飛龍の刻
無海シロー
第1話 再会は突然に
「はなしてっ!」
突然、大気を切り裂くような悲鳴が聞こえてくる。
週末の昼下がり、朧一刀はその日、午前中で授業が終わり家に戻る前に立ち寄ったミリタリーショップから出たところだった。
通りから聞こえてくる女性の大声に一刀は痴話喧嘩でも起きているのかと思った。
声が聞こえてくる方へ顔を向けると、彼は驚いた。
「恵?」
知り合いもいいところだ。
宇月恵は幼少の頃から同じ道場に通い小学校も同じだった幼馴染だ。
彼女は二メートルはありそうな黒服の大男に手首をつかまれていた。
か細い腕が折れてしまうのではないかと思われるほどの力で、恵を路肩に停めてある黒塗りの車へと無理矢理引きずっていこうとしている。
痴話喧嘩どころではなかった。
騒ぎに気づき通行人が足を止め始める。
衆人環視の中、みるからにヤバそうな黒服の大男が黒ワゴン車に女の子を連れこもうとしていた。絵空事のような光景に、通行人は撮影か何かだと思ったものもいたようでスマホを取り出し撮影しながらカメラやスタッフを探す始末である。
多くの人は巻き込まれたくないのだろう。誰も止めに入らない。
恵は大男から逃れようと抵抗していたが、強引に引きずられ、なす術がないようにも見えた。
「ギャングか何かかよ」
一刀は舌打ちすると行動していた。
鞄から取り出したものを制服の内ポケットに無理やり突っ込んだ。
車の中に押し込まれる寸前、一刀は大男と恵の間に割ってはいる。
「嫌がっているだろうが!」
丸太のように太い男の腕に手刀を叩き込む。だが、その手は鋼のような筋肉にはじき返される。
「いい加減にしろ」
胸ポケットからエアガンを引っ張り出すと男の顔面に突きつけた。
虚を突かれたか、大男が動きを止める。
その一瞬の隙を逃さず恵は空いていた手で大男の顎を掌底で突き上げた。
相手は倒れこそしなかったが、手の力は緩んだ。
彼女は大男の手をなんとか振りほどくのだった。
「走るぞ」
一刀はそれを見て恵に声をかけると、自分の鞄を拾い上げ走り出した。
大男はなおも恵につかみ掛かろうとしたが、その手は空を切る。
二人は人混みに紛れるようにアーケード街へと向かっていた。追いかけようと大男が一歩踏み出したところで、車中から声がかかる。
大男は二人が駆けていった方に視線を向けてから、近くに止めてあった黒塗りの車に乗り込んだ。
車は市街の方向へと走り去っていく。
一瞬の出来事だった。その場にいた人々はただ茫然とそれを見送るだけだった。
南風市一の繁華街、時野のアーケード街に入り、二人は雑踏の中を縫うように走っていく。
一刀はスピードを維持しつつ後方を確認する。
恵はすぐ後ろについてきていた。
彼女も学校帰りだったようで学園の制服姿のままだ。
黒く長い髪をポニーテイルにしてまとめ、今は踏み出すたびにそれが左右に揺れている。
後ろにはあの大男の姿は見えない。他にもいるかもしれないが、誰かがついてきているような気配はないようだ。
ただ、念を入れてしばらく雑踏の中を縫うように駆け抜ける。それから恵に合図するとアーケード街の中から右へと曲がり、裏道にそれた。
細い道を選び何度も角を曲がりながら侍町まで走ると公園へと入り足を止めた。
一刀は久しぶりに全力で走り込みをした気分だった。
汗が噴き出してくる。
恵の方はというと息を整えつつクールダウンするように立ち止まらずにゆっくりと周囲を歩いていく。
体力は相変わらずのようだ。
あの大男から逃れようと恵は体術を駆使していた。それでも一刀が割り込むまで何もさせてもらえなかったように見える。相手のパワーが上回っていたということなのだろうか。
どんな連中なんだ?
「ありがとう」
礼を言いながら恵は背負っていた鞄から取り出したフェイスタオルを差し出してくる。
「一刀クン」しげしげと恵は一刀の顔を覗き込んでくる。「だよね?」
「なんだよ?」
昔馴染からは『似合わない』家族からは『止めろ』と言われ続けている髪型と色だった。
頷きながらも、またかと一刀は身構えてしまう。
「高校デビュー?」
「ちっげーよ!」
見違えるようだと目を輝かせる以外、何も言わない恵に肩透かしを食らったような気分だった。
「見た目は少し変わったけれど、やっぱり一刀クンだ」何度も頷き恵は微笑む。「身長伸びたね。あたしも伸びた方だけど」
相変わらず頓珍漢な受け答えになってしまう。三年ぶりくらいだが、雰囲気も性格も恵は変わっていなかった。
「ねぇ、さっきの本物?」
「あ~、あれか、あれはエアガンだ」
そう言って一刀はにやりと笑う。
鞄の中から取り出して銃を撃つ構えをとって見せた。
手にしたエアガンのことを目を輝かせながら話す姿を意外そうに宇月恵は見つめる。
「日本刀が好きだったよね、意外」
「小さい頃の話だろう、まあ、今も日本刀は好きだが」
「そうなんだ。サバイバルゲームでも始めたの?」
「ちげーよ。それよりも何だ、さっきのは?」
「し、知らないわよ。急に声かけられて……、あっ! お爺ちゃん」
恵はポケットからスマホを取り出すと、手早く自宅の電話番号を出してコールする。
「恵のじいさんがどうしたんだ?」
「お爺ちゃんが倒れたって、言われて……」
そう声を掛けられ、確認しようとしたら突然腕を掴まれ強引に車に乗せられそうになったのだという。
交通量も人通りも多い場所で拉致なんて、冗談みたいな話だ。
そもそも何で恵が誘拐されそうになっている?
幼稚園のころからの知り合いだが、思い当たるようなところはない。一刀と同じような古い家柄だが、古いだけで何があるというわけでもなかったはずだ。
「あのじいさんが?」
スマホを耳に当てながら恵は頷く。
「なんか持病あったか?」
「薬は飲んでいるけれど、それ以外は健康そのものよ」
「だよな」
「出ない……、どうしよう、本当に何かあったのかな?」
「家には……」
一刀は言いかけて、やめた。恵は祖父と二人暮らしだった。
「家に戻って確認したほうが早いな」
心配そうな顔をしている恵に一刀は言う。
その時、恵のスマホに着信が入る。
固定電話からで見知らぬ番号だった。
どうしよう? 無視した方がいいかなと恵は一刀を見るが、彼に促されおそるおそる電話に出る。
「お爺ちゃん!」
電話の主はどうやら恵の祖父らしい。
「大丈夫なの? どこからかけているの?」
話している内容は聞き取れないが、恵は何度も驚きの声を上げ、徐々に話している声のトーンが上がっていく。
そして、唐突に切られたのだろうか、茫然とした表情で恵は一刀を見る。
「じいさんから?」
「うん、お爺ちゃんからだった」
疑問符だらけの顔だった。
「無事なんだろう?」
「だぶん……」恵は頷く。「今、警察だって」
「警察って、なにやらかしたんだ?」
「うちに強盗が入ったって」
ポソッと恵は少し言いづらそうに話し始める。
「はぁ?」
展開が読めない。
「家の中がめちゃめちゃになっているんだって」
「捕り物でもあったのかよ。どんな状況だ、それ?」
「私の方が聞きたいよ!」
逆切れしそうな勢いだった。
「強盗って、集団だったのか?」
「分かんないよ」少し口をとがらせている。「家の中の異常に気付いたお爺ちゃんが侵入してきた強盗とやりあったみたい……」
「あのじいさんらしいな」
乾いた変な笑いが出てきた。
「笑いごとじゃないよ」
「まあ無事でよかったじゃないか」一刀は謝るしかなかった。「それにしてもさっきの奴と関係あるのかな」
「どうなんだろう。私の件はまだ話していないし……」
「強盗は?」
「撃退したって」
「さすがだな」
一刀の祖父が恵の祖父とは旧知の間柄で、最近は御無沙汰だが家族ぐるみの付き合いがある。
彼女の祖父は武術家だ。剣の有段者であり、宇月の何とか流の免許皆伝なだけある。
「それはいいが、家が滅茶苦茶だって話だが、これからどうするんだ?」
なんか嫌な予感がしてきた。
「龍玄寺に行けって」
「龍玄寺?」意外な場所が出てきた。「なんで!」
「住職とお爺ちゃん、仲いいものね」
「うちのじじいともな」
「剣豪三羽烏だっけ?」
「無茶苦茶強かったらしい」
「私たちの師範ですものね」
「そのせいかオレにだけは厳しかったからな」
小学校のころまで二人は龍玄寺の剣道道場に共に通っていた。
「師範、目をかけてくれていたんじゃないのかな。一刀クン強いし」
「いや、あれは絶対にいじめだ」
修練は厳しくトラウマレベルであった。
「そうかな」
「そうだよ。それでなんで龍玄寺なんだよ」
「家に警察の人達が来ていて現場検証しているから大変な状況だし、お爺ちゃんも警察での話が終わったら行くから、そこで待っていろ、って言われた」
「まあ、いいか。じゃあ行くか」
今、分からないことを無理矢理に考えても仕方がなかった。
「一緒に行ってくれるの?」
「龍玄寺は帰り道だ」
「そういえば一刀クンの家、龍玄寺と同じ根府屋だったね」
恵は一刀に微笑む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます