『奇妙な出会い』
突如として聞えてきた女性の声に俺は、声の出所を探す。
今いるフロアから、かなり奥の方から聞こえてきた。
アニメ雑誌が置いてある書棚から通路に出た俺は、フロアの奥に向かってそっと歩いていく。
再び声が聞こえてきた俺は、咄嗟に近くの書棚に体を入れ、奥の方を覗き見る。
通路を隔てて対角線にある書棚。そこには、男二人、その奥におそらく女性が一人、壁際にいる。
『あやつら、何をしておるのじゃ?』
二人組の一人は、如何にも細身で金髪のホスト風のスーツを着た男で、もう一人は剃りこみを入れた頭にタンクトップという、如何にもヤンキーな男たちだった。
『太陽、あれはなんじゃ。仲良く会話してるようには見えぬが』
俺は通路を音を立てないようにそっと歩き、会話が聞こえるように彼らの書棚の裏側に行く。
すると会話が聞こえてきた。
「おいおい、そんなに怒る必要ねえだろ」
「そうそう。お姉さんめっちゃ美人だからさ、誘ってるだけって」
「それがうざいって言ってんのよ! 」
女性の心底いらついたような声が聞こえ、俺はその声にどこかで聞いたことがあるような感覚を覚える。
本と本の隙間から覗き込むと、女性の姿が見える。
すらっとした綺麗な女性というのが第一印象。
デニムのジーンズが細身の脚にマッチし、上半身にはへそ出しのTシャツを着ている。Tシャツの全面の文字が大きく膨らみ、胸がこれでもかと強調されている。
頭には後ろ向きにしたキャップを被り、サングラスを付けているが、ハリウッド女優みたいにスタイルが半端ない。
「こんなところより、もっと楽しいところ行こうぜ。せっかくだからよ」
雑誌を見ていたその女性に対して、二人組の男がナンパを仕掛けたようだが、明らかに女の人が鬱陶しがっている。
男たちは、そんな女の様子を無視して、なおも声をかけ続ける。
『なんじゃあの者らは! 嫌がっているのがわからんのか!』
ヒル子が憤る。
俺は周囲を見るも、フロアの奥にあるからか誰にも気づかれない死角となっていて、不運にも店員が見当たらない。
普段ならいるはずの店員は、バックヤードにでもいるのか。それとも夜の時間だから店員が少ないのか、おそらくその両方。
男たちは今のところ声をかけているだけでとどまっているが……。
「お姉さん一人でしょ? ならちょっとぐらい付き合ってくれてもいいじゃん」
「しつこいわよ。いいからどっか行きなさい! 」
嫌がる女性に向かって、尚も二人組の男は近づき、女性は後ずさるも壁に追い詰められている。
くそ、これ以上見てられっかよ!
『太陽! 』
「わかってる! 」
俺は素早く書棚の裏から飛び出すと、男二人組と女性の間に立ちふさがる。
突然現れた俺にびっくりしたのか、男たちは後ずさる。
「あんた達、何やってんだよ! 」
俺が叫ぶと、
「なんだよ、お前。 急にしゃしゃりでてきやがって」
とタンクトップの男が凄む。
くそ、飛び出したはいいものの、ここからどうしたらいいのか。
左腕のイマジナイトを見るも、全く反応しない。
当たり前か。人間相手にあの騎士の力は使えねえし、使うわけにはいかねえ。
どうすれば、こいつらを穏便に退かせることができるか。
どうしたものかと考えていると、不意に後ろにいた女性が咄嗟にこちらに駆け寄ると、俺の腕に縋りつく。
「もうっ! どこ行ってたのよ、ダーリン!! 」
「えっ」
「「はっ? 」」
予想外の行動に、俺と二人組の男も固まる。
どう対応していいか困り
「ダーリンって……初対、痛ってえ⁉」
混乱し、初対面と言いかけた俺はわき腹に痛みを感じる。
「いいから、合わせなさい」
と女性は俺の耳元でささやく。
それでその女性の意図を察した俺は
「悪い悪い。ちょっと、ダチと用があってさ」
と答える。
「なら言ってよー。探したんだからぁ! 」
女性が甘えたような感じでしなだれかかり、その女性の腕、胸が俺の腕にくっつくと、あまりのやわらかさに意識が一瞬飛ぶ。
人生で初めて、脳髄が溶けそうになる程の感覚を味わう。
二人組の男が訝しげにこちらを見ている。
俺は何とか意識を取り戻し、演技を続ける。
「あいつら、誰だよ? 」
「知らないわよ! 本当にしっっっつこいの。ダーリン追っ払ってよ! 」
その女の子は俺の肩の後ろに移動する。
「俺の女に何か用でもあんのか?」
俺は目の前の二人組に対し、腕組みをしながら睨みつける。
二人組は顔を見合わせ、タンクトップの男は目つきが鋭くなるが、俺は視線に力を込め、負けじと睨み返す。
俺と二人組の間で火花が散るくらい睨みあい、それが十秒くらい経ったその時、
「お客さん、何かありましたか? 」
とモップを手にしたエプロン姿の眠そうな顔をした男の店員がやってくる。
急に現れた店員の気の抜けた声に、その場の緊張感が解けていく。
「なんもねえよ」
とタンクトップの男が言うと、男二人組は舌打ちをしっつ踵を返して、去っていった。
店員さんも不思議そうに俺たちを見ると、モップを持ってそのままどっかに行ってしまう。
俺は男たちが階段を降り、店の出入り口から出ていくのを上から確認してようやく息をつくと、
「ねえ」
「うわっ」
耳元に甘い吐息と同時に話しかけられて、俺は飛び上がる。
「びっくりしすぎでしょ」
息を吐き呼吸を整えた俺は目の前の女性を改めて見る。
身長は俺より若干低いくらいで女性にしてはかなり高い。目線はあんまり変わらない。そして目のやり場に非常に困る臍出しのTシャツ。
「助かったわ。まあ、私も無策ってわけでもなかったけど」
その女性は肩からかけているハンドバッグの中から手のひらに収まるくらいの筒状のものを取り出す。
「それって何すか? 」
「えっ? 催涙スプレー」
知らない?と言って女性は見せてくる。普通の口紅にしか見えない。
「一応常に持ちあるいてんのよ。最悪これをあいつらの眼にぶちまいてやろうかと思ったけど、あなたが来てくれたから、無駄なことせずにすんだわ。」
目の前の女性は涼し気に、可笑しそうに笑う。
「そ、そっすか……」
とてつもない美人だが、なんだかおっかないオーラを感じた俺は後ずさりをしつつ
「それじゃ、俺はこれで……」
と言って後ろを向き立ち去ろうとすると
「ちょっと待ちなさい」
とシャツの襟首を掴まれ、首が締まる。
咳き込みながら、
「っつ、なんなんすか⁈ 」
と言うと、
「なに? さっき怖い目に遭って、震えているかよわい美女を一人で置いていくつもり? 」
「いや、だって……もう大丈夫かなと思って」
と言うと、女性はくすくす笑い、サングラスの奥に光が宿る。
「奢ってあげるから、ちょっと私に付き合いなさい」
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