第15話 王都へ

「ようこそ、王都へ。通っていただいて構いませんよ」


「ありがとう」


 門番に礼を述べると、カイルは王都に踏み込んだ。

 先の戦争では王都に集まってから――ということもなく、現地集合、現地解散だった。カイルにとって、これが初めての王都訪問だった。


「これが――」


 見えている光景に圧倒される。

 まず建物の密度が濃い。土地を奪い合うかのように建物が密集している。ぽつぽつと建っていた村とは全く違う。道もきっちりと舗装されていて、行き交う人々の数も多い。着ている服のデザインも洗練されていて、エルダナ村とは一線を画すおしゃれさだ。


「……ははは……すごいな」


 これが王都。

 きたんだ! そんな熱い感情が胸を焦がす。

 ゆっくりと街並みを見物したいところだが、まだそのタイミングではない。まずは宿からだ。ブレイズからは、王都に来るつもりなら実家を訪ねるように言われている。


「ファルシノス男爵家か……」


 渡されていた地図をたどっていくと、王都の中心地にある貴族街に入った。


(貴族街に家があるんだ……)


 高級貴族なら当然のことだが、男爵の場合は当然ではない。貴族街に家を持てるということは、爵位はともかくとして、一目置かれている家であることは間違いない。

 しばらく歩いていると、ブレイズの実家にたどり着いた。


「ここか……」


 立派な庭のある贅沢な建物だった。広さはカイルの家と同じくらいだが、土地の高い王都で維持するのは簡単なことではない。


(隣はもっとすごいけど……)


 隣には、そんな立派なファルシノス男爵家がかすむほどの巨大な邸宅が立っていた。さっき道を教えてくれた人によると、ここはクレイブス伯爵家の屋敷らしい。


(クレイブス伯爵――)


 この言葉とともに蘇ったのは、リアンディア平原の撤退戦で主人公の上官を務めたアイスノー・クレイブスの美しい顔だ。


(あの人の実家か……)


 もちろん、知り合い面して尋ねる勇気はないが。そもそも、ただの雑用騎士と高級貴族の令嬢である。アイスノーが覚えているとカイルは思っていない。

 アイスノーの件は頭から追い出して、意識をファルシノス男爵家のほうに戻す。


「よし、行こう」


 庭を横切り、邸宅のドアについているノッカーを鳴らした。これは魔力の込められたもので、鳴らすと邸内に音を伝えてくれる。

 しばらくすると、ドアを開けて現れた執事姿の老人が現れた。


「失礼します、ブレイズ・ファルシノス様から呼び出されたカイル・ザリングスと申します!」


 カイルの挨拶を聞くと、老執事の表情が和らぐ。


「ブレイズ様から話を伺っております、こちらへどうぞ」


 通されたのは客用の宿泊部屋だった。綺麗に整頓されているのはもちろん、豪壮な造りにカイルは内心でたじろいでしまった。


「お疲れでしょう、こちらでお休みください」


「ありがとうございます!」


「ブレイズ様はまだ戻られておりません。カイル様の来訪はお伝えしておきますので、お帰りになるまでこちらで休養なさってください。遠慮は不要ですので」


 貴族の客人としてもてなされるのは初めてのことだった。思わず緊張して体が硬くなる。持ってきていた荷物を片付けた後、カーテンを開けて窓から外を見た。

 2階の部屋から王都の街並みがよく見える。


「すごいなあ……」


 発展した王都がよく見える。こんなにも広いのか、こんなにも大きいのか。暮らしていたエルダナ村とは根本的に違う。圧倒的なスケールを見て、カイルは身震いする。

 カイルの視線は、この王都を象徴するものに釘付けとなった。

 王城だ。

 王都で最も高く、最も広い建物がカイルの視界に映っていた。王都に来るのが初めてである以上、もちろん、王城に入った経験もない。

 加えて、カイルは王国貴族としての自覚も強い。それゆえに、カイルは王城を見ただけで感動してしまった。それだけでも、王都に来た甲斐があるというものだ。

 一度は行ってみたい――

 そんな熱のような興奮に浮かれていると、部屋にノックの音に続き、女性の声がした。


「カイルさん、いらっしゃいますか?」


「はい」


「私の名前はフランデル。ブレイズの姉です。よろしければ、お話をしてもよろしいかしら?」


「もちろんです!」


 ドアを開けて入ってきたのは、20歳くらいの美しい女性だった。貴族の令嬢らしく、質感のよさそうな服をまとっている。


「はじめまして、カイルさん」


「こちらこそはじめまして。フランデル様」


「ごめんなさいね、うちの弟が急に話を持ちかけて」


「いえいえいえ! 光栄な話です!」


「すごい剣の使い手だって弟が言っていたけど、そうなの?」


「ええ、そんな! 俺なんて全然です。ブレイズ様には遠く及びませんよ!」


「そうなの? 弟は八騎将のバルガスを倒したのが、あなただと言っていたけど?」


「へ?」


 まぬけな声がカイルの口からこぼれた。カイルの認識上、バルガスを倒したという記憶は存在しない。むしろ、ブレイズが所属する赤狼隊が倒したという噂を信じていた。ゆえに、無理のない反応だった。


「……あれ? 違うのかしら?」


「違うんじゃないですかね……まさか、そんな……」


 八騎将の勇名はカイルも聞き及んでいる。とても自分ごときに勝てる相手ではないと思っていた。


「ふぅん……」


 だが、特にそれでがっかりした様子もなく、フランデルは楽しげな様子で雑談を続けた。それは王都に関する色々なことや、貴族の付き合いに関する話なので、カイルの興味は尽きなかった。


「ゆっくりしていってね。またお話しましょ」


 話がひと段落したところで、フランデルは笑顔を残して部屋から出ていった。

 きっと、一人で滞在しているカイルのことを気遣って話をしにきてくれたのだろう。その気遣いがカイルには嬉しかった。


(うん、いい人だ。出会えてよかった)


 ――翌日の朝。

 食堂でカイルが朝食を食べていると、開いたドアから大柄な赤髪の男が姿を現した。カイルを見つけるなり、男が口を開く。


「よー、来たんだな」


「ブレイズ様!」


「堅苦しいのはいらないよ、ブレイズさんでいい」


 そう言ってから、ブレイズはテーブルに座った。


「覚悟は決まったんだな?」


「はい。第一騎士団の試験を受けてみようと思います」


「ははは、いいね! やる気になってくれたんだな!」


 手をぱんぱんと叩いて言った後、ブレイズが続けた。


「じゃあ、俺の食事が終わり次第、行くか」


「お願いします!」


 準備を終えてから、カイルはブレイズとともに街へと繰り出した。しばらく歩いてから、カイルは気になっていたことをブレイズに尋ねてみた。


「あの、フランデル様から聞いたんですが」


「なんだ?」


「俺が八騎将のバルガスを倒したってブレイズさんがおっしゃっていたと聞いたんですよ」


「ああ、言ったな。それが? お前が倒したんだろ?」


「え……倒してません、けど?」


 この瞬間、時間が止まった。まるで周囲を行き交う人々とは違う時間軸に移動したかのように。ブレイズが足を止め、マジマジとカイルの顔を見た。

 そのとき、カイルは失言したと思っていた。


(ま、まさか……今回の入団の件って……)


 バルガスを倒したのがカイルだと思い込んでいたから動いた話――だとしたら? 当然、違うと否定してしまえば、その件はなくなってしまう。


(あ、あ、あ……)


 カイルは後悔した。こんなところでチャンスを失ってしまうなんて! だが、根が正直なカイルはこうも思う。何が事実かが大切なのだ。もし、ブレイズの勘違いで進んでいた話なのなら、ここで止まってしまったほうが正しい面もある。


(とはいえ、すごいチャンスだったのになあ……)


 快く送り出してくれた父親や、見送ってくれた村人たちに申し訳ない気持ちが生まれる。

 落胆していたカイルだが、ブレイズの言葉は想像と違うものだった。


「いやいやいやいや……いや! お前、まさか気づいてないのか!?」


「え?」


「クレイリア砦の攻防戦で、俺と出会う前に体のでかい双剣使いの男と戦わなかったか?」


「はい、戦いました」


 その戦いは今でも鮮明に覚えている。相手が相当な使い手だったからだ。他の帝国兵たちとは格の違う強さが印象的だった。


「で、お前がそいつを倒したんだろう?」


「倒しました」


「そいつが八騎将のバルガスだよ!」


「へえ、そうなんで――え、ええええええええええええ!?」


 思わず驚きの声をあげてしまった

 

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