可愛い妹はもふもふなアレに寄り添ってスヤスヤと眠りたいそうです。

「……ここから先は見ちゃ駄目だよ。未祐ちゃん!! きっとあなたはショックを受けてしまうから」


 私、赤星未祐あかぼしみゆうは自分を見失うほど取り乱していた、密かに想い続けている義理の拓也お兄ちゃんが、特殊な作りの重い着ぐるみの下敷きになり、頭部を激しく強打してしまった可能性が高いんだ!! 命に関わる重大事故かもしれない……。これが落ち着いていられるわけがない。


「嫌っ!! 千穂ちゃん、この手を離して……。お願いだから私に拓也お兄ちゃんの無事を確認させて!!」


 半狂乱になっている自分を俯瞰で見る、どこか不思議な感覚に襲われた。

 この現実を受け入れられない私の中で必死で均衡を保とうとする意識の白濁なのかもしれない……。

 脈拍の高鳴りを抑える脳内物質が血中に分泌され全身に送り出される。

 頭のてっぺんから足のつま先まで叫びを上げたくて仕方がない自己を認識する、


「み、未祐ちゃん、これまでは女子高生特有のおたわむれなノリで、自分のお兄さんを大好きって言っているのとばかり千穂は誤解していたけど、もしかしてあなたは本気でお兄ちゃんのことを……!?」


「私は拓也おにいのことが好き!! 世界中の誰よりもきっと大切に想っているの……。だからこの手を離して、お願いだからぁ!!」


「未祐ちゃん、それほどまであなたはお兄さんのことを……」


 自分でもびっくりするくらい、拓也お兄ちゃんのことが好きなんだ。まだこの世に生まれて十六年しか経っていないけど、短い人生経験の半分以上の歳月をその想い人のそばで私は過ごして来たんだ……。


 自分の大切な人が窮地きゅうちに陥っているのに自ら行動しないという選択肢は未祐の辞書には載っていないんだから!!


 必死に止める千穂ちゃんの手を振りほどいて、わんこの着ぐるみの胴体部分を押しのけようとした。


「お、重い……」


 もふもふに見えるわんこの着ぐるみは一見軽そうに思えた、しかし震える手で触れた胴体部分は押してみてもまったくびくともしない。


 後で千穂ちゃんと未祐が仲直りして謝罪がてらに聞いた話だと、着ぐるみの総重量は発泡スチロールやウレタンを使った普通のタイプで七〜十キロだと教えて貰った。


 だけど今回の一見可愛いわんこの着ぐるみの正体は……。


『このわんこの着ぐるみは特注品で秘密裏に開発された、うなげやグループ代表取締役社長専用機、エアフォースわんこタイプR改(公認車検取得済み)だから通常の三倍の速度でイベント会場を機敏に動けるようにハイブリットカーの電動技術とロボット工学の粋が決集されている着ぐるみスーツなの。中に入る千穂のお父さんの生体認識しか受け付けないから、声紋、眼紋、指紋、すべてが合致しないと起動しない。スタンドアローン状態で、うなげや統括本部にある指令センターと直結神経接続しないと、パワーアシスト機能がオフになってただの重たい着ぐるみだから、内部のリニアフレーム込みでの総重量は女の子一人ではとても運べなかったんだ。未祐ちゃん、本当にごめんね……』


 そんなこともつゆしらず、私は渾身の力で押しても、うんともすんともいわない着ぐるみに業を煮やしていた。


「な、なんでこんなに着ぐるみが重いのぉ!? わんこの外見は可愛いけど、重いのは可愛くないよ!! でも未祐、頑張る……!!」


 まさに火事場のナントカだ!! 重いモノなんて私の拓也お兄ちゃんへので打ち破ってやるんだから……。


 ……恋する女の子は無敵だ!! 未祐負けないもん!!


  次の瞬間、私は活路を見出した!! 着ぐるみ本体下部に装着されたもふもふの、着ぐるみのモチーフになったわんこの犬種は多分、飼い犬の人気ナンバーワンのトイプードルだ、結構しっぽが長くて先端が丸い。この部分を起点にして重い胴体を、てこの原理で横方向に回転させて文字通り活路を開くんだ。押しても駄目なら引いてみよう!! 精神だ……。私は大きく深呼吸して精神統一をした後にゆっくりと着ぐるみに手を掛けた。


 ググッ!!


 これまでびくともしなかった着ぐるみが僅かに横方向に動いた。


「よし、このまま、お兄ちゃんのもとへ、いっけええええっ!!」


 ゴロン!! 


 フローリングの床を大きな音を立てながら着ぐるみが回転した。


「未祐ちゃん、やったあああっ!!」


「ち、千穂ちゃんも一緒に着ぐるみを押してくれていたの!?」


 いつの間にか千穂ちゃんも着ぐるみの撤去に協力してくれたんだ、本当に嬉しいよ、こういうときの友達って本当にありがたいな……。


「はっ!? 広瀬部長とお兄ちゃんの安否は!!」


 ……私の目に飛び込んできた驚愕の光景とは!?


「ええっ!? た、拓也お兄ちゃん、また寝ぼけて夢を見てるのぉ!!」


「ひ、広瀬部長が、あんなあられのないお姿で……。これは女子校のゴシップになっちゃいそうな勢いよ!! う〜ん千穂のゴシップガール魂に火が点いちゃいそう」


 女子校一のゴシップガール【噂好きな女の子】でもある千穂ちゃんの目の奥が、キラリと光ったのを私は視界の隅に捉えていた。


 それよりも何より未祐が驚いたのは……。


「ううむ。不肖、広瀬沙織ひろせさおり、武道で初めて背中に土をつけられるとは不徳の極み、それも丸腰の、いや丸裸の殿方に……。なんと無念なことか!!」


 完全に眠った状態で真っ裸のまま、広瀬部長のしなやかな肢体を抱き枕みたいに、だいしゅきホールドの体勢で完全に組み伏せた拓也お兄ちゃんの姿だった……。


 次回に続く。

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