雪の中出会った貴女に、私は永遠にされる

下等練入

第1話

「大丈夫? 迷子?」


 しんしんと雪が降り積もる中、そう声を掛けられたのだけははっきりと覚えてる。


 ◇


「ねえ外行こう! 雪だよ!」


 私――雪村ゆきむら椿つばきの部屋に飛び込んでくるなり幼馴染である風花かざはな六華りっかはそう言ってきた。

 そう言った後さっきまでシャーペンとノートが擦れ合う音しかしていなかった部屋に彼女の肩で呼吸する音が響く。

 余程私を誘いたかったのか、学校から走ってここまで来たのだろう。

 ただ私の目線が問題集から離れる事はない。

 朝から雪が積もっていた時点でそう六華は尋ねられることはわかっていた。

 なので朝から用意していた答えを合成音声のような無機質な声で口に出す。


「私は……、いいかな」


 一瞬だけちらりと外に目をやったが、朝より少しだけ粒の大きくなった雪がまだ降り続けている。

 空も見渡す限り鈍色にびいろ絨毯じゅうたんに覆われており、この様子だとまだ止む事はないだろう。

 私が外を見たのを目ざとく見つけたのか、六華は言う。


「外見るってことは絶対気になってるじゃん。十年に一度の大雪って言われてるんだし行こうよ!」


 そう言って無理やり問題集を取り上げると、コートを投げ渡してきた。

 

「ねえ……」


 そう尋ねても彼女は自身の小顔さをアピールするかのように顔の横に問題集を掲げにやにやと笑うだけで、何も言おうとしない。

 いつも通りだけど、この子は私が折れるまで勉強の邪魔をやめないだろう。

 口の中まで上がってきたため息をどうにか飲み込むと、口を開く。


「わかったよ、行くよ……」


 その言葉を聞いた途端待ってましたとばかりに六華の目は輝く。

 スマホすら持っていく隙を与えず、彼女は無理やり私を連れ出した。


「ねえ、どこまで行くの!」

「どこまでってそんなの決めてないよ!」


 六華は正面をしっかりと見据えたままそう言った。

 なれない雪道の所為か彼女との距離は段々と離れていく。

 時折思い出したかのようにこっちを振りかえるが、私がいるのを確認するとすぐまた歩き出してしまう。

 いつもそうだ、私を巻き込んでそのくせ自分だけ先に行く。

 勉強だって、一緒の私立行きたいって言うからなんとか入ったのに、自分は勉強しなくても常に上位だし。

 運動も一緒の部活がいいって言うからバスケ部に入ったのに、春から高校生になるからって一人だけ高校の方の部活に参加して……。

(私は六華みたいに生きるの上手くないんだよ)

 もう目視出来なくなってしまった彼女に追いつくため、足跡を頼りに前へと進む。

 ただ段々と天気が崩れてきたようで、さっきまでの牡丹雪と違い小さく冷たい欠片が風に煽られ顔に当たる。


「ねえ六華!」


 足跡も雪に埋もれ役に立たなくなってしまってので叫んだが、彼女の声が聞こえることはない。

 それどころか目の前にはいつの間にか白い闇が広がっており、伸ばした手すら闇に飲まれ見えなくなってしまった。


「どこにいるの! 置いていかないでよ!」


 新雪に足を取られながらなんとか六華が居そうなほうに進む。

 ただ一向に気配すら見つけることができない。

 いいよもう帰る……。

 あとでLINEすればいいでしょ。

 きびすを返し家へ向かおうとしたが、このホワイトアウトの状況で自分の居場所なんかわかるわけがない。

 いつの間にか完全に自分の位置を見失ってしまっていた。


「六華~! ねー六華ったら~!」


 何度そう叫んでも私が望んだ声が返ってくることはない。

 それどころか車や歩行者の気配すらなく、この世界に独り取り残されてしまった気分だ。

 

「こうなるなら出かけるんじゃなかった」


 吹雪が少し落ち着いたところでどうにか帰れないかと辺りを見回す。

 すると見覚えのない橋の向こうにポツンと鳥居が立ってるのが見えた。


「こんなところに神社なんてなかったはずなのに」


 いくら脳内に地図を広げても、私の家の周りに神社なんか見当たらない。

 もしかしたら大分遠くまで来てしまったのかもしれない。

 なにか現在地の手がかりがないかと思い境内の中を覗く。

 覗いたところでなにかわかりそうなものはなく、その代わり何人かの巫女さんたちが雪かきをしていた。

 じっと見てるのを怪しまれたのか、巫女さんの内の一人がこちらに駆けてくる。

 こっちに来られても困るし逃げようかと思った。

 ただ巫女姿としては珍しい、美しい白い小袖こそで白袴しろばかまの姿が雪に溶け込み私の目を奪う。

 彼女の走る姿に見とれていると、あっという間に距離を詰められてしまった。

 よく見るとこのお姉さん六華に顔も雰囲気も似てるな、なんて考えているとお姉さんが尋ねてくる。


「大丈夫? 迷子?」


 こういう時なんて答えるのが正解なんだろう。

 中学生にもなって迷子になったなんて言いたくないし。

 かといって神社に行くのなんか初詣ぐらいだからな……。

 もういっそのこと六華が迷子になったことにしちゃおうか。

 うん、実際私があの子を探してたんだし、あの子が迷子になったんだ。


「あの友達が迷子になっちゃったので探してて……。ここに来てませんか?」

「どんな感じの子?」

「身長は私より十……多分お姉さんと同じぐらいで、モカのダッフルコートにブーツでした」

「じゃあそういう子が通ったかどうか聞いて来るね。ここは寒いし風邪ひいちゃうといけないから社務所で待ってようか」


 そう言って繋いで来た手は、雪かきをしていたせいか私と同じぐらい冷たくて、体の境が無くなった気がした。


「じゃあちょっと確認していくから、これでも飲んで待ってて」


 そう言うとお姉さんは湯気の上がっている紙コップを手渡してきた。

 雪のように白い液体が並々と入っているが、なんなのかよくわからない。

 温めた牛乳だろうか。

 匂いを嗅いでみたが湯気に混じって牛乳とはまた違う甘い匂いが鼻をくすぐる。

 それの匂いに誘われ紙コップを傾けるが、明らかに熱いと思っているものが唇に触れる恐怖には勝てないかった。


「これは?」

「甘酒。飲んだことない?」


 お姉さんに言われて思い出した。

 この香り、初詣に行ったとき六華と一緒に飲んだ気がする。


「あります。お正月とか」

「そっかよかった。体温まるからよかったら飲んでみて」


 あったかい……。

 お姉さんはああ言っていたが、持っているだけで指先から温まってくる。

 しばらく掌がじんじんと熱を取り戻していく感覚を楽しんでいるとさっきとは別のお姉さんに話しかけられた。

 この人も上下白い服だし、この神社の関係者だろうか。


「あんたがまいに拾われた子?」

「えっと舞ってあのお姉さんのことですか?」


 そう言って私は先ほどから社務所しゃむしょの中を飛び回っているお姉さんを指さす。


「そうそう、あの子。稲倉いなくら舞って言うんだ」

「拾われたというか、迷子の友達を見かけてないか探してもらっているところです」

「あっそ。へー」


 それだけ言って意味ありげな笑みを浮かべると、あとから話しかけてきたお姉さんが舞さんを呼んだ。


「ねえ舞。これが次の子?」


 そう言いならがこっちを指さしてくる。

 なんかよくわからないけどその指先には嫌な感じが込められていた。


「違うってただ迷子になってただけ……」

「けど甘酒出してるじゃん」

「これは……、寒そうにしてたから」


 舞さんは困ったように笑っている。

 やっぱりあの時逃げておいた方がよかったのかな。


「まあそれならいいんだけどさ」


 お姉さんは一通り舞さんと話して満足したのか、「バイバイお嬢ちゃん、楽しんでね」と手を振り行ってしまった。

 あんまりいい印象はなかったけど、手を振られると自然と振り返してしまう。

 もう冷めたかな。

 二人の話を聞いている間に甘酒の入った紙コップは人肌ぐらいの温度になっていた。

 もうそろそろ飲めるんじゃないかと口に持っていこうとすると、私の意に反してコップが宙に浮いた。

 慌てて紙コップの行方を目で追うとお姉さんが申し訳なさそうな顔をしながら持っていた。


「ごめんね、椿ちゃんの友達を見かけたって人はいなかった。もう雪も止んだみたいだから帰ろうか」


 お姉さんが外を指さすと、確かに雪が止み晴れ間が広がっていた。

 一瞬なぜかまだここに居なきゃいけないという気持ちが宿ったが、お姉さんの笑顔の中に宿る冷たく鋭い瞳がまだ居たいと口に出すことを許してくれなかった。


「わかりました、甘酒すみませんでした」

「気にしないで。向こうから帰れるから」


 鳥居とりいの外まで連れてくると、そう言って橋の方へ歩くように促された。

 こんなにも晴れているのにもやがかっていて橋の向こうの景色は見えない。


「え、この道ですか?」


 本当に大丈夫なの、とお姉さんの顔を見るが、大丈夫と言わんばかりの笑顔で何も言わず私の背中をそっと押した。

 本当に平気なんだろうか。

 何度が振り返るがお姉さんの笑顔が崩れることはない。

 そう言えば私舞さんに名前伝えたっけ?

 そんなことを考えながら進むと、対岸に渡ったあたりで後ろから肩を叩かれた。

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