向日葵の咲かない夏 微糖

@Talkstand_bungeibu

第1話 穴

彼女を埋めた。土の中に。

彼女を埋めるには大きすぎるほどの穴だった。彼女の名前は陽菜と言うらしい。

彼女が12歳ということしか僕は知らない。


巨大なシャベルを傍に置いた。

一昨日ホームセンターで買ったものだ。

古いビルの壁からはまた黴臭いにおいがしていた。

時間がない。早く終わらせないと。


彼女の埋めた跡には墓跡の代わりに向日葵の種を植えた。

それが彼女の名前にふさわしい気がしたからだ。

僕は最後の土の一山をかけ終わり、一息つく。

仏教徒でもキリスト教徒でもない僕はお祈りの仕方を知らないので、とりあえず黙祷する事にする。

土の中の12歳のレディーに。


学校に行くのをやめて20日経つ。

正確には6日行くのをやめた後で夏季休暇が始まった。

理由とか原因についてここで詳しく書くつもりはない。

誰もがそれを聞きたがったが、ここでも言う気にはなれない。

というか、自分でも理解しているかどうか危うい。

だから基本的に友達にも陽菜にもそう伝えていた。

マンションの一室。狭い部屋の中で電気はつけていない。クーラーは普段からつけない。

極度の寒がりの自分は、窓を開けているだけで十分だ。


11時。家だけじゃなくマンション中が寝静まった頃、そっと外に出る。

リビングでは大学生の兄貴がテレビをつけたまま眠っていた。

テレビの中では通販番組が鮫の軟骨を売っていた。

自分の部屋が嫌いだ。

少しの物音も外に漏れるこの家の中にいるのは好きじゃない。

中2の頃から履いているスニーカーを履いてドアを開け、階段を降りて空を見上げる。

あいかわらず曇りだ。

この地域の気候というのか、夏になると曇りが多くなる。

西側にそびえる山脈のせいらしい。

おかげで日中の気温はそこまであがらないものの、湿気は数倍ひどい。

もっともここで暮らすのに慣れれば大した事はない。

ただこの街以外の街に出たらどんな感じなのかは少し気になる。


オレンジ色と暗闇が照らす中を歩く。

30メートルくらい離れたところで誰かが手を振っているのが見えた。

「おーい、西丸」

しばらく顔を見てやっと思い出した。浦辺だ。

浦辺は2個上の先輩で、今は大学生だ。

部活では一年しか過ごしてない上に、しばらくすると受験で部活には来なくなった為にそこまで付き合いもないが、なぜか親しく話しかけてくる。自分の背が小さくて細身で性格が暗いからなにかと絡みやすいのだろう。

「何してんすか」

「いや、今日花火大会が宮古河の方であってさ、その後みんなでずっと遊んでたんだよね。お前も来る?」

「いや、用事あるんで」

浦辺の電子タバコが暖かな光を灯していた。

「なんだよ。お前最近部活も学校も来てないんだろ?」

「はぁ。まぁ」

「まぁダルいのも分かるけどさ。お前もとっとと大学来いよ。楽しいぞー」

「そうなんですね」

迷惑そうに返事をしたにもかかわらず、浦辺は40分間ノンストップでしゃべり続けた。


浦辺と分かれて僕はいつもの場所に来ていた。

今日も先客がいた事が分かった。

近所からこっそり持ってきた電源から電気をもらった小さいライト、段ボールと古新聞でできた座席の上に、その人は来ていた。

「や」

たまに来る何をしているか分からないその20代女性に僕はおねーさんと名前をつけた。おねえさんでもお姉さんでもなく、発音はおねーさんだ。

「しかしあんたも飽きないねー。自分ちがやだからってこの時代コンビニでもファミレスでも漫画喫茶でもあるだろうに」

「条例がありますからね」

そうだったそうだったと言い、持っている本に戻った。


おねーさんと出会ったのは10日前の7月最後の週だった。

駅前でうずくまっていると、目の前にスウェットの両足が見えた。

いつまでうずくまっているの?と聞いてきた。ずっと前から一人でじっとしていたのを見ていたらしい。

あと42億8千万年です、というとおねーさんは笑い、カラオケへ連れて行こうとしたが、身分を証明できるものが何もなかった為あきらめた。

あまりにがっかりしていたので僕は招待したというわけだ。


「高1にもなって秘密基地ごっこかー」

「その場所を借りてるんだからごちゃごちゃ言わないで下さい」

僕たちは黙ってそれぞれの文章に目を向ける。僕はノートに。おねーさんは本に。

「夜遅くまで遊んで連れ去られても知らないよ?」

「不審者にですか?」

「ううん。おばけに」

「霊感ないんで」

「私が狼女かもね」

「ビッグフットかも」

「あんたは一寸法師だけどね」

「ジャンルが違いますよ」

本を閉じる音がする。

「でも本当に気をつけな。小さい女の子が行方不明にあってまだ見つかってない。何するかわかんないやつがいるんだから」

汗がおでこを伝う。

「まだ攫われたとは限りませんよ」

「いや、絶対そうだね」

蒸れた夜の空気を一瞬、夜の風がかき消した。

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