第37話

 今朝、ミドヴィスが寝室にやって来るまで俺達が起き出さなかったのは昨晩遅くまで起きていたことだけが理由じゃない。そういうことにしておいてくれ。


 普段なら差し込んでくるはずの陽の光が差し込んでいないし、シトシトと雨の降る音が聞こえてくる。

「今日は雨か……」

 降り頻る雨の音にぼやきながら服を着替える。

 降りかたは激しくはないからそんなに長い間降ることは無さそうだけど、外に出ることが億劫になるのは間違いない。幸い、昨日買い出しは済んでいるから、特に出かけなくても問題は無い。これが明日なら探索者組合に出向かないといけないからその点だけは助かった。


 朝食は簡単にパンに葉物野菜とトマトのようなものをスライスして並べてその上に燻製肉のスライス、乾燥させたハーブを多めに散らしてその上にチーズを粗く削ったものにワインとスパイスを加えて湯煎したものをかける。トロリとしたチーズが固まる前にバッグに保管しておく。

「もうちょっと何か欲しいなあ」

「私、久しぶりに目玉焼きが食べたいな」

「えっ!? 目玉を焼くの?」

 おっと、定番のボケがきたよ。

 でも、こっちじゃ何ていうんだろうな? まあ、実物を見せればわかるか。というわけで驚くエイシャの相手は里依紗りいさに任せて調理に移る。俺の好みは弱火でじっくりと焼いた半熟なんだけど火力の調節がなあ…… 結局、今回のは半熟よりかた焼き寄りになった二つ目玉焼き。それを人数分焼いていく。

 テーブルに着いたあと皆んなの前にバゲットサンド風のものとサラダ、スープを並べて最後に「目玉焼き」と言ってエイシャの前に目玉焼きを出す。一瞬身構えたエイシャだったけど、お皿に乗った目玉焼きを見てホッとしていた。

「目玉焼きって言うから何の目玉を焼いたのかと思った」

「ごめん、俺のいたところで目玉焼きって言ったら卵を二つ並べて焼いたもののことを言うんだ。ほら、なんとなく黄身が目に見えない?」

「ん、許す。これ、そのまま食べるの?」

「ん〜〜、人それぞれだけど、醤油、は無いか。塩胡椒を軽くふるか、マヨネーズかけるか……」

「あ、ソースかける人もいたよ」

「……とまあ、人それぞれに好きなものをかけてくれればいいよ」

「ん、色々試す」

 テーブルの上にマヨネーズ、塩胡椒、一味のようなスパイス、作り置きのタルタルソースを並べていく。

「とりあえずこんなもんかな。じゃあ、食べようか。いただきます」

「「「「いただきます」」」」


 食後の片付けは手持ち無沙汰になりがちな唯奈ゆいなとミドヴィスが名乗り出たので任せることにした。まあ、雨が降っているから外で鍛錬や薪割りなんかの作業ができないというのもあるんだろうけど。

「さて、時間が空いてしまったので二人の背嚢はいのうにも収納魔術を付与しようと思うんだけど何か意見はあるかな?」

「んっ!」

「はい! エイシャさん」

「そういう小芝居はいいから……」

「いや、実際に何か注意点はあるかと思ってな」

「確か、収納物の体積によって魔力の消費量が違うって言ってたような……」

 俺とエイシャの小芝居に里依紗りいさがツッコミを入れてくる。

「そういえばそんなこと言ってたな…… 俺に実感ないけど」

「ん、そう。レオの魔力は底無し」

「それで、付与する条件は『使用者制限』の他はどうする?」

「二人の魔力量を考えると制限を設けた方がいい」

「制限か…… 収容物の大きさ、いや体積か、それに制限をかけるか」

「ん、それと、収納量も」

「魔力切れを起こすのは流石にまずいか」

「ん、そういうこと」

「じゃあ、確認からな。里依紗りいさ、このバッグから中身取り出してみて。バッグに触れた状態で中身を見たいって想像すればリストが思い浮かぶからそれを取り出すイメージを思い浮かべてみて」

「やってみる」

「うわぁ〜〜、何この量……」

「ん? とりあえず、あんまり大きくないものからいってみようか?」

「は〜い」


 最初に取り出したのはドンという音を立てて床に現れたやなの基礎。その一部、短い方の基礎だけど室内に出すと大きい。

「結構キツイよこれ」

「じゃあ、コレが一度に取り出せる体積の上限にしとくか?」

「そうしてもらえると助かるかな」

「よし、次はそんなに大きくないもので良いからどのくらい出したらキツくなるか試してみて」

「は〜い」

 里依紗りいさは荷車一台分くらいの荷物を取り出したところでへたり込んだ。その頃には唯奈ゆいなとミドヴィスも加わって実験を眺めていた。

礼央れおくん、もうダメェ」

「じゃあ、里依紗りいさは休憩。これを片付けたあとは唯奈ゆいなの番な」


 で、唯奈ゆいなはというと大体、里依紗りいさの三分の二といったところが安全マージンということがわかった。

「ねぇ、これ結構キツくない?よく平気だねエイシャ」

「ん、私は魔力量を把握している。無茶はしない」

礼央れおは?」

「俺? 俺はその魔力量ってわかんないし、別段キツくないんだよな」

「えっと、それってつまり?」

「ん、底無し」

「馬鹿魔力」

「酷くないっ!? そんなことを言うのなら、唯奈ゆいなの分は無しな」

「ごめんなさい!!」

 久しぶりに見た何とも見事な土下座……

「一〇点をあげよう」

「じゃあ、許してくれる?」

「まあ、な。じゃあ、二人ともちょっと待っててくれよな」


 三人が見守る中、最初に里依紗りいさ背嚢はいのうに付与する内容を確認する。

「この前のライパンで感じたんだけど収納中に熟成が進んでいけば早く美味しく頂けるし、何より納入時に怪しまれることはないと思うんだ」

 里依紗りいさのその意見に俺達は同意した。

 今回の納入時にも鮮度について指摘を受けた。その調整が出来ればなお良いのだけどと。その考えから別のバッグに付与を試したけど状態保存効果の有りと無しを同じバッグに付与することは出来なかった。

「バッグ全体として魔術が付与されている。効果の混在はそれが問題」

「もしかして、俺の熟練度が上がれば可能な範囲?」

「わからない。できるかもしれないし、できないかもしれない」

「それより、バッグ二個持った方が早くない?」

「それもそうか」


 皆んなが持っている探索者用の装備品の中にはベルトに通すポーチがある。これに小物を分けて持ち運ぶのが一般的であることを考えれば何も背嚢はいのうに両方の効果を付与する必要は無い。俺達はそう結論付けた。

 ということで里依紗りいさ背嚢はいのうには状態保存の効果は付与しない方針に決まった。収容量などは事前に確認した通りにして使用者制限は俺達四人だけ可能にした。


 俺としては使用者の魔力量を検出して負荷を可視化できればという思いはあった。けどね、俺自身魔力がどういうものか分かってないからできない。

「大丈夫、リイサならつらくなればわかる筈」

「そうだね、さっきので感覚はわかったから無茶はしないように気をつけるよ」

「ユイナはリイサと違って無茶しそう」

「なにおう!」

「いや、そうだろ」

「うん、唯奈ゆいなは無茶するね」

「ええっ、私ってそんな感じ……」


 嘆く唯奈ゆいなは置いておいて仕様の確認に移る。

「じゃあ、唯奈ゆいなの分に移ろうか?」

「私は状態保存は有りでお願い」

「わかった。他に希望はある?」

「私はにして欲しい」

 俺の前に差し出されたものは探索者定番の装備、ベルトに通すあのポーチ。

「私は背嚢はいのうを降ろして行動することが多いから、ずっと身につけていられるものがいいよね」

「それもそうだね。じゃあ唯奈ゆいなはポーチね」

「うん、お願い」


 流石に四個目になると要領は掴めてきた。割と簡単に付与を済ませると二つとも正常に収納・取り出しができることを確認する。まずは俺が正常に効果が発揮されることを確認して次にエイシャ。その次に二人が確認。最後にミドヴィス、これで使用者制限がちゃんと機能していることを確認できる。

「よし、付与成功だな。はい、里依紗りいさ唯奈ゆいな

「「ありがとう」礼央れおくん」

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