つくし

具ひじ

第1話

 つくしって美味しいのかな。

 ふとたんぽぽの隣に生えているつくしを見て思った。

 なにぶん、食べたことが無いので味がわからない。

 

 目の前から来る大学生に当たらないように横に避け、スマホで検索してみる。

 検索 つくし 調理法

 黒いズボンに片手を突っ込み、スマホをスクロールする。

 ピタッと、あるサジェストに目が止まる。

 つくし 毒

 ……毒あんのか、つくし。

 大学生が過ぎ去った頃、スマホを切り再びポケットに入れる。

 なら辞とくか……

 そもそも料理なんてしたこと無いしな……

 そう言いながら、寝癖をつけたまま家に帰る。


 暗い部屋のテレビから銃静音が響き渡る。

 ただすぐに音は止み、画面にはGAME OVERの文字。

 「お前、弱いな〜。」

 横のスマホからは友達の福の声が聞こえる。

 「黙れ。さっさと復活させてくれ。」

 そんな軽口を叩き、コントローラーから手を離す。

 「はいはい。」

 ブーッという振動とともにポワンとスマホに通知が来る。

 《締切間近!君もクリエイターになろう!なんと、大賞は100万円――》

 (……)

 暗い部屋にもう一つ電子の光が灯る。

 通知を開くため画面をタップする。

 数秒のラグの後、パッと応募要項が書かれた画面が映る。

 《締切は5月30日まで!》

 重くなってきた瞼を上に開け、少しだけ下にスクロールをする。

 それと同時にコントローラーが揺れ出す。

 「おい、復活させたぞ。」

 スマホを捨てるように置き、テレビに視線を戻す。

 そのまま深夜一時を回った頃、僕は全ての光を消し床についた。


 カーテンを締め切った薄暗い部屋にアラームが鳴り響く。

 起き始めた鈍い脳と身体をのそのそと、動かしアラームを止め、時刻を確認する。

 ❲7時00分 5月13日❳

 (早いな……今日は一限、出るか。)

 もう一度のそのそと布団に戻り、体を横にし目を閉じる前に目に映った。

 カーテンの隙間から漏れ出ている光が目に映る。

 見つめる事数10秒、僕はゆっくり起き上がる。

 歯を磨き、顔を洗ってトイレに行き、着替えて、教材の入ったバッグを持って家を出た。


 大学に行く途中、昨日と同じ場所でつくしを見つけた。

 たんぽぽが踏まれている。

 (……)

 猫背のまま、すぐに歩き出す。


 真ん中に堂々と教卓が一つ。

 長い机にどんどんと人が集まっては座っていく。

 僕の座っている中央列はもうすぐで満員になる。

 右隣の椅子がガガガと嫌な音を響かせ、誰かが座る。

 「お前が一限から来るなんて珍しいな。」

 座ったのは福だった。

 金髪で声も体も厳ついソイツは似合わない事に毎日講義を受けている。

 その変なギャップのせいか、大学でも俺以外友達はいない。

 「黙れ、大学デビュー失敗野郎。」

 「痛いトコ付いてくるな〜お前。」

 福はまるで気にしていない様に愛想笑いをしながら教材を出す。

 「なぁ、今度キャンプ行かね?」

 教材を出し終えた福が思いついたかの様に言い出す。

 「お前、キャンプなんてやってたっけ?」

 「ううん、始めて。」

 チラリとスマホの電源を付け日付を確認する。

 「……まぁ、良いよ。いつ行く?」

 ブツッと電源を切り福の方を向く。

 「明日!」

 「は?」

 騒がしくなってきた教室内に僕の声が一つ加わる。

 「大丈夫、道具は俺が持っていくからさ。」

 「まぁ、それなら……」

 話に一区切り付くと丁度いいタイミングで、メガネを掛けた痩せ型の教授が入ってくる。

 時刻は8時。つまらない授業の始まりだ。


 河川敷の道から見える川に綺麗なオレンジ色の夕日がゆらゆらと映る。

 つくしが増えている。何度数えても2本増えている。

 立ち止まり、つくしを少し見つめる。

 (……)

 下の河原では子供たちがパシャパシャと水切りをして遊んでいる。

 いつもよりちょっとだけ多く息を吸い、そこへ下る。

 子供と水切りの音がより鮮明に聞こえる。

 肩に掛けていたバッグを地面に置き、つくしに手を伸ばす。

 (……取っていいか分かんないよな。)

 中腰の姿勢で立ち止まる事数秒、バッグについた土を払い背伸びをする。

 だんだんと子供の声が聞こえづらくなって帰路につく。


 快晴。雲一つも無い青空が上に広がり続ける。

 原っぱには他のキャンプ客もチラホラいて、楽しそうに話している。

 「じゃ、組み立てようぜ!」

 僕は猫背のままcm単位で頷く。

 「どうやるんだ?これ。」

 鉄のパイプを一本見つめ、福に話しかける。

 「さぁ?」

 説明書を見ながらも楽しそうに組み立てている福を呆れる。

 「……」

 パイプを一本持ったまま僕も制作時間20分!と書かれた説明書を除く。

 「おい、まずはこれからじゃないか?」

 そう言い一番長いポールを指差す。

 「かもな。やってみるか。」

 結局、一つのテントに僕たちは3時間と2分掛かった。


 テントを貼り終わった僕たちは手持ち無沙汰になり福は読書。

 僕は、小説のwabページを開いていた。

 深くまで座れる椅子にもたれ掛かり途中まで書いた自分の小説を見ている。

 スマホが薄暗くなるとタップをしているだけ。

 それでもキーボードは表示されている。

 「そろそろ、飯にするか。」

 福が本を閉じて、立ち上がる。

 「って言っても切ったりバターでプレスするだけだけどな。」

 福と僕はお互いに食材をテーブルに置く。

 人参、キャベツ、肉まん、食パン、焼肉のタレ。

 カチッとコンロに火を点け、油を敷いたミニフライパンに野菜と焼肉のタレを混ぜる。

 バターをホットサンドメーカーに塗り、肉まんを挟む。

 ジュゥゥという音と共に香ばしい香りがダイレクトに来る。

 「「美味そうだな。!」」

 思わず出てしまった言葉が福と被る。

 お互い顔を見合わせ、なんとなく笑顔が溢れる。

 出来上がった料理を皿に乗せ、割り箸を割る。

 淡く揺らぐランプの置いてあるテーブルに野菜炒めと焼肉まんを2つずつ並べる。

 口に運ぶ一秒前、僕たちの野菜炒めに一つの綿毛がフワリと乗る。

 お互い顔を見合わせ、二人して笑ってしまう。

 「「プッ、アハハハハハ!!」」

 何が可笑しかったのかは分からない。けれど、久し振りに涙が出るまで笑った。

 トランプをした。UNOをした。夜食にカップラーメンを食べた。今日作った野菜炒めより美味しかった。夜が明け、キャンプが終わった。

 「楽しかった。」

 帰りの車の中、疲れ切って閉じようとしている瞼をほんの少し開け、呟く。

 「そうだな〜。」

 「……―――」

 光が薄くなっていく中、福が返してくれた言葉を僕は聞き取れなかった。


 ぼやけた夕焼けが見える。まだ夢の中にいる様だ。

 それでも僕の目には昨日と変わらずの河川敷とつくしが見える。

 (……)

 コンクリートの道を外れ、原っぱの坂を下る。

 ザァッと水底がギリギリ見えるぐらいの川の流れる音が横からする。

 潰されたタンポポの隣に生えているつくしを3本採って元の道に帰る。


 厚いカーテンを開くと、夕日が部屋全体に広がる。

 現れるのは小さいテレビとプラスチックのテーブル、それに畳んでいない毛布が一枚。

 採って帰ったつくしを台所に置き、スマホを取り出す。

 頭を掻きながらスマホを見える位置に置く。そして、水道をひねる。


 テレビを付けると、大人気の冠番組が丁度始まる。

 設定の書かれたノートを横にずらし箸を手に取る。

 「いただきます。」

 目の前に置いたつくしの煮付を口に運び、咀嚼する。

 鼻から思わず笑いが出る。

 「クソ不味いな。これ。」

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つくし 具ひじ @guhizi

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