帰ってきた厄災ととっくに死んでた研究者

朝霧

警備室前

 弟と妹を振り払って、俺はあいつの職場である研究所の前まできていた。

 普通に入ろうと思ったらカードがないと入れないようなので、仕方なく警備室に向かう。

「すみません、ここで働いている知人に会いにきたのですが……こちらで呼び出してもらうことって可能ですか?」

 愛想良くにこにこ笑いながらそう言うと、警備員は「お会いしたい方のお名前は……」と言ってから表情を硬直させた。

「お、お前は……!」

 どうも俺のことを知っているらしい、まあ仕方ないか。

「な、何故お前がこんなところに! というかいきて……」

「うっさいなあ、知り合いに会いにきただけなんだけど? あいつをここに呼んでくれれば何もしないから、おとなしく言うことを聞いて欲しいな?」

 そう言ってみたらどうやら逆効果だったようで、途端にブザー音が鳴る。

 そうするとどこからともなく警備員共がぞろぞろとやってきやがった。

 こうなるなら変装でもしてくりゃ良かったと思ったけど、後の祭りだ。

 面倒臭いな、まとめてぶちのめすかと思っていたら、奥から見覚えのある眼鏡の男がひょっこりと顔を覗かせてきた。

「なんだどうした?」

 確か彼女の上司で、彼女をスカウトしたというお偉いさんだ。

 眼鏡の男は俺の顔を見て大きく目を見開いた後、何故か悲しそうな複雑そうな表情を浮かべた。

「……ああ、お前さん、生きてたのか……少し、遅かったな」

「は?」

 訳のわからない事を言われた。

 ただ、何かとてつもなく嫌な予感がする。

「十塚なら、死んだよ」

 その短く単純な言葉の意味を、しばらく理解できなかった。

 誰がどうなったって?

 十塚がどうなったって?

 誰が死んだって?

「どういうことだ!!」

 気がついたら眼鏡の男の襟首を掴んで怒鳴っていた。

 死んだ? 死んだ、だって?

 あいつが、あの天才が、なんで。

 そもそも何故、何故この男は俺の顔を見てすぐにあいつのことを、なんで俺の目的があいつだってわかった?

 かつてこの国で大量の人間を虐殺した『厄災』、それに掴み掛かられても男は冷静なままだった。

 ただひたすらに悲しげだった。

「過労による衰弱、それがあいつの死因だ。ほとんど飲まず食わずで、カフェイン剤を常用して何日も何日も眠らずぶっ続けで研究を続けて、それで身体ぶっ壊して、二ヶ月前に」

 過労、衰弱、飲まず食わず眠らず、そんなことで死んだって?

 なんでそんなことになった? 目の前の男を睨むと男は心外そうな顔で口を開いた。

「言っておくがおれらはあいつを止める側だったぞ、ずっとな。抵抗するあいつを全員で袋叩きにして気絶させてベッドにくくりつけて強制的に休ませたこともあった……まあ目覚めた直後に脱走されたから、あんまり意味はなかったけどな」

「なんで、あいつはなにを……」

 確かにあいつは昏夏バカだったけど、そこまでのめり込むほどの節操なしではなかった。

 ああ、でもあいつはずっと俺を殺す手段となるものの研究ばかりをやっていたはずだから、それがなくなって、その反動で自分が本当にやりたかった事をひたすらに追求していた、とか?

 そう思っていたら、男から言われたのは予想外のことだった。

「死者の蘇生、いや、正確にいうと人間の複製。それがあいつがずっと続けていた研究だ」

 死者の蘇生? 人間の複製? なんでそんな事を?

 なんでそんなことに、あいつはのめり込んだ?

 俺が右手を失ったあの戦いでは多くの人が死んだらしい。

 ならあの戦いで死んだ何者かを生き返らせたいのか?

「あいつの親でも死んだの?」

 男にそう問うと男は俺の顔を信じられないものを見るような目で見た後、溜息をついてこう言った。

「うちの頭の悪い天才はそこまで薄情じゃあないよ」

「はあ?」

 意味がわからない、こいつはなにを言っている?

「お前さん、ほんとに酷い男だな」

 呆れ返った声だった、俺が何一つ理解できていないのを察したのか、男はもう一度溜息をついて、こんな提案をしてきた。

「ここじゃあなんだ、おれも多少はお前さんに言っておきたいことやらなんやらあるから、ちょっと付き合ってくれるか?」

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