スキル「緊急回避」で無敵スローライフ

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　全長50～60m程の大きな帆船が停泊している。北東の島国、イロハ国へと行く船だ。観光専用の船ではなく貿易品運搬も兼ねているらしい。とはいえ一般客も20～30人ほど乗船しており、客船としての機能も充分らしい。こういうのはガレオン船って言ったっけ？　キャラック船？

　俺ら五人を乗せて船は遅延なく出港した。二艘の護衛用と思われる全長20m程の船も付いてくる。イロハ国までの距離は片道三日程、慣れない船旅で心配だったが、何度か船旅をしているらしいネメシス曰くこの辺の海は時化も少なく、客室にいる分には魔法による船酔い防止のバランサーが働くようだ。確かに平地にいるが如く揺れず安定感がある。

　「たくさんのおさかなさんたちが、おふねについてくるよ～♪　あ、あっちではおやまみたいなおっきいおさかなさん……かな？」

　「イルカとクジラっていうらしいわよ♪　あっほら、お山が水を吹き上げたわっ♪　凄いわねっ♪」

　アテナとルナちゃんは他の観客と共に、船に並走してくる海豚や大きな鯨を見て大はしゃぎだ。アルテミス(少女　＆　狼)は船室の方でネメシスと一緒に気持ちよさそうに日向ぼっこしている。

　俺は他の客もちらほらといる甲板上でぼんやり水平線を見ていたが……。

　線が細い一人の少女が海豚や鯨の競演に目もくれず、船の進行方向をじっと見ていた。

　切り揃えていない栗色のショートヘアーに度の強そうな橙色のフレームの眼鏡をかけ、白のブラウスに黒色のマントを羽織り、白地に黒色の長いリボンをあしらった帽子を被っている。

　膝上の、マントと同じデザインのスカートから覗くのは黒いハイソックス。絶対領域が艶かしい。一見地味だが靴だけは眼鏡と合わせたのかオレンジの可愛らしい靴だ。

　アテナ達の手前声をかけるのは憚られたが、俺はどこか儚げな印象の少女が気になっていた。

　「あのお嬢様……いくら比較的安心な航路とはいえ、一人旅かしら？　気になりますわね」

　「全くだな……ってうおっ！」

　いつの間にか俺の横に来ていたネメシスの呟きに吃驚する。

　「アテナ様と同じくらいに見えますが、乗船前からずっと一人でしたわ。一人旅など余程の熟練冒険者でも簡単ではございませんのに……」

　「……ネメシスならどうなんだ？　無論実際にさせる訳じゃなく、思想実験として聞かせて欲しい」

　「そうですわね……充分な資金がないと仮定したら難しいですわ。比較的安全度の高い道沿いを歩き、それでも襲い来るモンスターの対処をし、食事も、安全な水の確保も、傷の手当ても、背後から放たれる盗賊の弓矢等の対処も……最低限就寝時保つ程度のウィンドウォールを唱えられないと……魔法で雇用契約した護衛を雇う方が効率的ですわ」

　つまりはあの少女は、その条件を備えたそこそこの魔法使いなのだろうか？　服装も、ネメシスの様な魔法使いというよりは前世での女子校……。

　その時、一陣の風が吹く。

　「あっ」

　短い声を上げた少女の方を見ると……帽子がふわり、飛ばされて……海の方へ……。

　俺は無意識に、飛ばされた帽子に向かいジャンプしていた。

　フライの魔法を使いふわりと3ｍ程浮かんだ身体で、それが海に落ちる前に手を伸ばし掴む。

　俺はその場で無重力空間の宇宙飛行士の様にくるりと一回転し、彼女の前へ降り立つ。

　「ふぅ……」

　無事確保した帽子を少女に手渡し、

　「日焼けが気になるかもだがこんな洋上で被るのは危険だよ、お嬢さん♪」

　「あ……ありがとう……ございます……」

　少女はイメージ通りの可愛くも、消え入りそうな声で礼を言ってくれる。

　アテナやアルテミス、ネメシス、ルナちゃんの美少女4人に囲まれているので麻痺しそうになっているが、相当可愛い娘だ。

　大きな眼鏡がその小顔とくりんとした垂れ目気味の瞳にぴょこんと乗っかって大変キュートだ。

　眼鏡っ子といえば委員長といった堅苦しい役職を思い出してしまうが、それよりも図書委員とか文学少女、ってイメージかな？

　年齢も身長も体型も、アテナと同じくらいかな？　お胸も慎ましげで……ﾊｱﾊｱ♪

　「あらあら、わたくしという婚約者の前でナンパですか？　妬けちゃいますわね♪」

　ネメシスが俺の後ろからひょこりと顔を出す。

　「四人目となると予算の見直しが必要ですわね……新居の拡張も検討せねば……」

　「せんでいい！」相変わらず暴走するネメシスに突っ込む。話しかけただけで嫁が増えたら今頃は俺の嫁帝国が樹立されるだろう。　

　「冗談ですわ。初めまして、お嬢様♪　わたくしの名前はネメシス、しがない旅の魔法使いですわ。こちらは婚約者のアヤカート、銀級狩人です。お嬢様は高位の魔術師とお見受け致しますが……洋上の風は気紛れ、紐を付けるなり、スカーフを捲くなりされた方がよろしくてよ♪」

　ネメシスがそういってローブの端を上げ、貴族風の挨拶をする。それにつられぴょこんとお辞儀をする少女と俺。

　「ご、ご助言ありがとうございます……わたしの名前は……う、ウェンティといいます……」

　少女はお辞儀の体勢のまま縮こまって、上目使いでこちらをちらちらと見てくる。ネメシスの堂々とした自己紹介に臆してる感じだ。

　「あ、後……魔法使いではないです……えっと、プリースト？　見習いをして……まだそんなに……奇跡は使えないですが……」

　「そうなのか？　見た所一人旅の様だし、我が婚約者の見立てでは相当の魔術師と思われたのだが……」

　目の前にプリーストの知識が出てくる。ロールプレイングゲームの僧侶と同じで神に仕える神官であり、聖属性の魔法が使え、怪我の治癒やアンデッド・モンスターを塵に還すディスペル、解毒魔法を覚えるらしい。

　メイスを用いての直接戦闘は戦士以下で、少女の言葉を信じるのならまだ低レベルの様だ。見た目もか弱くとても一人で冒険に出れる様には見えない。

　「ウェンティ様は何故イロハの国へ？　ウィス国と同様に平和な国ですが、それでもプリーストの貴方がお一人で向かうには危険ですわよ。現地で雇うにもそれなりのお金がかかるでしょうし」ネメシスの問いかけに

　「……ど、どうしても……行かなきゃいけない用事が……ありまして……」

　「嗚呼、わたくし達と話すのに敬語等は不要ですわ」

　「え……う、うん、ど、どうしても行かないと……危険かも……しれないけど……」

　どう見ても訳ありである……とはいえ、初対面の彼女にこれ以上の詮索は野暮だ。

　「まあ、ここで出会ったのも何かの縁だ。何か困った事があれば言って欲しい。とりあえずイロハの国に着くまで、俺の婚約者たち共々宜しく頼む」

　「え？　こ、婚約者……達？」

　そういって彼女は俺が指さす方向を見る。まだ海を見ているアテナとルナちゃんがいる。

　「短髪黒髪の少女が我が婚約者の一人、アテナで、その横の子は彼女の妹、ルナだ。客室の方にもう一人、アルテミスという銀髪の婚約者もいる。婚前旅行でイロハの国に向かう所だ」

　「は、はぁ……おめでとうございます」

　彼女は面食らったような表情を浮かべる。確かにいくら三人までパートナーを持てるとはいえ、実際は珍しいらしいからな。

　「こ、困った時にはお願いし……お願いするよ……で、ではまた……」

　「では、この辺で……また後で」