第16話 祭りは終わらない
宮本はバランスを崩し派手に石畳を転がる。
勢いが付きすぎていたのだろう。
右手の短刀がむなしく空を切り、恵は彼の手から遠ざかっていく。
力任せに振りまいた一刀の御水が恵を救う。
守護地区の人から桶を奪い取ると、御水を宮本に向かって勢いよく掛けたのである。
一刀は心配そうに駆け寄りながらも、その場で偽の宮本を取り押さえるつもりだった。
宮本は立ち上がろうとしていた。
一刀に向けられた眼差しは憎悪に満ちている。
彼は手にしていた短刀を一刀目掛けて投げつけた。
まだ持っていた桶で一刀は顔をガードする。
そこに短刀が突き刺さった。
沿道から悲鳴が上がる。
宮本は立ち上がると神輿を捨て、沿道の観衆の中に飛び込んでいく。
目の前にいた人を殴りつけ、さらに数人を薙ぎ払うと西へと逃走した。
一刀は追おうとしたが、阿鼻叫喚の中、倒れた人に阻まれ偽宮本を追うことはできなかった。
上空のドローンが宮本を追跡していた。
「このままキロウの本拠地まで案内してくれるといいでのですが」
ドローン担当が車外に出ている番場に声を掛ける。
「どうだろうな」ミニバイクを組み立てながら番場は答える。「奴の目的が分からん」
エンジンをスタートさせた番場はアクセルを全開にし、ミニバイクをウイリーさせながら走り出す。
『恵ちゃんが目的ではないんですか?』
「それだけではないかもしれないな。あれだけ人目に付くところで狙ってくるのもおかしい」
計画性があるようで、なかった。
「焦っているのか?」手口が荒くなっている。
『どうやら偽宮本は西に向かっているようです』
「了解。位置は確認した」
バイクに取り付けてある小さなモニターを見ながら番場は通信を送る。
「一機を残し、すべてのドローンを追跡に向けろ」
宮本は石灯篭のあったところから今度は北を目指す。
アジトに向かっているわけではなさそうだと番場は当たりをつける。
「何か仕掛けるつもりだ。追跡中のドローン一機を北に先行させろ」
『宮本もバイクに乗りました』
事前に準備していたのだろう。彼はそこから北上しバイパスに出るとみられた。
番場は規制が解除された翔月地区を全速で抜けようとしていた。
それが交通整理をしていた警官の目に留まる。
彼らはパトカーに飛び乗るとサイレンを鳴らし番場を追いかけ始めた。
『警察に緊急連絡を入れますか?』
状況をモニターしていた隊員が番場に問いかける。
「このまま彼らもつれていく。ただし、事情は県警を通して周囲の警官にも伝えるんだ」
サイレンを鳴らしたパトロールカーを引き連れ、番場のミニバイクはスピードを上げ高速で走り続ける。
ミニバイクとはいえ百キロ以上加速できる性能がある。
今度こそ逃がさない。
『隊長、大変です!』
「どうした?」
『奴が大型トラックに乗りこみました!』
トラックは十トンもある大型のものだった。
早朝から道端に止めてあり、目の前の事務所や隣接する商業施設から警察に苦情が入っていた。
ナンバーから持ち主を特定しようとしたが、警察の捜査から偽造である疑いが出ていた。
警察の対応が遅れていたところに、宮本が飛び込んでくる。
職務質問しようとする警察を拳で滅多打ちにし、宮本はトラックに乗り込んだ。
進路を北ではなく南に向けた。
『三行神社に突っ込む可能性があります』
「群衆を巻き込むつもりか? 石灯篭の前に非常線を張らせるんだ」
モニターしている隊員たちに戦慄が走る。
番場の言葉通り、大型トラックは信号を無視し速度を上げてく。
「コンテナに何か仕込んでいる可能性もある。サーチできるか?」
『やっています』
暴走トラックは交差点に進入してきた乗用車を蹴散らし走り続ける。
『爆発物ではありませんが、危険物質が積載されている可能性あり!』
「至急、平田さんに特殊消火車両を出すように要請!」
番場はパトカーを止めると警官を引きずり下ろし、一人で乗り込んだ。
スピードを上げ石灯篭へと突っ込んでいく。
そのまま勢いをつけ石灯篭をなぎ倒しパトカーとともにバリケードにする。
「ドローンをすべてトラックのフロントに突っ込ませろ!」
番場の指示でドローンが三機、トラックのフロントガラスに次々と体当たりしていく。最後の一機が、宮本に突撃した。
ハンドルを失ったトラックが倒れている石灯篭に激突。
石灯篭を引きずりながら十数メート進み、参道の中ほどで止まった。
祭の群衆の中から巻き込まれた人が出なかったのは奇跡だった。
トラックの暴走事故の状況が伝わってくると三行神社の中も騒然としてきた。
遠くにサイレンの音がして、恵も何が起きているのか気になった。
それでも儀式は整然と続いていく。
その年の大祭一番司に贈られる大剣が和住宮司によって恵に手渡される。
それで終了だと思っていた。
祖父や町内の人々と喜びを分かち合っていると、彼女は宮司に呼ばれたのである。
恵は真新しい装束に着替えさせられた。
拝殿に入り、宮司とともに招かれるように奥の本殿へと向かう。
父が一番司になった時は、こんな儀式はあっただろうか? 小さかったためよく覚えていない。
緊張した面持ちで和住宮司に続く。
「宇月さんの御活躍は素晴らしかった。御立派です」
宮司は頷きながら言う。その声には驚嘆が込められていた。
「あ、ありがとうございます」
自分でも驚きだった。確かに勝ちたいという気持ちは強かったが、初めの頃は完走出来ればいいとさえ思っていたくらいなのである。
父と同じように一番司になれた。それが一番嬉しかった。
「神託は正しかった」
「神託?」
「選ばれたあなたは勝ち取ったのです。自信を御持ちください」
「何にですか?」
言葉の意味を計りかねた。
しかし、その答えは返ってこない。
和住宮司は恵を招く。
「すべてはこの中にあります」
本殿の扉は閉じられている。その正面に恵は宮司に言われるまま立つと、その扉が自然に開いていく。
「どうぞ中へ」
宮司に促されると恵は本殿へと足を踏み入れる。
中は薄暗くろうそくの明かりしかない。
巫女が一人、一身に祈りを捧げている。
恵の背後では扉がゆっくりと閉じていくのが分かる。宮司は中に入ってこない。
どうしていいのか分からず、彼女は立ち尽くす。
祈りが終わったのか、祭壇の上にある三方を巫女は恭しく持ち上げる。
三方には一振りの剣が載っている。
鞘に収まっているが刃渡りは五十センチくらいで、形状は古代の儀式に使われた青銅の剣にも似ていた。
「一番司、宇月恵様」
静寂の中、厳かな声が耳に響く。
巫女は立ち上がり、恵の方に向き直るが、暗がりで顔がはっきりとしない。
口元があやしげに笑っているようにも見え、一瞬身構える。
巫女が近づくにつれ、なにかしら予感めいたものを感じ始める。
彼女の顔が見えたその時、戦慄が走る。
あの写真と瓜二つだ!
「大剣をあなたに」
巫女は微笑んだ。
差し出された三方の上の大剣を、恵は言われるがまま受け取る。
ずっしりとした重みがあった。
本物?
大祭の終わりに宮司から頂戴した木製の剣とは明らかに違う。
「これより三行の儀がとり行われます」
まるで声が頭の中に響いてくるようだった。
「数百年ぶりにとり行われる真の三行の儀、龍との邂逅はあなた次第です」
そのまま巫女は床に正座する。
胸元にあるお守り袋がほんのりと暖か味を帯びる。
一歩踏み出して、ようやく言葉が出てきた。
「……あ、あの……あなたは」
「私は彩」
「あや? ……もしかして……雲乃 彩さん……?」
「はい。今は雲乃姓を名乗っていますが、私もあなたと同じく、珠の継承者です」
「えっ、そ、それって……」
「破羅家の者として生まれました。今風に言いますれば、破羅彩と申します」
巫女はそう名乗り、床に付すように頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます