第181話 嵐の前に
僕たちと、マニス、カリギュラの共闘体制は瞬く間に整えられた。
国が本気を出すというのはこういうことなのか。
どちらも、純粋な民主主義国家ではないので、決断から行動までのスピードが早い。
カリギュラは、マニスの物資援助を受け、城の外に臨時練兵所と寄宿舎を創設。
従軍後の市民権の付与を条件に流民を徴用し、銃兵の訓練にあたっている。
マニスも高額の報酬と衣食住を保証を条件に人をかき集め、物資と共にカリギュラに送りつけ始めた。
僕は領内から技術者を派遣して、銃の生産体制のバックアップをすると同時に、マニスとカリギュラの緩衝材として、両陣営の折衝に当たった。
銃兵の良さ――そして恐ろしさは、なんといっても訓練の期間が短くて済むことだ。
昨日までの一般人が、すぐに殺戮の集団へと変貌する。
単に銃を撃つという行為だけを習得するならば、初心者でも一週間もあれば十分。
軍隊として動かせるように、最低限の命令系統を整えることを加味しても、一か月弱で編成は完了した。
魔族の侵攻への対処は、今の所、目論見通りに進んでいる。
現在、僕の目下の懸念は、それとは別の所にあった。
「――そういう訳でー、フロルと英雄さんが一緒に魔族への抵抗を画策して、寝食を共にしている内に、お互いに自然と惹かれ合って愛が芽生えたという感じのストーリーでいこうと思いますー」
僕の家の執務室。
フロルさんがそう言ってノリノリで僕に見せてきたのは、『フロルと英雄さんのウェディングプラン♡』と題された計画書だった。
実際、彼女は会談の日から、一旦カリギュラに帰って話をまとめて戻ってきて以降、なんだかんだで僕の領地にずっと滞在している。
「はあ。それでいけますか? 同時に、シャーレとも結婚するんだよね。僕」
「大丈夫だ。オレの方は、別に結婚式とかで大々的に告知しなくてもいいからな。お前に何かあった時のこの領地での商会の立場が、相続権という形でカリギュラとマニスの双方で法的に確立されればそれでいい」
「はあ。いちいちこんなことしなくても、もうここまで経済的・軍事的な結びつきを強めたら、自動的に運命共同体だと思うけどなあ……」
僕は視線を伏せて呟いた。
どうやらこの世界では、何か大きなことをするには、一々縁戚関係を結ばないと気が済まないらしい。
僕が、カリギュラとマニスが
「それでも裏切ることがあるのが世の中ってやつだ。保険は多ければ多いほどいい。大体、そんな理屈パンピーに通じねえだろ。英雄のお前とこの地方で一番のお姫様が恋に落ちて、魔族と戦うために立ち上がる。単純で分かりやすいストーリ―の方が民衆は受け入れやすい」
シャーレがもっともらしく言う。
「それも分かるんだけどね……。僕がすでに6人の妻に、子持ちでも成立する? その美談。シャーレとフロルさんを加えると奥さんが8人になっちゃうんだけど」
今回の結婚に関して、僕の妻たちは、特に何も不満を述べることはなかった。
どうやら、共同戦線を張るということになった時点で予期していたということらしい。
知らぬは僕ばかりなり、ということなのだろうが、必要性を理解していても、いまいち腑に落ちない。
「大丈夫ですよー。世界には英雄さんのそんな細かいディテールまでは伝わりませんから」
フロルさんが気楽にそう請け負う。
「なんだよ。まだ迷いがあんのか? なら、お前のガキとの政略結婚に切り替えてもいいんだぞ?」
「それはだめだよ。子どもたちの人生は子どもたちのものだから」
案としては、僕ではなく、僕の子どもと、カリギュラの王族やマニスの有力者の子どもを結婚させる話も出ていた。
でも、僕としては、子どもたちにはなるべく自分たちで自由に人生を選択して欲しいと思っているので、それは受け入れがたい。
もちろん、いずれは誰かに僕の後を継いでもらわなきゃいけない日がくるかもしれないことはわかってる。
でも、まだ幼い子供たちに、現時点で一生に関わる決断を押し付ける訳にはいかなかった。
「ならごちゃごちゃ言うんじゃねえ。腹くくれ」
「そうだね……。でも、シャーレの方こそ納得してるの? あれだけ『一生結婚しない』みたいなことを言ってたのに」
「しゃあねえだろ。オレが結婚を拒んだら、別の誰かに今のポジションを取られちまうからな。元々、オレが結婚するなら、それはビジネスのためと決めていた。それが今だっただけのことだ。オレは商人だからな」
「そんな風に言われて、僕はどんな顔をすればいいのさ」
「……ま、いくらビジネスとはいっても、生理的に無理な野郎とは結婚しねえよ。これ以上は何も言わせんな」
シャーレはそう言うと、酸っぱいものを食べた時のような表情で唇を突き出し、そっぽを向く。
「……。フロルさんも、政局的な的なことは抜きにして、僕でいいんですか?」
「フロルは立場的に、『置いておいて』はないですからー。んー。それに、初めて会った時から、フロルは何となくこうなるんじゃないかって思ってましたよ?」
「本当ですか?」
僕は全く思っていなかった。
「んふふー。本当です。それに、フロルもそろそろ結婚しなきゃいけない時期ですしー。貴族やお父様からもあれこれ言われてましたしー。でも、他の結婚相手の候補を眺めてみても、おじさんかおじいちゃんばかりなので、気乗りしなかったんですねー。だから、個人的にも、年が近い英雄さんとの結婚は悪い話じゃないと思ってますー」
「僕に他にたくさんの妻がいてもですか?」
「貴族なら、側室の一人や二人、愛人の五人や十人、いても当たり前ですよー。それに、英雄さんといると、毎日刺激的で楽しそうですしねー」
フロルさんはそう言うと、手を合わせて、妖艶に笑う。
「……二人が納得してるなら、僕はもう何もいいません。でも、せっかく家族になるんなら、形だけではなく、心で繋がりたいと思います」
シャーレとは付き合いも深いし、友達の延長線上のような感じで、それなりにいい関係を築けそうな気がする。
フロルさんとは、正直分からない。
彼女自身が、まず国ありきの人なので、どこまで心を開いてくれるかどうか不明瞭だ。
「真顔で言うなよ。恥ずかしい奴だな。コホン。――んで、結婚云々の地固めはそれでいいとしてだな。肝心なのはオレたちがこれからどこに攻め込むかって話だ。連合の頭になりたいっていっても、口だけの奴にゃ誰もついてきやしねえ。はっきりとした成果が必要だ」
シャーレが頬を赤くしながら、話題を変える。
「はいー。力なき者の理想は、ただの妄想ですからねー」
フロルさんが深く頷いた。
「でもなー、ちょうどいい攻め込み先がなくてよー。ちょっと困ってんだよな。亡命貴族がいる系統は権利関係が面倒だろ? でも、完全に関係者が滅ぼされちまった土地は、補給線を確保するのが難しい位置関係でよ」
シャーレが机の上に地図を広げて、困り顔で頭を掻いた。
「……それなんだけど、今回の戦いは必ずしも領土の奪還にこだわらなくてもいいと思うんだ。あくまで、僕たちの力と決意を世界に示すための戦いだから」
僕はやおらそう切り出す。
「んー? そうおっしゃるってことはー、英雄さんには何か腹案がおありのようですねー」
フロルさんが僕の意図を察したように微笑みかけてくる。
「はい。実は、今朝、冒険者ギルド経由で、アレハンドラから、このような書状が届きまして」
僕は丸まった書状を机の上に広げて、四隅を文鎮でおさえる。
「なになに。『緊急! 勇者アルセ救援依頼。求 ランクB以上の冒険者』だと?」
「確かー、勇者さんは魔王を討伐してからも、ずっと戦ってましたよねー」
シャーレとフロルさんが身を乗り出して、書状――依頼書を覗き込む。
「はい。最初は魔王を倒した後の残党狩りをしていたようですが、総統の宣戦布告以降は、アレハンドラと通商関係の深い地域で、防衛戦争に従事してたみたいですね」
僕はそう言って、二人も知っているであろう情報を再確認する。
「なるほどなるほどー。その旗色が悪いという訳ですねー」
フロルさんが納得したように頷く。
「アレハンドラは、独自の防衛システムがあるせいで、常備軍が少ないからな。遠征軍は傭兵頼り。イケイケドンドンな時はいいが、持久戦には向いてねえ――でも、待てよ? アルセは魔王を倒すほどの実力者だろ? 魔族の中級以下の雑魚モンスター軍団にそうそうやられるか?」
シャーレが首を傾げる。
「ですねー。魔族の軍相手なら、負けはしないはずですけどー」
「……アルセさんを追い詰めているのは、ヒトの軍隊みたいです。指揮官はハグレモノで、メインの戦力は魔族が金で雇った冒険者と、現地で接収した兵士のようですね」
僕は声を落として言った。
「ああ。そういうことか。契約期限が切れた傭兵が、アルセ側で更新せずに、総統側に寝返ったんだな? それで戦力不足か。傭兵にはよくあることだ」
シャーレが頷いて手を打った。
「そして、ヒトには勇者の力は及びませんからねー。いくら魔王を倒した勇者でも、ヒトの軍隊の前ではかたなしですー」
フロルさんが悲しげに呟く。
勇者の異能は、モンスターには劇的な効果を示すが、ヒトに対しては全くの無用の長物だ。総統もそのことが分かっているから、ヒトの戦力をぶつけているのだろう。
「はい。それに、アルセさんは優しい人なので、そもそもヒトを殺すような作戦の指揮は苦手だと思います。しかも、相手は昨日まで一緒に戦ってたようなヒトたちですから――だから、僕たちで救出にいきたいと思います」
僕は強めの語気でそう主張した。
「おいおい。お前、だいぶ私情が入ってないか?」
シャーレがいぶかしげに言う。
「それも正直あるよ。顔も知らない誰かを助けにいくよりは、昔縁があったアルセさんを助けに行く方が個人的に納得できるしね。でも、大義名分としても、ニュースバリューとしても、勇者のアルセさんを助けに行くっていうストーリーは悪くないんじゃないかな。おそらく、今、アルセさんは世界で一番有名な個人だし。彼女をバックアップしている、『世界の中心』と呼ばれてるアレハンドラに貸しもつくれるし」
僕は正直にそう答える。
このままじゃ、アルセさんがあまりにもかわいそうだ。
悲劇を乗り越え、身を粉にして人々のために戦ったのに、今はその守ったはずの民から刃を突き付けられている。
世界はどうにも彼女に厳しすぎる。
だから、せめて僕たちくらいは味方でいてもいいと思うのだ。
「フロルはありだと思いますー。どうせ盟主になるなら、アレハンドラとの主導権争いは避けられませんー。なら、今から、力関係を見せつけておくのは上策ですー」
フロルさんが深く頷く。
「確かに、今からマウント取っておくのは悪くねえ。でも、これはBランク以上の冒険者への依頼だろ? どうやって訓練した兵士を大量に動員する? ゴリ押しすると、越権行為で後で向こうから難癖つけられかねないぞ」
「僕もそう思ってテルマに相談したら、兵士全員を冒険者ギルド所属にしちゃえばいいんじゃないかって言ってたよ。多くの冒険者ギルドの規約では、向こうが依頼している相手がランクB以上の冒険者だとしても、その依頼を受けた冒険者が、個人的にまた別の冒険者を雇うことは禁止されていないんだって。つまり、僕が依頼を受けて、兵士を直接雇用する形にすれば、問題ないってことらしいよ」
シャーレの疑問に、僕はテルマから教えてもらった情報を答えた。
「ああ。高ランク冒険者が、低ランクを荷物持ちとかのサポート要員に雇うとかはよくあるもんな。ま、まさか向こうもそれが云千、云万人の規模になるとは夢にも思ってないだろうが……いいじゃねえか。おもしれえ。向こうが何か言ってきても、建前上は冒険者が依頼を受けただけだもんな。あちらさんが冒険者ギルドに依頼を発注した以上、文句はいえないはずだ」
シャーレが悪だくみする子どもような笑みを浮かべて頷く。
「いい感じになってきましたねー。窮地に陥った勇者。その下に駆けつける英雄と、心ある正義の民たち。何だか、
フロルさんが半分冗談のような口調で言う。
「へっ。せいぜい悲劇にならないようにしたいもんだな」
シャーレが皮肉っぽく呟いた。
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