お客様第一号になってください。

手紡イロ

お客様第一号になってください。

授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。各々椅子を引きその場を去る者、教科書を仕舞って読書を始める者、喋り出す者、寝始める者などいるが、私は意気揚々と通学鞄からあるものを取り出した。

それをにまにま笑いながら手に取って眺め回していると、前の席に座っていた友人が振り返って呆れ顔で溜息を吐く。それに気が付いたのは、わざとらしく、それはそれはオーバーに「はーあ」と声を出されたからだ。そうでなければわからなかった(曰く一度目は私が全力でスルーしていたらしい)。

「失敬な」

じっとり見つめ返すと、椅子の背もたれに肘をついて横座りになった友人がひらりと手を振る。その態度にもむっと来て、私は手に取ったそれを丁寧に机の上に置き、神妙な顔をしてやってから腕を組んだ。

「キミはスピリチュアルとか神託とか、興味無いのかね」

「無いね」

あっさり返される。白けた目で見られるのはもう慣れたが、気分の良いものではない。ずいっと身を乗り出してやって、ぎょっとして身を引いた友人にそのまま語りかけてやる。

「私が有名になる前に、一度は体感しておいた方がいいぞ」

言って、私は新品同様の輝きを放つ幻想的な絵が描かれた箱を突きつけた。

「タロットとはまた違う。これがもたらすのは神託だ、お告げだ。拒否ってないで私にこのオラクルカードで占われよ」

「あんたさ、それ手に入れてからのキャラ付け、変な方に飛んでってるからね」

「うるせぇ。形から入るんだよ、こういうのは」

「いいじゃん、口の悪い占い師」

「炎上するのは避けたい」

胡散臭いのも大概だ、と友人が再び、今度は心から吐き出したらしい溜息をひとつ床に転がした。塊のそれがゆるゆると解けて消えていく様を妄想しながら、私は思わず素に戻って友人に頭を下げていた。

占いデビューのお客様第一号になってください、と。

ここ一週間は続けているやり取りを周りがクスクス笑って見ているのを察してはいるが、そんなことは微々たる問題に過ぎない。休み時間ごとに頼み込んでは断られ、とトライアンドエラーを繰り返しすぎて、友人がいい加減塩対応になってきたのに危機感を覚えている。私は今日この日に、何とかして“お客様第一号問題”を解消しようと決めていた。

占いには元々興味があったし、いくつも占い館を巡っては色々な占い師に占ってもらった。納得することもあれば、腑に落ちないこともあって、あまり占われた後の気分が爽快! ということが経験上少なかったのだが、ある時この友人がポロッと零した『それなら自分でやればいいのに』という言葉にピンと来てしまったのだ。

そうか、自分でやれたのなら、自らの手によって全てを理解出来る。

その日をキッカケに、私はどんな占術があるのかを猛烈な勢いでスマホを駆使して調べ倒し、行き着いた先がこのオラクルカードというものだった。

「あんたさ、中二病ってやつからいい加減抜け出しな」

冷たく言い放つ友人に、上目遣いで同情を誘ってみる。

「だってぇ、家族はそういうの興味無いし、あげくこのカード小遣いで買った時に鼻で笑ったんだよ? 最初のお客様はキミしか頼めないんだよぉ」

スンスン、と言い出しそうな声を絞り出して、友人を見つめる。

改めて私の顔を見た友人は、「ふん」と鼻で笑った。


私が手に入れたこのオラクルカードは、新品同様だが一度人の手に渡っている中古品だ。本当は新品を買うつもりだったのだが、通販サイトでは気に入るものが予算の範囲内で収まらなかったので、やむなく中古品の出品を漁る方向にシフトした。

その中で目に入ったのが、写実的なのに幻想的で、まさに神秘を司っています、といった女神が光と草花に包まれた絵だったのだ。思わず感嘆の声を漏らすほど、私には刺さるもので、これを手に入れたいと瞬間的にポチっていた。この時点で値段は確認しておらず、後に予算オーバーギリギリだったことに気付いて冷や汗を掻く羽目になるのだが、そんなことを差し置いてでも手元に来るのが楽しみで仕方ない。そんなカードだった。

手元に届いた時の感動は、それはそれは言葉には言い表せないような……とは言わないが、ようやっと来てくれた、と堪えきれず笑みが零れた。

見てきた中で一番丁寧に作られているサイトを参考に、浄化という工程を経てから中身を確認すると、まず一番最初にご対面したのが例の女神様。画像で見るよりも美しいなんて月並みかもしれないが、本当にそう思った。それから徐々に一枚一枚カードを捲り、挨拶という工程を経て、いざ実践……と言ったところで、ふとあることに気付いてしまったのだ。

周りに誰一人占いに付き合ってくれる人間がいない、と言うことに。

いや、最初は自分のことを占ってみよう……それはいい。だが、私の崇高なる最終目的(欲望では決してない)が果たせない。あくまで私は誰かの道標になりたいのだ。しかしながら、それでいきなり赤の他人を占うのはハードルが高すぎる。身近で手頃な人間は居ないものか……。

そんな経緯があって、私は今、唯一の付き合いのある友人に頭を下げたり、謙ったり、高圧的になったり、やはり初心に戻ってひたすらお願いしたりと忙しい一週間を過ごしているわけである。

「で、諦めた?」

その結果は相当に無常だ。

「キミ、昼休み、覚悟しておれよ」

数学の教師が来たところで、私はオラクルカードをさっさと鞄に仕舞い込み、勇み足で起立した。


……あ、ヤバい。

そう思った瞬間、「起立」の号令がかかる。若干ふらつく体を立ち上がらせ、頭をガクンと重力に任せて下げる。この数学教師は生徒が寝ていても『自己責任だから』と言って起きることを促したり、起こすよう指示を出すことはない。寝たら寝た分だけただただ自分が不利益を被るように授業をしている。いつも通りスタコラと教室を出て行ったその後ろ姿を目だけで追って、私は盛大に溜息を吐いていた。

「あーあ、やらかしたね」

友人が振り返りニヤニヤと笑う。

「ノート見せて」

「やだ」

少し癖のある筆跡がちらつくが、すぐにパタンとノートを閉じられてしまう。そして見せ付けるように、わざわざそのノートだけ鞄に突っ込んで、しっかりとチャックを閉められてしまった。流石に鞄の中は漁れない。終わった。

「頼れるのはキミしかいないのに」

「ちーちゃん辺りに声かけたら見せてくれるよ」

「申し訳ない気持ちで卒倒しそうになるから無理」

「あー、出た出た。なんであたし以外に友達作らないのよ、あんたは」

意地悪め。じとっと睨みつけてから、私はこそこそと今はあまり話さなくなってしまった幼馴染のちーちゃんの所へ、ノートのコピーを取らせてくれとお願いしに行った。昼休みのため、弁当箱を取り出しながらこちらに顔を向けてくれたちーちゃんは、のんびり「いいよ〜」と承諾してくれる。彼女は何とも思っていないのはわかるのだが、とても気まずい。

いそいそと友人の元へ戻った私は、そっと床に膝をついて頭を下げた。

「金輪際ノートについては頼みません。だから占わせてください」

「アホか、あんたは。何でこのタイミングなわけ」

確かにそうだ。何故このタイミングで私は土下座をして占いをさせてくれと頼み込んでいるのだろう。寝起きだからだ。

すぐにそう結論づけて、一度下げた頭を戻すことが憚られた私はそのまま土下座を続けることにした。謎のテンションのついでだ、ついで。行動理由なんて後でいくらでもこじつけられるのだから。

「恥も外聞も捨てます。やはり頼めるのは貴方様しかこの世にいないのです」

「大袈裟な。さっさと頭あげなよ、みんな見てるよ? こっちが恥ずかしいわ」

「だからもう私には恥も外聞もないのよ、キミがいいと言うまで頭は上げない。お願いします」

「とりあえずあんたが席に座るまでは、無視しとくわ」

友人がカタン、と弁当箱を私の机に置いたらしい音が聞こえてくる。しばらく待ってみたが、ゴソゴソと弁当を食べる準備を黙々と始めたらしい気配も感じる。このままでは仕方ないかと、「あーどっこいしょ」と立ち上がり、額と膝を軽く払ってから席についた。

友人は相変わらず椅子に横座りのまま、彩りのある自作弁当を一口頬張っていた。私はコンビニ袋の中から母親の手作り弁当(タッパーに入っている)を取り出して、全体的に茶色い旨み成分しかないご馳走に自然とほくそ笑む。箸を取り出して「いただきます」と言いかけてから、はっと我に返って弁当を机の端に移動させた。

「席についたわけだから、話を聞いてくれると言うことであってるな?」

「昼ごはん食べるの、あたしは」

言って、友人は弁当箱を持ち上げると体ごと横を向いて食べ始めてしまった。でも私はめげない。

「じゃあ耳だけ貸しててくれ。いいかね? 占いとは人生を豊かにしてくれる存在なのだよ。全てが全てではないが、実に有益な情報を与えてくれることがあるわけだ。これを使わない手はないだろう?」

こういう時は大きな身振り手振りで注目を集めるのだ、と何かを見たような、知った気になっている情報をフルに活用して、力説する。グッと拳を握り、振り上げた私は「だからだね、」とそれをそっと机に乗せた。

「なるべくしてなってくれたまえ、私のお客様第一号に」

静かに、力強く言って、じっと友人の顔を見つめる。

一瞥した友人が、無意識に出してしまったらしい溜息と共にぽろりと言葉を零した。

「めちゃくちゃ言われんの、まじ無理」

物凄く悲しそうな目をされて、今度は私が思わずぎょっとして身を引いてしまった。こんな顔をした友人を見たことがあっただろうか。この高校に入ってから飄々と立ち回る彼女の姿しか見たことがないのに、ここに来てそんな顔をさせるようなことをしてしまったのか、私は。

「え、あの、ごめん。どうした?」

「んー……まあ、あたしも一人の乙女だったことがあるって感じかな」

ちょっと首を傾げながらいつも通りに目を細めた友人は、まだ少し残っている弁当をぱくりと一口頬張る。お淑やかに咀嚼する友人に、私は色々訊きたいような気もしたが、あまり踏み込まない方がいいと判断して口を開くのを止めた。教室の騒めきの中にしばらく埋もれることにする。

二の句が継げない私を見兼ねてか、声に出して笑った友人が弁当箱を片付けながら「黙んないでよ、気にしい」と明るく言った。

「で? 占いの方はもういいの?」

「いや、なんかもう……よくは、ないけど」

「もう一押ししてくれれば付き合ってあげたのになー」

友人の切り替えは相変わらず早い。容赦無く私の鞄を漁ってオラクルカードを引っ張り出すと、私の前にそっと差し出してくる。

「あんな顔しといて言うか……?」

「ちょっと思い出したことがあっただけ。それこそごめん、気にさせちゃったね。ほら、演説を続けてみたまえよ?」

私の似非口調を真似る友人は、頬杖をついてこちらに向き直っていた。

……そうだ。こんなふうに悲しい思いをするようなことがあったらいけないから、私はしっかりとした占いをしたいのだ。アドバイスだって人を傷付けたら意味を成さない。オラクルカードは前向きになれるような良いメッセージを主にくれる。良いことばかりでは人生立ち行かないかもしれないが、苦しんでいる人にただ厳しく言うばかりが正解ではない。

私は改めて姿勢を正し、

「私は、少しでも誰かに前向きになってほしい。だから、占いをしたいと思った。しんどい時でも、いつも傍に居てくれて、居させてくれるのがキミ。だから、一番最初のお客様として迎えたいのはキミ。お願いできないだろうか」

誠意を込めて頭を下げた。

「よかろう、占ってみたまえ」

つむじを小突いて、友人は優しい声音でそう返してくれた。

素直に嬉しい。

「ありがとう」

「どういたしまして」

よし、元気とやる気が戻ってきた。私は顔を上げて、友人にニヤリと笑って見せる。すると、さっきまで無主張だった手元のオラクルカードが、引いてみろと積極的に誘っているように見えてくるから不思議なものだ。

箱を手に取り、蓋をコンコン、と叩く。浄化だ。

「では、何を占いましょうか?」

私の想い描く理想の占い師をイメージする。穏やかに、優しく。今は彼女だけに心を割く時間だ。

うーん、と少し唸った友人は、ぽんっと手を叩く。

「じゃあ、恋愛のこと。あたし、また恋愛できるかな?」

「わかりました、ではカードを引かせていただきますね」

中身を取り出し、私はデッキを再度コンコン、と叩いた。

初めてのことに心臓が高鳴る。これでシャッフルすれば友人のことを占い始めることが出来るのだ。緊張からか、手が震える。カードとカードが擦れる音だけが耳に入ってくる。一呼吸置いてふ、と息を吐いている自分に気が付く。どれだけ緊張しているのだか。自嘲的な笑みも浮かばないくらいに余裕が無いことに、自分でも驚いていた。

多少しつこいくらいにシャッフルしていたように思う。ようやく手を止めて、扇形に広げたカードの中から直感的に従って一枚引いた。

息を飲んだ。

あの女神のカードだった。

「…………」

「……ねえ、どうなの。このカードの意味は」

「…………」

「もしもーし」

視線の先で、友人の手がひらひらと舞っている。

それを追うことは無く、私はじっとそのカードを見据えたままでいた。

このオラクルカードを買ってから今までが物凄い勢いで回想されていく。

衝動的にポチッって、後々値段を見て冷や汗を掻いて、そのまた後に購入の際の注意書きを読んで……。

ああ、そうだ。

私は短く息を吸って、小さく、それはそれは小さく言葉を発した。

「……わからない」

「は?」

「これ、解説書無いから」

「…………」

やめてくれ、そんな顔で私を見るのは。

頬をひくつかせながら、私は続ける。

「リーディングの手引きが、無い」

「ふぇえ……?」

あり得ないんだけどぉ⁉︎

と、友人の素っ頓狂な叫び声が、教室中に響いた。



Fin.

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