていった。ゆっくり、ゆっくりと浸食されるように、大事な物が、日常が、自身が、何もかもが。



 そして始まった異形な日常は、13年の月日を費やした。

 

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