第2話 苦難の始まり

瞼を空けると、そこは平原だった。

おまけに、マールが不安げに顔を覗いていた。

「アレグリア!良かったよ~成功して!」

「マール、よく合図サインを覚えていましたね。」

「えへへっ、アレグリアこそ覚えてたんだね〜!」

マールに昔、こんな話をされたのだ。

「アレグリア、なんかさ~エスパーみたいになんか…電磁波みたいなの飛ばせないの〜?」

このマールの言葉から発想を得て、

アレグリアとマールだけに通じる

秘密のメッセージを飛ばせるようにしたのだ。

勿論、とても簡単なものしか出来ないため、

電磁波の種類によって、予め意味を決めていたのだ。

例えば先程送った電磁波は、

「助けて欲しい」という電磁波だったのだ。

お互いに数日掛けて、何度も試した甲斐はあった。

その練習の時、何度も電磁波を送られたマールが

ピンピンしているのには驚いたものだ。

「さて、偉大なるアレグリア様。これからどうする?」

「無論、ブリムオン国に戻り事の真偽を確かめたいのですがその前にマール、ここはどこですか?」

「ああぁぁ。うんうん、気になるよね。」

彼女は狼狽し、目を逸らす。

「ええとね、うんうん。……どこだと思う?」

「……ブリムオン国から遠く遠く離れた場所。」

「流石アレグリアだね……。あのね、アレグリアさっき、凄い雷出してたでしょ?」

先程、兵士達を脅すために出した雷のことだろう。

少しでも隙が出来ればという希薄な望みからの

見た目重視の雷だったのだが――

「あれを見てもう予め転移魔法の準備をしててね、そのぉ、これはヤバい!って思ってエスアルトをすっっごい溜めてて……。」

「それで、いつも以上の遠いところへ飛ばされてしまった、ということですか?」

「うん、凄い夢中だったから…。」

アレグリアは大きく息を吸い、吐き出す。

「ここからブリムオン国まで、距離は?」

「数千キロメートル」

声は露骨に小さくなっており、聞き取りにくい。

「今、なんて言いました?」

「数千キロメートル」

アレグリアはもう一度大きく息を吸い、吐き出す。

このミスをしたのがマールで良かったと思った。

長年の友でなければ、黒焦げにしていたかもしれない。

具体的に言ってはいないがそれどころではない距離だ。

いや、待て。

「マール、ではすぐにブリムオン国周辺に戻る準備をしましょう。貴方の転移魔法で戻れるでしょう。」

「えへへ…」

「えへへ?」

マールは頬骨をかいている。

「あのね、転移魔法はそんなにポンポン使えなくて、使えたとしても数百メートル程度なんだよね…。」

「――具体的には、また転移魔法を使えるようにするには、どれくらい休養が必要ですか?」

「数日、かな……」

「ふぅぅ、そうですか。」

アレグリアは思わず天を見上げる。綺麗な青空だった。

「そっ、そういえばアレグリア、今の私達だけでなんとかなる?ブリムオン国の奴らと戦わなきゃかもじゃん?仲間とか集めた方がいいかもじゃん!だから、転移魔法は使わなくても、大丈夫じゃない?徒歩なら良い仲間と出会えるかもよ!?」

マールは手をあっちこっちに動かしている。

「それなら、ブリムオン国への方角はどちらですか?」

「あっちです!」

マールは身体の向きを変え、腕をあげる。

アレグリアは新鮮な空気を吸った。そもそも、

アレグリアは助けて貰った立場なのだ。

四の五の言わず、最善の行動を尽くそう。

「それなら早速、ブリムオン国へ向かいましょう。」

私は歩みを進める。

「ひとまず、今日の寝床を探さなければいけません。」

「わかりました~!最初の町でも見つけましょう~!」

マールは先程とは打って変わってけろりとしている。

「罪悪感はもうないんですね。」

「アレグリアは優しいから許してくれるもん。」

少し小っ恥ずかしいので、反応はしない。


草原の中でしばらく歩いていると、

遠くに建造物が見えた。

しかし、それは家屋や教会というわけでもなかった。

灰色の壁だ。

アレグリアが立っているところからは

壁が際限なくアーチを描くように続いている。

だが恐らく、円形に壁がそそり立っているだろう。

壁は高く、入口は見当たらない。

「マール、この壁は何でしょう?」

「さぁ。中は都市並の大きさじゃないだろうけどなぁ。」

辺鄙へんぴな村程度の大きさでしょうね。」

「そんな村に、こんなでっかい壁。おかしな話だね。

中の大きさの規模に似つかわしくないね。」

アレグリア達は壁の傍に到着した。

上を見上げると、一瞬、壁は天まで届きそうに見えた。

だが、実際はそれ程高くないだろう。

「マール、入口を探してみるために、壁沿いに歩いてみましょう。」

「おっけ〜、じゃあ私右側から行くね~。アレグリアは左側お願い!」

マールはそう言うと早速、アレグリアとは

反対側に壁沿いで駆け出していった。

「入口らしきものをみつけたら、そこで待機することにしましょう!それまではお互いが会うまで歩いておきましょう!」

走りゆく背中に、声をかける。

「は〜い」と言いながら、

マールはこちらを向かずに腕をあげた。

アレグリアも壁沿いに歩き始めた。

壁には傷一つなく、老朽化している様子もない。

どこまで歩いても同じ様な壁だったので、

自分が進めているのか少し不安になる。

壁のみをじっと見つめることをやめ、

周りの景色にも目を向けて歩いてみることにした。

遠くまでだだっ広い野原が広がっており、

西の方角に少し森がある程度であった。

壁も外も、同じ様な景色であった。

アレグリアは諦めて壁に注意を向けて、歩き続ける。


暫くすると、マールと鉢合わせた。

「マール、入口はなかったんですか?」

「アレグリアこそ、なぁんにもなかったの?」

どうやらこの壁には、入口はないらしい。

「そもそも、壁の中に村があるかも〜みたいな話そのものがおかしかったんだよ。ここが王国なんてのも聞いたことないし、人の気配なんてしないよ。」

「私はこの壁の中に人がいると思います。そうでもなければ、この壁が存在する理由が分かりません。」

「なら怪しい宗教団体のアジトとかじゃない?」

「そうだとしても、人がいます。」

「こんな壁の中にいる奴なんて、ろくな奴じゃないに決まってるよ。アレグリア、ここは無視して他の寝床になりそうなところを探してみない?」

アレグリアは逡巡しゅんじゅんした。

寝床にするのだとして、こんなところは不向きだろう。

マールの言う通り、アレグリア自身も

この壁の中はきな臭く感じるのだ。

だが、中が少し気になるというのも事実であった。

この中にいる人達には、何があったのだろう。

外界と遮断する理由が、どうしても知りたかった。

何故なら、何かトラブルがあったかもしれないからだ。


アレグリア達が在籍するブリムオン国は、

以前までは他国と友好な関係を築いていた。

騎士団や兵士こそいるものの、

自衛のための争いしか行わず、

貧困国への支援も欠かさなかった。

ネグロ王も人柄が良かったのだ。

そんな人助けや、活気盛んで優しい人が溢れる

ブリムオン国がアレグリアは昔から大好きだった。

そんな信念を持っていたからこそ、

アレグリアは騎士団を志したのだ。

が、あの有り様だった。

騎士団入団当初は、アレグリアが夢見ていた

騎士団生活や、任務と何ら変わりはなかった。

だがそれが少しずつ今のように変わっていったのだ。

突然王がおかしくなってしまった

ブリムオン国をアレグリアは憂いていた。

上層部が腐ってしまえば、

それは下層部にも影響が出る。

アレグリアは、自身とマール以外に仕事熱心な、

自己犠牲の精神を持つ者をいくつか知っている。

その人達も、既に理不尽な目に合っているだろう。

こんなところで道草を食う暇はない。

しかし――


「マール、騎士団の掟は覚えていますか?」

「もうアレグリアったら、言わなくてもわかるよ。ちょ〜っと困ってたり、何かあった人がいると絶対ほっとかないもんね。」

やはり長年共にしただけはあるとアレグリアは感じた。

「身体強化で壁の上に行きましょう。」

「上から侵入だね〜、おっけ〜!」

マールが杖を振ると、アレグリア達の足元に

魔法陣が浮かび上がり、動き出す。濃い青色だった。

「アレグリア、よくお節介って言われない?」

「もう言われ慣れました。」

騎士団になったアレグリアは、

どんな危険なトラブルにも突っ込み、解決させ、

住民の幸せをいつも掴もうとしていた。

そのお陰か、気付けば騎士団長になっていた。

そんなアレグリアの幼少期の夢は、

ブリムオン国民に安寧な幸せを捧げる。だった。

だがそれはいつしか、

全人類に安寧な幸せを捧げる。に変わっていた。

「よし!アレグリア、準備おっけい!ジャンプであの壁の上に乗れるよ!」

「ではいきましょう。」

アレグリアは謎を突き止めるために、高く高く跳んだ。

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