ポッシュなソフィー
“You know,”
黙々とスマホをいじりつつ食していた一同を見渡すようにしてソフィーが切り出す。
「みんなが常にスマホいじってるのは現代の問題だと思わない?」
「まあ、うん」
とフローリアント。ブロンドに緑がかった瞳、丸い頬に乗せられた眼鏡、眉毛をぴくりと動かしながら、ブリティッシュ・アクセントを綺麗にまとった英語でつらつらと話すソフィーには、ポッシュ(非庶民)というあだ名がついている。これは、まだ寮での生活も序盤の頃に彼女が語った“笑い話”が、
「一度友達を家に連れて行ったらすぐにメンタルの問題を見抜いたお母さんと友達でコンサルテーションが始まって、私は完全にほっとかれた挙句ソフィー、どうしてこの部屋から出ていかないの、プライベートの話だよ、って言われる始末だったんだから」
「べつの時はあの子薬物やってる? って聞かれていや、全然、って答えたけどのちのちジャンキーだったことが判明したりとか」
「うちのお母さんはスイスの精神科医のトップだから、スイスでは絶対精神科には行かない、まじで、全部筒抜けになるし」
「けど有名な親を持つのもcoolな時はあるの、名乗った時にその名字は〜家の人? って聞かれたりとかするし、」
「ノーベル賞取った人の会食がうちで開かれることもあるから」
「マジで、そういう人達の会話は本当に興味深いし、けどソフィー、最近どう? って言う時のみんなの見つめ方が完全になんらかの心理を見抜こうとする感じだからそれはやめてほしいっていう」
といった内容だったことに端を発している。彼女自身は完全に笑い話だと思ってまくし立てているので、笑い話の身振りとトーンを備えながらも、あいにくそれが示す彼女の社会的ステイタスに一同は気を取られて、笑い話として了解する以前に口を半開きにして拝聴するほかない。そして本人はそれがいかに人並み外れた家庭環境を露わにしているかということに自覚が無いために、余計彼女とその他大勢の乖離が進んでいく。彼女が息をついたタイミングでシドが
“Posh”
と口を挟む。そこでやっと我に返った一同が、
「ノーベル賞?」
「スイスのトップ?」
と今しがた入り込んできた膨大な情報を処理し始める。ソフィー自体はポッシュ呼ばわりされるのが不服なのだけれど、避け得ない。
またある日は、
「みて、これ、クリスマスの装飾ウチに付けたみたいなの、これはメインの家じゃなくて離れだけど、」
から始まって、
「うちはハウスキーピングを雇ってるんだけど、」
「運転の教習に行ったら『ところでソフィー、君のお家はハウスキーパーを探していたりするのかな?』なんて聞かれてさあ……、って答えるしかないし、」
ここで彼女の家庭環境に明るくなってきた一同は楽しく合いの手を挟むようになってきて、
「ところでそれはいくらいただけるんですか?」
とマギーが聞く。
「月に〇〇ユーロと食事、住み込みで、教育への援助とかかな」
「あら、そういえば私子どもの面倒を見るのが大好きなんだよねえ、ドイツのどこかに行ったら仕事が見つかるかもしれない、もう大学やめて働こうかな? 弟いくつ?」
「7歳」
「あらら! 7歳って素晴らしいわ、私7歳の子のお世話するのが特に大好きなんだよね」
とドイツへの移住を検討し始める。
「でもほんとにいつもたくさん雇うから、こないだなんかソフィー、あなたの靴ジェシカにあげてもいい? って連絡が来てそもそもジェシカ誰? ってなるわけ、私が知らないうちに新しいひと雇ってるんだもん」
とソフィー。微妙に噛み合わないちぐはぐな会話と、全く得意げな空気は出さず、そうした茶々に純粋に返答するソフィーの賢そうな眼差しとで繰り広げられるコメディーも、食卓の良い肴になっている。
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