華麗なる食卓

濱田ヤストラ

華麗なる食卓

 この食卓にも慣れたものだ。

4人掛けのヴィンテージ風の机と、ふわっとした感触のする椅子が二脚、向き合うように存在する。

6枚切りの食パンと、添えられたバターとオレンジのマーマレード。苺ジャムがいい、と一度言ったことがあるが、見事に却下されたのを覚えている。

あとは、ナイフとフォークの真ん中に鎮座した、丸い食器に乗せられた何かの肉。

わたしは、この数日間、この肉が何であるかを知らされずに食している。

味付けがいいのか、特にまずいわけでもなく、ただ少々他の肉に比べて硬い感じ。

わたしが食卓に座ると、奥の方から一人の男性が歩いて出てくる。

落ち着いている雰囲気の、タキシードを身にまとった黒髪の男だ。

彼は、わたしがこの場所に来てから、必ず一緒に食事をとっている。

一度たりとも、違う場所で食事をとったことはない。


 カチャカチャと、食器を動かす音がする。

特に食べる挨拶もないまま、男が着席すると食事が始まる。

これも、いつものことだ。


「ここでの生活にも慣れたかい?」


 わたしは、ええ、とだけ言葉を返し、また食事に戻る。

そしてまた、カチャカチャと食器を動かす音が鳴り響く。

わたしは出された食事をぺろりとたいらげ、彼が食事を終えるのを待った。


「相変わらず、よく食べるね、君は」


 彼は、クスリと笑い、食事の途中で手を止める。


「実は君に言わなければならないことがあったんだった」


 言わなければいけないこと?

今まで、この場所に連れてこられて数日間、何も言われたことはなかった。

一体何なんだろう。


 すると、彼は頭に手を当てて、悲しそうな表情を浮かべた。


 この表情はどういう意味だ…?

わたしには何も解らなかった。

ただ、わたしはここから出たい、という意識と、現実に戻りたくない、という意識がせめぎあった。


「残念だが、君とはここでお別れしなくてはならないんだ」


 彼がそう言うと、扉が開く音がした。

わたしの視界に入っていなかったのであろうその扉から、数人のシェフのような格好の男達が近づいてきて、わたしの腕を掴んだ。

そして、わたしはそのままその扉の奥へと連れて行かれる。

その瞬間、彼の言葉が一瞬だけ、耳に入った。


「また会える日を、楽しみにしているよ」


 わたしには、その言葉の意味が解らなかった。

そしてわたしは扉の中に放り込まれ、その扉は施錠された。

その中は、恐らく厨房だろうか。たくさんのコンロや鍋、それに大きな冷蔵庫もある。

わたしはその場所で座り込んでいた。


「さぁ、来なさい」


 大きな、鉈のような包丁を持ったシェフのような格好の男が、それを構えながらわたしを呼ぶ。

わたしは後ずさりしながら、誰かが助けてくれるのを待った。

それは自分の末路を、今この現状で想像し、把握してしまったからかもしれない。



* * * * * *



「ぎゃあああああああああああああああ」


 ひどく汚い断末魔が聞こえ、僕はため息をついた。

この子も違う。他の誰かがわたしの探し求める少女なのだろうか。

滑らかな白い肌、黒い瞳に髪の毛、容姿だけは合致していたのだが。

途中で自分の要求を始めた時から、この少女は違う、その思いが確信に変わっていったのだ。

僕の求める少女は、僕だけに服従し、僕だけに好意を持ち、僕だけを見る子。

さぁ、次の子はもう決めてあるんだ。扉の外で、鎖で繋いである。少し、恐怖という概念を植え込んだ方が従順になるだろう、と予測したからだ。

その子が僕が求める少女なのだろうか。それはまだ、解らない。

ただ、数を試すしか、僕には手段はないのだ。


 僕の追い求める、純潔の少女。

その少女と、巡り合うまでは、ずっと。


 その日の晩だった。

久しぶりの一人での夕食だった。

寂しいような気はしたが、新しい子を迎えるかと思うと、僕の心は躍る。

6枚切りの食パンと、添えられたバターとオレンジのマーマレード。彼女は苺ジャムがいい、と一度言ったことがあるが、却下した。

だって、苺ジャムは、血肉の色とよく似ているだろう?

僕は、ああいった色はあまり好まないのでね。

あくまでも、真っ白と真っ黒が好きなんだ、僕は。

そして、ナイフとフォークの真ん中に鎮座した、丸い食器に乗せられた肉。

その肉を見て、僕はこう呟いた。


「おかえり、また会えたね」


 そして、食事を始める。

その肉は、ナイフでは切れるものの、少し硬い歯ごたえをしている。いつもと同じだ。

シェフに、赤ワインにもっと漬けるように、指導しなければならないな。

皿に当たるナイフのキリキリという音が響き、僕はその肉を口へ放り込む。

そして、しっかりと味わうように、ゆっくりと咀嚼した。


「そうだね、味わいとしては問題ないかな」


 そう呟くと、食パンに手を伸ばした。

オレンジマーマレードをつけて、味わう。


 僕のこの食卓には、無数の少女がやってきた。

いつか、僕の理想の少女がここにやってくることはあるのだろうか。


 解らない、としか今は言えないだろう。

僕のもてなしを無碍にせず、それでいて爛漫な少女。僕はそういった少女を探しているのだ。


 僕は、今まで好きなものをいくつも集めてきた。

例えば、この絵画。所有していた婦人を血染めにしてもらって手に入れた。

僕の所有欲は、そうやって満たされてきたんだ。

なのに、この所有欲だけは、どうやっても満たされない。

少女はどこにでもいるはずなのに、その中にも僕の欲しい少女がいない。

僕は、目を瞑り天を仰いだ。


 僕のしていることは、果たして愚かなのだろうか。

いいや、そんなことはない。人間誰しも、欲しいものはあるはずだ。

問題は、それを手に入れるか手に入れないかの違いだけだ。僕はそう思っている。


 おかしいかい?僕は狂っている?

そんなはずはない。だって、僕はこの場所で幸せに過ごすために生まれたのだから。

幸せとは何か。そんなこと解っている。欲しいものがいくらでも手に入る、そんな世界だ。

なら、幸せを手にする方法は一つしかない。


 全てを手に入れるのだ。


 僕は、そんなことを思いながら、今日の夕食をたいらげた。

彼女ほどではないが、初めて彼女を食すのだ、残してしまうのはもったいないと思った。

そして、布巾で口元を拭くと、僕は自室へ帰ることにした。


 オセロ。

僕の好きなボードゲームだ。

このゲームは割と覚えやすく、今までやってきた少女達も知っていた。

なので、一緒にすることも多かったのだ。

白と黒の円盤。まるで、僕の追い求めているそれじゃないか。

次の子も、オセロを知っているだろうか。

もしそうなら、本当に嬉しいなぁ。一緒にやってくれるだろうか。


 僕は、窓のカーテンを開けて、空を見渡した。

雲がかかる月が、微かに赤い。

ああ、この色はあまり好きではない。僕はそう思って、カーテンを閉めた。


 白と黒の少女。オセロの盤に広がる白と黒のように美しい少女。

僕は、その少女を見つけることが出来るだろうか。そして、その少女を手に入れられるだろうか。

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華麗なる食卓 濱田ヤストラ @shino_joker

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