鍋と女子力
ツネキチ
鍋くらいゆっくり食わせろ
彼のことが好きだ。
日頃から彼との明るい未来を妄想してしまうくらいには好きだ。
将来の夢はお嫁さんです。
どうすればこの夢を叶えられるだろう? そんなことをしばらく考えているとふと思いついた。
そうだ、想い人のハートを掴むにはまず胃袋からだ、と。
「ーーというわけで完成しました。『彼のハートも胃袋も鷲掴み、心も体もほっかほかになる私特製ラブラブ一直線鍋』です」
「ただのおでんだろ」
鍋の熱さに負けないような冷たさでトモちゃんはツッコミを入れてくる。
「何? 珍しくお泊まり会しようだなんて誘ってきたと思ったら、こんな怪しげな名前のおでんを食わせるつもりだったの?」
「怪しげって……まあね。今日親出掛けていて都合がよかったから」
トモちゃんとは小さい時からの親友だ。お互いの両親とも親しかったので、中学生2人きりのお泊まりでも簡単にOKが出た。
「前々から練習してたんだよね、美味しいおでんの作り方。彼に食べさせてあげたくて」
「……志は立派だけど、あんた自分が受験生だってこと忘れてない?」
その質問はあえて無視して話を進める。
「トモちゃん、私思ったんだ。料理ができる女の子って、それだけでポイント高いんじゃないかって」
「まあ否定しないけど」
「男の子の胃袋を掴みつつ、女子力をアピールすることでハートも掴む! 内臓全部掴み取りだね!」
「セリフには女子力のかけらもないな」
机に鍋時期を敷いて出来上がったおでんを鍋ごとのせる。そして器に取り分けた。
「どうどう? 美味しい? コンビニに売られてるおでんとは別格でしょ?」
「あー、美味しいよ。全部あんたが作ったの?」
「もちろん。見てよこの大根、ここまで味が染みるまですごい手間暇がかかったんだから」
そう言って自慢の大根をトモちゃんの器に盛り付ける。
大根を口にしたトモちゃんは、いつもの仏頂面を少しだけ綻ばせる。
「ほうほう、これはなかなか見事なお味で」
「でしょっ。やっぱりコンビニで売られてる大量生産のおでんと、心を込めて作った家庭のおでんは比べることすらできないよね!」
「ま、まあね」
「コンビニのおでんなんて温度の管理も味の管理もまともにできてないからね。具材は時間が経ちすぎて煮崩れしちゃってるし、大根なんか味が染みてるんじゃなくてただただクドイだけになってるし、おまけに具材を何でもかんでもぶちこんでるせいで味のまとまりがーー」
「コンビニのおでんに親でも殺された?」
両親は健在です。
「まあ美味しいのは認めるよ」
「でしょでしょ!」
「でもさあ、なんでおでんなの?」
「え?」
トモちゃんの質問の意図がわからなかった。
「いやぶっちゃけさ。おでんからはそんなに女子力を感じないって言うか」
「そんな! だっておでんだよ! 日本の国民食と言っても過言ではないのに」
「いやまあ……」
「こんなに見た目も可愛いのに!」
「可愛さは微塵も感じないけど」
「色合いもーー」
「茶色一色じゃん」
なんて残念な感性なんだろうか。
「女子力をアピールできる料理なら他にもいっぱいあるじゃん。鍋だけでも……ほら」
トモちゃんはスマホを見せてくる。そこにはSNSに投稿されたやたらと見栄えだけを意識したような鍋が。そして、その鍋よりもむしろこちらが主役だと言わんばかりに笑顔を見せる女性が映っていた。
「ほら見てよ。すごくない? 特にこの玉ねぎと豚肉をバラに見立てた鍋なんかーー」
「かあー、ぺっっ!」
「ガラ悪っ!」
なんだなんだこのSNSに載せることを前提とした見た目だけ良くした料理の数々は? 反吐が出る。
「いいトモちゃん? この世には2種類の鍋があるの。それはね、おでんとおでん以外の鍋だよ」
「暴論がすぎるだろ」
「おでんはね、この世の鍋料理の頂点に立つの。だからおでん以外の鍋料理を作る人は、おでんを作る技量のなかった敗北者なの」
「何? おでんの狂信者なの?」
「そもそもここに写ってる人たちは料理そのものを見て欲しいんじゃないんだよ。『こんな可愛い料理を作れる素敵な私を見て!』が本音なんだよ。フン! どうせ下味とか出汁を取ることすら満足にできていないくせに!! 片腹痛いわっ!!」
「SNSで嫌なことでもあった? そんなキャラ変するくらいには」
水を飲んで少し落ち着く。色々な理由で熱くなった体の熱が冷めていく。
「ふー、ごめんちょっと取り乱した」
「ちょっと?」
「でもさ、やっぱりおでんに女子力がないっていうのは同意できないな。おでんってのは単純に見えて奥が深いんだよ。料理上手な人でないと美味しいおでんは作れないんだから」
「あんたの料理の腕がいいのは同意するけど。料理がうまいってのと女子力があるってのはつながらないからね」
……え、そうなの?
「女子力ってのはあれだよ、ほら……説明難しいな。なんて言うか、女の子らしさの指標っていうか」
「……私生まれた時から100%女の子だけど?」
「うん、そういう生物学的な話じゃなくてね。男子から見た時『あ、この子女の子らしくて可愛いな』って思ってもらえるポイントのことを言うんだよ」
「……おでんダメ?」
「少なくとも可愛らしさは感じないかな。うん」
む、難しい。
「女子力って一体なんなんだろう? 女子力のある女の子って一体どんな女の子なの?」
「まあ必要最低限、他人が作ってSNSにあげた料理をその人格ごとこき下ろさない女の子かな」
「そ、そんな……!」
私の女子力低すぎ?
あまりの事実に落ち込む私を、トモちゃんは必死にフォローしてきた。
「い、いやでもさっき言ってた通り、料理のできる女子はポイント高いよ。うん」
「……本当?」
「本当本当。自分のために料理を作ってるあんたの姿を見れば、彼もグッとくると思うよ……おでんの必要はないけど」
「そっか。グッと……えへへ」
彼のためにおでんを準備してるところを想像して笑みがこぼれてしまった。
「まあ問題はどうやって彼におでんを食べさせるかってことだけど」
「え?」
「いやそりゃそうでしょ。そもそも……なんだっけ? 『胃袋を掴んでハートも掴む』だっけ? それをするために彼におでんを振る舞うんでしょ? どうやって食べさせるの?」
「そりゃ……おうちによぶとか?」
「あんたそんなことできるの?」
想像する。彼に『おでんを食べさせてあげたいから今度おうちに来て』とお誘いするところを。
「む、無理無理無理!」
「でたよヘタレ。そもそも家に呼んで手料理振る舞うって、相当進んだ関係だと思うけど?」
当然彼とはそんな関係ではない。
「お、お弁当にして持ってくとか?」
「冷めたおでん食べさせる気? いやそもそもヘタレのあんたが彼に弁当を手渡すことなんてできないでしょ?」
ぐうの音も出ない正論だった。
どうする? どうすれば合法的に彼に私のおでんを食べさせることができる?
考えに考え、思いついた提案は結局親友を頼ることだった。
「……トモちゃん。彼を誘って鍋パーティとかしてみない?」
「勉強しろよ、受験生」
鍋と女子力 ツネキチ @tsunekiti
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