応接室(上)

 眼鏡の男は俺を応接室に連れてきた。

 警備員には止められていたが、男が『責任はすべて自分が取る』と言ったら渋々引き下がった。

「ちょっとここで待っててくれ。お前さんに渡すものがある」

 そう言って慌ただしく部屋を出ていった男は、割とすぐに戻ってきた。

「さて、なにから話すか……そうだな、最初から話すか」

「最初からって、なに?」

「まず、なんで俺が、お前さんが十塚に会いに来たってわかった理由について」

「……あいつから何か聞いたとか? あいつは馬鹿だけど、俺のことを話すほどの馬鹿じゃない……お前、あいつに何をした?」

「端的にいうとだな……酒を飲ませた」

「は? 酒?」

「お前さんが襲撃してきた発表会、その後にうちの研究室で打ち上げ兼、十塚の成人おめでとうパーティーを開いたんだよ。うちの研究室に実家が豪邸の奴がいるから、そいつの豪邸で」

「はあ……」

「それで、成人したからっていうことで、酒飲んでみたいって言ったんだよ、あいつが。でもいきなり度数の高い酒飲ませてぶっ倒れられても困るだろう? だからほぼオレンジジュースの、アルコール成分がかなりうっすいカシオレをまず一杯、飲ませてみたんだ……そしたら……それだけでベロンベロンに、酔っ払った」

「あいつ、そんなに酒に弱いの?」

「ああ、滅茶苦茶に。しかも厄介なことにぱっと見だとシラフなんだよ。顔は赤くないし口調も割とはっきりとしてる。ただ……ただ、滅茶苦茶に、喋る」

「しゃべる?」

「ああ、普段からは考えられないくらい。しかもものすごく素直になる、聞かれたことはほぼ反射でベラベラ話す。……それでだな、うちの奴がな、聞いたんだよ。なんであの発表会にラーズグリーズ……あいつがお前さんに向けてたあのリモコンっぽい見た目の兵器を勝手に持ち出してたのかって。そしたら……全部吐いた」

 深々と溜息を吐いた男に、問いかける。

「全部って?」

「全部は全部だよ。あいつとお前さんの出会い、六年くらい一緒にいたこと、なんでお前さんが厄災になったのか、厄災になるしかなかったお前さんにあいつが無理矢理取り付けた約束も……全部、だ」

 流石に、流石に絶句した。

 あいつ何やってんの? 本当に全部じゃん。

「全部話した後あいつはぶっ倒れた。それで朝になるまでぐーぐー寝続けて……目が覚めたら、なーんにも覚えてなかったんだよ」

「ええ……」

「それ以降、酒は飲ませていない。とにかくタチが悪いから絶対に飲むなとも厳命した。……おれ達も、その時聞いた話は絶対に口外しないようにしていた……知っていることを知られたら、物理的に首が飛ばされてもおかしくなかったからな」

「ふうん…………ってか信じたの? あんな突拍子のない話を」

「まあな。……元々何かはあるとは思ってたんだ。色々不自然だったんだよ、親の反対押し切って高校飛び級で卒業してうちに来たり、やたら兵器系の研究を推してたり……何かに追い詰められているっていうか、焦ってるような顔をしているのも何度も見た……全部お前との約束の為だったって知って、なんというか……全部納得がいった」

「そう……」

「あの後もあいつはお前さんとの約束を果たそうと頑張っていたよ……見ているだけで痛々しいくらいに、必死に」

「ふーん……それで? 俺が行方不明になって、死んだって勘違いしたあいつが……今まで俺を殺すために無理やり押さえつけてた好奇心を解放して……それで研究やりすぎて過労死したってわけ?」

 そう聞くと、男は深々と溜息をついた。

「なんでそうなるかな……いや、ここから先は、俺が何を言っても説得力がないか。……だから、これを」

 そう言って男がこちらに寄越してきたのは、小さな記録媒体だった。

「なにこれ?」

「あいつが人間の複製方法の研究を始めて少し経った頃に『私が完全に狂ったら、目的のために人を殺すようなろくでなしになったら、みんなで見てくれ』って押し付けられた。中には音声データが一つだけ。実は気になって冒頭だけ聞いたんだが……ある程度内容を察して、それ以降は何も」

 単体だけじゃどうにもできないからと、なんのデータも入っていないらしい小型のパソコンも押し付けられる。

「データはやる。あいつが死んでしまった以上、おれらが持っていてももう仕方がないからな…………それじゃあ、おれは一旦席を外す、聞き終わったら声をかけてくれ」

 そう言って、男は部屋を出ていった。

 俺みたいな『厄災』をよく見張りも立てずに放置できるなら、とは思ったものの、そちらの方が自分にとって都合がいいので、ならそれでいい。

 パソコンを起動して。記録媒体を端子に刺す。

 男が言っていた通り、一つだけ音声データが入っていた。

 『あなた達がこれを聞いているということは、私が完全に狂ったということなのだろう。そうなった時にこのデータを確認してくれと頼んでいるので、そのはずだ』

 懐かしい声だった。

 おそらく不特定多数の人間に内容を知られぬ為なのだろう、昏夏語で静かに語り始めた彼女の言葉に、耳を傾ける。

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