第4話

第1章 第4節「名前のない裏切り者」

 「No.38645およびNo.24875の処分を完了。監視塔に現在地を送信。素体回収装置の出動を要請します」

 ロザリオに向かってそう告げ終えると、通信を切り薙刀から手を離す。瞬間、またふわりと形が解け、薙刀は元のミコトの姿へと戻った。何か言いたげなその表情に苦笑を返し、イノリは遠くの空を見上げる。視線の先には、工場群の隙間から巨大な鉄塔が頭を覗かせている。

 前線都市一帯を見下ろすそれこそが、AIにて魔術師たちの生死を決定する監視塔。イノリにとっては絶対的な“上司”である。先程処分した二人の逢瀬を無許可の戦線離脱による規律違反と判断したのも、あの鉄塔だった。


 「――……主よ。どうか彼の者らに、神々の天秤にて正しく罰を与え給え。願わくばその魂が、永き贖罪の果て、約束の地へと至らんことを――」


 定められた通りに教典の一部を唱える。この場には祈られる神もいなければ、祈る信徒さえいない。だから、彼らは誰にも救われない。それは魔力の集合体でしかないミコトも、そしてイノリも同じだった。

 “彼”が“重峰イノリ”になったのは11歳の時だ。それ以前の名を彼は覚えていないし、重峰イノリとしてミコトと“契約”した際にデータバンクからも消去されている。還るべき故郷も、墓石に刻まれる名前も持たない彼は、前線都市に住むほとんどの魔術師に忌み嫌われる存在だった。


生まれついての裏切り者。

同族殺し。


表立って動きさえしないが、自分の命を狙う者が街中に潜んでいることに彼はずっと前から気づいていた。そして、きっと楽に殺されはしないだろうということも。

 だからこそ、いつも通りに笑う。


 「そういえば、珈琲が途中だったね。風味がとんでしまっていないといいけれど」

 「……そうだな」

 何気ないその言葉にミコトは小さくうなづくと、白い着流しの裾が血に汚れないよう少しだけ浮く高さを上げてイノリの隣へ並ぶ。不意の襲撃があっても、不足なく彼を守るために。元来無口なミコトは進んで何かを語りはしなけれど、あえて言葉にする必要もなかった。互いに唯一、己の真実を知る相手なのだから。



 ――そう。この世で、ミコトだけは知っている。重峰イノリという男が、生粋の裏切り者であることを。

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