第二十四話 並び立つために
──チリンチリン
軽快な音を聞いて、僕は席にかけながら手を上げた。
いつもはバイト先の喫茶店だが、今日は珍しく客としての利用になる。
「よっ、優から誘ってくるなんて珍しいな」
入ってきたのはラフな格好に身を包んだ一輝一人。
相変わらず爽やかな笑みを浮かべ、僕の向かいの席に座った。
「一輝に話したいことがあったんだ」
「そか。にしても俺一人ってのは久々じゃないか?」
「確かに。最近は四人が多かったからね」
そう言われて、僕は四人でいることに慣れていたのだと実感した。
いつも二人だったのに、気がつけば四人でいることが当たり前のようになっていた。
その感覚が、懐かしいようで嬉しかった。
「だよな。なんか懐かしいな」
でも、今日は一輝と二人。
それは僕と麗香さんで話した結果だった。
今までずっと隠してきたのだ。それが話しづらいことだろうと、黙り続けてきたことは変わらない。
だからこそ、親友である一輝には一対一で腹を割って話したかった。
「それで、話だったよな。聞かせてくれるか? その話」
僕が話を始めやすいように、一輝はそう切り出す。
昨日、あれから一輝とは別れたきりだ。もしかしたら、どんな話をするのかもある程度察しているのかも知れない。
それに感謝しながら一つ頷くと、僕は頭の中を整理して話し始めた。
◇
濃密で、以前の僕には考えられない数週間。
顔合わせの日、初めて麗香さんと出会ったこと。
僕たちの関係が、ひどく難しい関係であったこと。
複雑な関係でありながら、友達にまでなれたこと。
──そして昨日、その複雑な問題を解決できたこと。
思い出しながら、僕は包み隠さず一輝に話した。
力になってくれようとしたのに、一輝には黙り続けていたのだ。
「ごめん。今まで黙ってて」
事情があったとはいえ、罪悪感のような蟠りは常に付き纏ってきた。
真っ直ぐに頭を下げる僕。
しかし、一輝は何も気にしていないかのように言及すらしてこなかった。
それどころか「律儀だなあ」と言うと、くつくつと笑い出す。
「別にそんな気にすることでもねえよ。優があれだけ悩んでたんだから、何か言えない事情でもあるんだろうなって思ってたしな」
人の気持ちを汲むのが上手い一輝だ。
表情を崩さず、どこか楽しげに映る一輝はそのまま言葉を繋いでいく。
「それにさ、何となくわかってたんだよ。一緒に暮らすとまでは言わないけど、七瀬さんとは何かしら関係があるんだろうなってな」
「……やっぱり、薄々気づいてたんだ」
「そりゃあな」
じゃなきゃお前、あんなにすぐ距離つめねえだろ? と。そう言われて仕舞えばそれまでだった。
胡乱げな視線は何度も向けられている。
一輝は僕の過去を知っているのだ。下手な誤魔化しなんて効くはずもない。
「……やっぱり、一輝には敵わないね」
「何年一緒にいると思ってんだよ。親友舐めんな」
ニッと笑った顔が目に映る。
それだけで気分が軽くなるのだから、やっぱり敵わない。
僕はいつも、一輝のこういう前向きな態度に救われてきた。
「まあでもさ、俺は正直、優が自分からそれを伝えてくれたってのが嬉しかったよ」
一転、穏やかな顔をする。
あまり見ない一輝の表情に。
僕は自然と真摯に向き合い、言葉を返した。
「……新しい生活はさ、僕が変われるきっかけにもなったことだから、どうしても自分から伝えたかったんだ」
「そっか。優は前に進めたんだな」
「うん、みんなのおかげでね」
その中にはもちろん、一輝の存在もある。
相談に乗って、背中を押してくれたのはいつだって一輝だった。
頼ることが苦手な僕の悩みの捌け口を、いつも気軽に受け入れてくれたのだ。
「一輝、ありがとう」
「何だよ改まって」
「たくさん心配かけたからね」
「まあ、それはそうかもな」
照れくさそうに目を背けている。でもその横顔は、嬉しそうに笑っていた。
これまで一輝には沢山のサポートをしてもらっている。
昨日だって僕の行動に付き合わせてしまったのだ。
こういう時くらいは、面と向かって礼を言いたかった。
「でも、こうやって話してくれたってことはもう大丈夫なんだろ?」
「うん、全部解決できたよ。だからさ……」
全部──その理由を示すように、僕は一輝を見据える。
「──月曜日の昼休み、みんなで集まらない? 僕と一輝で麗香さんたちを誘いに行って、四人で話したいんだ」
目を丸くして、けれどすぐにその光景を思い浮かべたであろう一輝はニヤッと口角を上げた。
「いいな、それ」
「ついてきてくれる?」
「そりゃもちろん」
僕の事情を知りながら、待つことを選んでくれた一輝だ。
みんなと同じように、いや、みんなよりもその光景を待ち望んでくれていたのかもしれない。
「これからはもっと楽しくなりそうだな」
「だね。同時に騒がしくもなりそうだけど」
「ははっ、それはそうだな」
初めのうちは、僕の行動が目を引くかもしれない。
目立つことで、僕がまた負い目を感じるかもしれない。
だけどそれでも、僕がそうしたいと思ったのはみんな優しくていい人で、大切だと思えたから。
「あとそれと……一つ、頼みを聞いてくれないかな……」
「ん、どうした?」
これから頼むのは、僕の決めた覚悟の証明。
そのための、最後の準備。
「できる限りでいいんだ。──僕を、少しでも良く見えるようにしてほしい」
◇
玄関の前で立ち止まり、深呼吸をする。
クリアになった視界はどうにも慣れそうにない。
かれこれ数分間、僕はここに立ち止まっていた。
しかし、ずっとここで立ち止まっていても状況が変わらないのも事実。
最後にもう一度大きく息を吸うと、思い切って扉を開ける。
「ただいま」
「──おかえりっ! って、どうしたのその髪!?」
パタパタと元気な足音が聞こえたと思えば、佳奈は開口一番そう言った。
佳奈の素直な言葉は今の僕には恥ずかしい。
髪で目元を隠そうとして、それができないことがむず痒かった。以前の伸び切った前髪が、今日取り払われたことを思い出した。
「……ちょっと印象を変えてみようかと思ってさ」
全体的に伸び切っていた髪はなくなって。
程よくカットされた髪型は、自分自身、清潔感を感じるほど。
昨日一輝と話してから、迅速に予約をしては連れて行ってくれたおかげだった。
「いいじゃん! カッコよくなったよお兄ちゃん!」
「……それならいいんだけど」
素直で家族贔屓をしがちな佳奈の言葉は信じていいのかどうなのか……
けれど、その活発さに助けられたのは確かだった。
佳奈の驚くほどストレートな感想に、僕は羞恥心も忘れてクスリと笑う。
「明るくなったね! 髪型も、表情も!」
「表情も?」
「うん!」
どこか機嫌の良さそうな佳奈と連れ立って、リビングに向かう。
表情も。
そう言われて僕は、自分の心がすっきりとしていることに気がつく。ここまで余裕がなかったけれど、この決断をしたことに迷いと後悔は、少したりともなかった。
「お兄ちゃん帰ってきた!」
上機嫌な佳奈が扉を開けると、みんなの視線が集まる。
詩織さんは「あら、さっぱりしたわね」と微笑む。
誠二郎さんは「似合ってるじゃないか」と朗らかに笑う。
そして麗香さんは、驚いたように呟いた。
「榊原くん、髪……」
「はい、どうですか……?」
堂々としていようと思ったのに、やっぱり恥ずかしくなって髪を弄る。
だけど、
「似合ってるよ。とっても」
ニコッと笑う麗香さんをみて、僕は自分の行動をして良かったと思えた。
髪を短くしただけでイケメンになれるほど、僕は元がいいわけじゃない。
だけど、それを抜きにしても周りから多少はよく見られるようになりたいと思った。
それが僕の、ここで過ごしてから起きた心の変化。
「──ありがとう」
心から言えば、麗香さんはハッとしてすぐに微笑む。
「明日また、学校で話しましょう」
初めから問題ばかりだったけど、全て乗り越えて、今この関係がある。
麗香さんとの関係は良くなり、一輝に事情を伝え、そして準備もできて……
──明日、麗香さんの学校での居場所を作りに行く。
先のことを思って、僕は久しぶりに学校を楽しみに思った。
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