勇者マストダイ! ―勇者の事は絶対に許しません!―

もいもいさん

第1話 油断なんてするもんじゃない

 半壊した魔王城の最上階、天井も崩れ落ち、不気味な色の月明かりが差し私達の緊張感はMAX状態だ。


 私達は地面に倒れている仲間達の心配をする間もなく、目の前にいる強大な敵と睨意味合いをして数十秒――いや、数十分かもしれない。それくらいに感じるほどの緊張感だった。


 そして、私達のリーダーである彼の雄たけびで皆が動き出す。


 私は素早く防御強化の魔法と攻撃力強化の魔法、そして、体力回復の魔法を生き残っている面子に掛ける。正直なところ、私の回復魔法はそこまで優秀とは言えない。何故ならば、回復といっても一気に治癒させるような魔法では無く、補助的に時間経過によって傷を癒し、体力を回復させる魔法だからだ。


 現在、回復魔法が得意なマリアンヌは魔王の攻撃を受けて、気を失って倒れている。故に回復魔法が使えるのが私だけという状況なので仕方が無い。


 そして、私達は多くの犠牲を生みながらも数時間の戦いの末、魔王を打倒した。


 私、リーダーであるアレン、途中で意識を取り戻したマリアンヌ、そして、騎士アーバインの四人以外は残念ながら命を失ってしまった。


 アレンは魔王の死体から魔石を抜き取り、アイテムボックスへそれを移し喜びを露にする。私とマリアンヌもお互いに頑張ったと言い合い、多くの犠牲に悲しみを感じながらも過酷な旅が終わったのだと一息ついたところだった。


 が、油断していた。いえ、油断というよりもなすすべが無かった。


 私の目の前でマリアンヌの表情が硬直する。一瞬、何が起こったか分からないくらいに一瞬の出来事だった。騎士アーバインの剣がマリアンヌを深々と貫きマリアンヌの鮮血が私に飛ぶ。


「……な、なぜ?」


 と、言葉を残してマリアンヌが倒れ、私は叫び自身の相棒を手にしようとした瞬間、背中に痛みを覚える。


「……う、うそ?」


 私は痛みと同時に自身の胸から鋭く煌めく剣が生えていた。違う、背中から刺され、マリアンヌと同じように貫かれたのだ。アレンの手によって。


「悪いな、お前達は魔王との戦いで死んだことにしねーとなんねーんだわ」


 薄れ掛かる意識の中で彼の言葉が私の中に響く。何を……何を言ってるの?


「さて、証拠隠滅もしねーとな。行くぞアーバイン」


 男達は私とマリアンヌ、多くの仲間達を放置して去って行く――その足音だけが妙に鮮明に聴こえていたような気がしたけれど、私の意識は完全に途切れた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ってー、ふざけるんじゃないわよっ!」


 思わず起き上がって叫んだら、全く知らないお屋敷の全く知らない部屋で私は激しく混乱する。


 い、一体どういうこと?


 いきなりの事過ぎて思考が全く追いついてこない。私はさっきまで魔王城にいて、戦いの後にアレスに殺されたハズ?


 疑問形なのはその記憶がボンヤリとした感じがしたからだ。なんだか、フワフワとした妙な感じに私は周囲を確かめる。


 そこには何事が起こっているか分からずに混乱して固まっているメイドが一人――そして、私はそのメイド見て何故か色々と思い出していく。


 そうだ、私は思い出した。思い出してしまった!


 私はイリシュナ・ロッテンマイヤー。辺境ベルゼヘルテの戦争孤児だったけれど、ラミリア教の聖女として魔王討伐軍に参加して――そして、あの男に殺された。


 現在、こうしている私はイリーナ。あれから生まれ変わって生をうけ現在6歳のはずだ。どうして、色々と思い出したかは謎だけれど、たぶん間違っていないハズ。


 に、しても貴族に転生しちゃうとはね。と、私は小さく溜息を吐いた。


「なんだか、不思議な夢を見ていたみたいだわ。驚かせてごめんなさい」


 と、私はしれっとメイドに向けてそう言った。私の専属メイドでメルビー・シフォン。貧乏男爵で有名なシフォン男爵家の四女で我が家に働くメルビーの仕送りでなんとかやっているらしいけど、私はそれ以上の詳しい話は記憶に無い。


 我が家はシルフィンフォードという家名で爵位は確か伯爵だ。ただシルフィンフォードという名は前世の私も知っている。


 エリセウス王国の上級騎士で魔王討伐にも参加していたユリウス・レジアータ・シルフィンフォードは私達の仲間で騎士アーバインの親友でもあった。そして、ユリウスには弟がいた。


 一度だけ会った事があったけれどその時は10歳にも満たない子供だった。その少年だったユリウスの弟であるケビン・レジアータ・シルフィンフォードが二男二女の父親であり、私の父親であるのだ。


 正直、なんとも複雑な気持ちである。


 しかし、しかしだ。兄妹の中で私が最も下で現在6歳だが、一番上の兄はもうすぐ成人を迎えるくらいの年齢のハズだ。それを考えると、私とマリアンヌが殺されてから少なくとも20年は時間が経っている事だけは確かだろう。


 ひとまずは、私が今後考えなければいけないのは、あの後に何があったのか、アレン達がどうなったのか、だ。ともかく情報収集が必要ではあるけれど、自身が何をどこまで出来るかに関しても含めて考えていかなければならない。と、思いつつも私は妙に感じる気怠さに負けてベッドに伏せて意識を手放すのであった。

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