第84話 けじめ

痛い、痛い、痛い

足が痛い



「っ、、」


右足を地面につけるたび声にならない声が出た

俺は無理をしてでも物に頼らず唯さんのところに行きたかった、自分の力だけで行きたかった

これは俺なりのけじめの付け方だ

松葉杖は家の中に置いてきた


俺は弱い人間だ

いつも逃げてばっかり

自分で決めたことも殆どない

周りに流されることに慣れていた

だからこそ

今回は逃げない

諦めない

楽な方に流されない

もう、諦めて後悔はしたくなかった

俺は馬鹿だからこんな方法しか取れない

頭の良い人だったらもっとできることがあるのかもしれない

だけど俺はこれしか思いつかなかった


外は雨が降っていた

ザアザアとまるでさっきの唯さんのような悲しい雨

俺はこの雨をやませなくては行けない

なぜだろう、頭が酷く痛い

少しめまいがする

だけどここで


俺は多分唯さんが向かった先を知っている

そこじゃなかったらどうしようとは考えなかった

唯さんはそこにいるという謎の自信があった

だけどここで踏ん張ってこそ男だろ




できるだけ右足を使わずに歩いてもどうしても使わなきゃいけない場面は来る

その度に足は悲鳴をあげた

最初の数回は回数を重ねるごとに痛かったが

その山場を超えてしまうと、逆に回数を重ねるごとに痛みが和らいでいた

痛みに慣れたのか感覚が麻痺しているのか

俺には分からなかったがどっちでも良かった

ただ今歩くことさえできればそれで良かった



目的地に近くなるほど心は焦るように早く脈を打った、

めまいも頭痛もやんだ

神様は俺に味方してくれている



唯さん、唯さん、唯さん、

俺は足の痛みをかき消すようにずっと唯さんのことを考えていた

少し気持ち悪いと思うが俺には余裕が無かった



時々弱くなったはずの痛みが急に強くなる

その度俺の頭には怪我をしているのに無理をしてしまって足が使えなくなってしまった人のニュースが頭をよぎった

だけどその度に日本の医療技術はすごいと自分の心を騙すように走った


唯さんと一緒に見たアニメ

一緒にやったゲーム

そのキャラたちは何があっても諦めなかった

唯さんはそのキャラ達をキラキラした目で見ていた

今思うと多分俺はそのキャラたちに嫉妬してい

俺も唯さんにキラキラした目で見てほしかった

もっと期待してほしかった

失望させたくなかった

離れたくなかった

愛とか恋とかはまだわからない

優愛とのことも過去を聞いてからよくわからなくなってしまった

だからこの唯さんに対する感情はなにか分からない

だけど自分を動かすことができる

自分を変えることができる

そんなキラキラした感情であることは確かだった

俺はこんな体験をしたのは初めてだった



唯さんが見ていた画面の中のキャラ達に共通していたのは諦めない心だった

今の俺は走っても走っても諦めなかった

俺は唯さんに見てもらう資格のある男に成れただろうか

今唯さんにあったらあのキラキラした目で見てくれるだろうか



出発してからどれだけの時間が経っただろうか

目的地につくことができた

そこは俺と唯さんがずっと昔に会っていた公園

唯さんはずっとヒントを出してくれていた

俺はやっと答えを出すことができた


俺は公園に入り周りを見渡した

屋根の付いているベンチの下に見知った姿が見えた

俺がずっと探していた姿だ

その姿を見つけた瞬間今まで耐えてきたものが波となって一気に来た

意識をどうにか保っている

何故か心のモヤモヤが少し消えた

体調は良くないが心は軽くなった

俺はその姿に近づき一声かけようとした


「唯さ、」


俺の視界は一気に暗くなった

遠くに音だけが聞こえた

もう雨の音はしていなかった

聞こえるのは誰かの悲しい声だけだった



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