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「こ、これは……一体……あ、貴方っ!顔の色が……熱も引いて……」
「うむ、無事呪いの封印作業も終わった様じゃな。容体が進行していたので体力の回復まで数日間の安静が必要じゃが、ほどなく目も覚めよう」
辺境伯の夫は落ち着いたかのようにすうすうと寝息を立てている。その様子を見てネメシスも縋りついてしくしくと泣いている。
「あ、ありがたい……どこの者かは知らないが辺境伯として最大の感謝を……」
「ワシは過去に貴様の祖先と縁があっただけで、偶々この呪いによる病気の解呪法を知っていただけじゃ。まだ再発の危険もあるし他の親族にも発現するやもしれぬ。後で詳しく教えるが今度は失伝するなよ?」
「森の賢者殿、ありがとうございます……そこな少女も、光魔法か?解呪をしていただきありがたい……」
「わ、私はネメシ……辺境伯息女様と、アルテ……森の賢者様の意向に沿っただけで……まだ一つも光魔法を唱えられないただの村娘で……その……恐れ多いです……」
「……そうか、貴公らがネメシスが言っていた……フルーツ村でお世話になっているという者達か……」
……流石に母親にまで、婚約者だの妻だのとは言い触らしていないようだ。その辺は良心が働いたか。
「そして……どのような技能や術式かは知らぬが、そこで疲労困憊になっているエルフの青年が……ネメシスと貴公らを連れてきたみたいだな?」
実はアルテミスに襲われた時からフルーツ村までの移動でもそれなりの疲労感があったがその時は適度に休んでいたし、今回はほぼ休みなしで3倍以上もの長距離の移動、しかも3人を抱えたままだった。それでも数時間程度のジョギングをした程度だろうが、エルフの身体とはいえ元はそれなりの年齢だった。精神的に疲労していたらしい。
「え、ええ……この様な体たらくで失礼します……今回は……間に合ってよかったです……辺境伯とその伴侶様の……寝室に押しかけた事に対する罰は……いかようにでも……」
「そんな事は気にするな……貴公らは我が夫を助けてくれた……むしろ褒美を取らせねばなるまい……」
「そ、それは恐れ多いです……辺境伯殿の危機を助けるのは……領民として当然の責務でございますし……」
「私に対してその様な敬語は使わなくてよい……ネメシスにも敬語は使うな、と言われたであろう?」
「しかし……」
「しかしもかかしもない。貴公はエルフだろうし長命の森の賢者殿も見た目は少女だが私の方が年上という事もあるまい?……むしろこちらが敬語を使うべきですね」
「い、いえ、その辺は気にしなくてもいいで……気にするな。お互い喋りやすい口調にしようではないか」
「……そうか、感謝する。とりあえず貴公らの名前を……」
「アヤカート=オータスだ。この程度で感謝をされるいわれもない。親の危機に娘を連れてくる、というのも人間として……俺はエルフだが、当然の事だからな。俺達は帰還するので、しばらくは辺境伯殿の伴侶に付き添ってあげてくれ」
「ま、待ってくださいまし、せめて休息及び感謝の褒賞を……」ネメシスが言う。
「ネメシス、移動してる時に約束したよな?俺の目的はスローライフ……安寧な生活だと。申し訳ないがこの力は説明した通り、自分と家族の身を守るので精一杯の力だ。これ位以上深く関わる気はないよ」
「む……しかそれではこちらの気が済まぬ、辺境伯の伴侶の命を助けたという者を手ぶらで返してしまっては……」ネメシスの母も食い下がるが
「本当に気にするな……でもそうだな、ならば聞いているかもしれんが、こちらの森の賢者殿は今故あってスレイの街の奴隷市場から借り受けている身だ。本来は10年程の借金が残ってるが、それを援助してくれないか?」
「お、おい……いいのか?」思ってもいなかっただろう提案にアルテミスが狼狽(文字通り)する。
「判りました。すぐ手配いたします」
「ありがたい。何せそこの彼女・アテナと婚約中でな。結婚前に借金があるというのも将来の夫として避けたい所だったのでな」
俺がアテナの方を見て言うと、カーッと真っ赤になる。可愛い。
「勿論これにて国との関係を断つ訳ではない。とある物を欲しているのでな、それを見つける事は遠回しに国の危機を解消する事になるかもしれない、と言っておこう。辺境伯殿……太陽の結晶、という物に聞き覚えはないかな?」
ネメシスははっとする。自分からは聞き難かったらしいし、代わりに俺が聞くのなら問題あるまい?
「……申し訳ない、名前は聞いた事はあるが我が辺境伯家にはない。だが昔、この国・ウィスの国王が所持をしていると、義祖母に聞いた事があるような」
「そうか、ネメシス経由でも構わない、その話を詳しく教えてくれ……無論強引に奪う等考えておらず、話だけでいい」
「判った……まだ今回の件についての褒賞には全然足りぬが……とりあえず部屋を用意させよう、せめて一晩だけでも、休んでいって欲しい。
フルーツ村から数時間でこちらに移動出来るその技能も興味深いが、アヤカート殿は大袈裟にしたくないようだな……それもこの場にいる者だけの秘密、としよう」
「……助かる。実は既にいっぱいいっぱいでな……使用人の部屋の一角でいいから……休ませて……」
「あ、アヤカート様!」「アヤカート!」「お、おい……」
ネメシス・アテナ・アルテミスが叫ぶ声を聴きつつ、自分は気絶するように寝入ってしまった……。
……
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