第二章 兄妹のお話

プロローグ 頑張る理由

お久しぶりです、でんでんです!

第一章完結から少々お時間をいただきました

相変わらず遅筆なのでストックは全然できていませんが、構成とかはまとまったので少しずつ公開していこうと思います!

一日一話は私のペースでは無理そうなので、二日か三日に一度の更新にしたいと思います

第二章の兄弟の話も楽しんでいただけたらなと思います!


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 数年前の、ある日のことだ。


「──お兄ちゃん、私って可哀想な子なのかな……?」


 目元には涙を滲ませ、佳奈がそう聞いてきたことがある。

 表情は悲しみに歪み、今にも涙は溢れそうだった。


「……どうしてそう思うの?」


 僕は動揺を隠しきれなかった。

 佳奈まだ小学生。なぜそんなことを聞くのか、どうしてその考えに至ってしまったのか。それが心配でならなかった。


「今日ね、参観日だったの……。それで佳奈のお母さんはって聞かれて……」

「そっか、今日が……」


 ──参観日だったのか……


 小さく呟く。

 どうして言わなかったの? そんな言葉が漏れそうになる。けれど、すんでのところで思い止まる。

 幼いながらに聡い佳奈が、僕や玄さんに気を使っているのはわかっていたから。


「それでね。いなくなっちゃったって答えたら、可哀想だねって……」


 大きな瞳から、ついに涙が零れ落ちる。


 僕は佳奈に、最大限寄り添っているつもりだった。

 学校でのことを考えて、両親の事故は公にしないように玄さんと担任に相談だってした。

 だけど僕は、まだまだ子供だったから。両親のように、ちゃんと寄り添えているわけではなかったのだ。


「そりゃ、お母さんもお父さんもいなくなっちゃったのは悲しいよ……? それにね、みんなが心配してくれてるのだってわかってるよ……? でもね」


 佳奈は俯き小さな手にギュッと力を入れる。


「お兄ちゃんが必死に頑張ってくれてるの知ってるから……。みんなに可哀想ばっかり言われるの、悲しくて……」


 ──佳奈は、僕のことを思って悲しんでくれているのか……


 そのことが嬉しい反面。

 でもだからこそ、僕は自分が悔しかった。


「佳奈は可哀想な子なのかなって……幸せじゃないのかなって、思っちゃった……」


 僕がもっと大きければ。

 僕がもっと頑張っていれば。

 そんな想いが濁流のように流れ出してきて、


「そっか、そうだったんだね……」

「うん……」


 まだ小学生の佳奈に。可哀想だとか、不幸だとか。

 そんな事ばかり思わせてしまう僕が、酷く情けなかった。


「ごめんね、気づけなくて」

「いいの、佳奈が言わなかっただけだもん」


 いつも元気で笑顔を振りまく佳奈が。

 僕に笑顔をくれる佳奈が、こんなにも悲しそうに僕の前で泣いている。

 だけど可哀想じゃないとか、不幸じゃないとか。そんな無責任な言葉で慰めることはできなくて。


 僕はただ、僕よりずっと小さな佳奈を抱き締めることしかできなかった。




 ◇




「…………」


 ソファーにもたれかかった身体を起こし、僕はすっかり無くなった眠気と共に伸びをした。


 最近は気が弛んでいたからだろうか。

 なんだか懐かしい夢を見た気がして、僕の心はキュッと気が引き締まる。


「──おはよう」


 頭上から声をかけられて、少し驚く。

 見れば、麗香さんが悪戯っぽく微笑んでいた。


「……おはようございます」

「バイトお疲れ様。珍しいね、リビングで寝るの」


 言われて、僕は少し焦る。


 ──そっか、バイトから帰ってきてそのまま……


 ソファーで一休みしようと思っただけなのに、気がつけば眠っていたらしい。

 足元を見れば、自分の体には毛布がかけられていた。

 きっと、麗香さんか誰かがかけてくれたのだろう。


「すみません、ありがとうございます。……僕、どれくらい寝てました?」

「少しだけだよ。多分、ほんの三十分とか」


 三十分か。

 ずっと頭に残っている日の夢だったからか、妙に長い時間眠っていたように感じた。

 三十分なら、まだ夕飯の手伝いに間に合うだろうか。


「大丈夫だよ。今日は私たちが手伝ってるから」


 慌てて立ち上がる僕に、麗香さんはそれを見越したかのように声をかける。

 立ち上がって気づいたけれど、麗香さんはエプロンをまとっていた。


「榊原くん疲れてるだろうし、たまには任せて。……それに私も心に余裕ができたからかな、他のことにも手を回したくなったの」


 優しげに言う麗香さんの表情には、確かに翳りが一つも見えない。


「それにほら、佳奈ちゃんも楽しそうに手伝ってる」


 手を広げた先、キッチンでは上機嫌に詩織さんの横で教わっていた。

 癒される光景に、つい僕の顔は綻ぶ。


「……ほんとですね。それなら今日は、任せてもいいですか?」

「うん、もちろんだよ」


 さっきまで昔を思い出していたせいか、いつもより感情が大きく出た。

 佳奈がニコニコと動き回っている姿を見ただけで、なんだか嬉しい感情が込み上げてくる。

 昔から活発な子だったけれど、やはり今とは違って影が差すことも多かった。


「どうかした?」

「いえ、なんでもないです。少し懐かしい夢を見て、それを思い出してたって言うか……」

「夢? それって聞いてもいいやつ?」

「はい。まあ、と言っても佳奈のことなんですけどね」


 あの日の記憶は、僕が頑張り続けている理由。その根本となる日のことだ。

 これからもずっと忘れることはないだろうし。最近は忙しくて目を向けられていなかっただけで、ずっと頭の片隅にはその時の光景があった。


 軽くその時の話をすれば、麗香さんは優しく言う。


「そっか。その過去があったから、榊原くんはこんなにもいいお兄ちゃんになろうとしてるんだね」

「まあ、そう言うことになるかも知れませんね……」

「ずっと、佳奈ちゃんのことを一番に考えてたもんね」


 この家に来てすぐのことを思い出す。

 思えば、麗香さんの信用を少しでも得られたのは佳奈のことがあったからのような気がする。

 それを見てきた麗香さんの目には、実感がこもっていた。


「榊原くんがもしよかったら、なんでも力になるからね」


 真剣な眼差しで、けれど温かみを帯びて言って麗香さんはそう言う。

 もし頼れる場面があれば、頼らせてもらおうと思う。

 今はもう、大切な友達になれたのだから。


「はい、その時は頼らせてください」

「もちろん、まかせて」


 満足したように頷くと、麗香さんはキッチンに戻っていく。相談なのに、こんなにも自然に話せる日が来るとは思わなかった。麗香さんとの関係も、振り返れば感慨深いものがあった。


 そして麗香さんは一言二言佳奈と話すと、また調理に戻っていく。

 二人が並び、詩織さんに教えてもらいながら調理をする光景。終始笑顔で話す佳奈は、なによりも輝いて見える。

 佳奈の底抜けな明るさは、それだけで空気を優しく包んだ。

 僕はそれを守りたくて、ずっと頑張ってきたのだ。


 ニコニコと笑いながら、動き回る小さな佳奈。

 そんな姿を見て、佳奈にはやっぱりずっと笑顔でいてほしいと思った。


 もう悲しませることはないように。ずっと楽しい生活を続けてもらえるように。

 もう、後悔はしたくないから。


 キッチンで三人、屈託のない笑みを浮かべる佳奈を見て、ふと思う。



 ──だから僕は、今日も頑張り続ける。


 いつも元気をくれる小さな妹に。

 いつか幸せだって胸を張って言ってもらえるように。

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