第49話 死神始動

 山元は麻酔薬を嗅がされ眠りについた時、可笑しな夢を見ていた。そこには死神が居て何かを呟いている場面だった。

 山元が目覚めたのは湖が近くにある深夜のキャンプ場だった。目覚めた山元には威勢のよい詭弁を吐き出す重要な選挙地に思えていた。用意された形ばかりのマイクを握りしめ山元は悠然と熱弁を張り上げながら歩き始めた。山元には日中に思えていた。静まり返った深夜のキャンプ場に場違いの大声は響き渡っていた。キャンプ場を訪れていた客たちの多くが目を覚ましたが奇声だが「不遇を見逃さない社会を」とか「弱者に希望を」など政治的要素が含まれた内容に遠目で確認する程度だった。五分ほど聞こえていたのかそれ以後は元の静寂をキャンプ場は取り戻していた。

 山元の目に自分を支持する者が多く映っていた。熱心な支持者が多数握手を求めてきた。それに応えようと急ぎ足で近づいた。

 「あっ」「わっ」「ドボーン」。実は山元は湖岸のギリギリを歩かされており、足を踏み外し、湖に落ちた。


ゲル「海斗見ろよ、死神手帳に文字が浮かび上がってきたぞ」

海斗「えっ」


 炙り出された頁にはこう書かれていた。


 『平成腐敗組の代表の山元与多郎は、〇月〇日深夜、富士河口湖町にある人気のキャンプ場近くを遊説中に足を踏み外し、湖に頭からダイブし水没。頭から落ちた山元は湖中にある流木のYの字の枝に首が挟まれ、藻掻きながら溺死する。逆立ちしたように足の一部だけを湖面に出して。翌朝、日の出を見に来た者に発見される』


 海斗が死神手帳の文字を確認した翌朝、河口湖で男性の溺死体が発見された。警察は事故と事件の両面で捜査をするとのニュース速報が流れた。そこにはキャンプ場で起きた可笑しな様子が取材で明らかになった。深夜、選挙演説する男が現れた。その男は幾度も周りを見渡し頭を下げながら遊説しながら歩いていた、と


記者「遊説していたという男性の様子はどうでしたか」

客A 「あの話し方、声に聞き覚えがあるんだが…」

客B 「私も…。あっ平成腐敗組の山元与多郎だ」

客A 「そうそう、聞き覚えがあると思っていたんだ」

客B 「叫んでいた内容もそうだよな」

記者「えっ」

客AB 「間違いない」


 警察発表も同じだった。療養中と言われ実は消息不明だった山元だと関係者の確認を取っていた。公表はされていないが首筋の黒子も決め手になっていた。

 山元が体験していた幻聴・幻視・幻影・幻覚は死神による半側空間無視と意図を含む認知行動メカニズム(トップダウン調整、モダリティもしくは領域特有の注意の調整、ボトムアップ調整)の関係を操った催眠術のようなものだった。本来、死神は自らが死を演出しない。今回は閻魔大王の怒りから魂界の協力を得て行ったものだった。


ゲル「閻魔大王の本気度が半端ないなぁ」

海斗「私のやりたいこと、いや、出来ると思ったことをやるなんて狡い気がする」

ゲル「ちーせいなぁ。まぁ、気を落とすな。魂界との関りはお前がいたから叶った訳

   だ。それに冥府魔道を彷徨うのはいやだろ。結果オーライだ。魔王のお前への

   情けとして受け取ればいいじゃないか」

海斗「そうだな」

ゲル「自棄に素直じゃないか、変なことを考えるなよ。厄介ごとに俺を巻き込むな

   よ。俺にはお前を助ける道理はないからな」

海斗「お前に情など期待していないから安心しろ」

ゲル「俺も見下げられたものだなぁ、人間に慰められるとは」

ギル「それは言い過ぎだ」

海斗「いいんだ。憎まれっ子世に憚るって言うじゃないか」

ゲル「俺は憎まれるようなことはしてないぜ。寧ろ憎まれた奴を懲らしめる側だとお

   もっているんだがなぁ」

海斗「売り言葉に買い言葉だ、気にするな」


 ゲルは納得はしていないが不毛の言い合いは面倒くさく避けたかったのでごくりと怒りを飲み込んだ。


ギル「ゲル気を付けろ。人間と関わり感情が影響してるぞ」

ゲル「本当だ。ありがとな。で、次のターゲットは変更ないのか」

海斗「死神手帳が動き出したのならさっさとあの島に送りこんでやる」

ゲル「そう来なくちゃ、面白くなってきたじゃないか」

海斗「ああ」


 海斗は愛読していた主人公の意志で制裁という名の粛清の筋書きと自分の置かれた立場の違いに納得のいかない鬱憤が募っていた。さらに海斗の苛立ちを逆なでする事態が起こった。


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