第151話 勇者(2)

 力と力の応酬。


 より高威力の魔法を展開できる空間を求め、瞬く間に僕とアルセの戦場は空中へと移る。


 僕の精霊魔法と闇の力を帯びたアルセの魔法が、高速でぶつかり合う。


 アルセが使っているのは、彼女が元来習得していた普通の魔法のはずなのだが、僕の精霊魔法と完全に互角だった。


 当初楽観視していたような有利な雰囲気は全くない。


 これが『魔王の加護』ということだろうか。


 目にも止まらぬ速さで振り回される強大な力に巻き込まれないように、敵も味方も僕たちから距離を取る。


 当然、僕のパーティメンバーとも距離ができることになるが、これは想定済みだった。


 高層建築の隙間を抜け、森はざわめき、湖がしぶきを上げる。


「ほう。中々やりますね。あの撒き神の兵器の『世界一強い』という戯言も、あながち嘘ではないらしい」


 湖を背に強烈な雷撃を放ちながら、アルセが感心したように呟く。


「……僕も意外だったよ」


 氷の避雷針でそれらを撃ち落としながら、僕は呟いた。


「なにがです?」


 アルセが一端静止して、身体の熱を冷ますかのように水をかぶる。


 激しい動きに、彼女の身体が悲鳴をあげているのか。


「意外とあっさり一騎打ちに応じてくれたから。もっとめんどくさい手を使ってくるかと思ってた」


 僕はマナを精霊に補給しつつ、ポーションを飲んで精神力を回復する。


「真の強者に、小細工は必要ないのです。物事を複雑にしているのは、むしろあなた方ヒトでしょう。必要十分なものにいつも余分を付け加えたがるのは」


 アルセはそう答えると、僕たちを――ヒトを揶揄するように建物の壁面を一瞥した。


 そこには、僕とアルセの決戦の映像が、リアルタイムで流されている。


 撮影班は見当たらないから、これは街の監視システムによるものだろうか?


 世界の危機ですらも、ヒトはエンターテイメントにしてしまう。


「確かに。あれは僕も正直気に食わない」


「ならば、あなたもこちら側に来なさい。私の見立てでは、あなたには魔王になれるほどの素質がある」


「嫌だよ。時にやり過ぎることもあるけど、余分なものって、結構楽しいよ」


 自分が見世物にされるのは御免被りたいけれど、ヒトが生み出してきた『余分』が僕は好きだ。


 例えば、テルマが奏でる笛の音色。


 例えば、ナージャが気まぐれにれてくれるお茶の味。


 例えば、レンがたまに話してくれる世界各地のおとぎ話。


 それらは全て、生命を維持する上では不要なのかもしれないけど、僕にとっては食事と同じくらい大切なものだった。


「理解できませんね。全ての生物にとっての至上の悦びは、食物連鎖の頂点に立つこと以外にありえない。だからこそ、私は魔王になった」


 ジルコニアと戦った時にも思ったが、どうやら魔族には個体として最強になることにこだわりがあるらしい。


 個としていくら強くても、種として強くならなければ意味がないと思うのだが、それはヒト的な考え方なのだろうか。


 モンスターはともかく、魔族は一体一体が全て個性的なので、種で繁栄するという発想自体がないのか。


「頂点に立って、その後はどうするの?」


「さあ。それは、全てのヒトを滅ぼした後で、ゆっくりと考えることにしましょう」


 アルセは呟いて、片手を挙げる。


 湖の水がうねり、巨大な龍となって僕に襲い掛かる。


 お互いの小休止は終わり、決戦は再開された。


 撃って、かわして、防いで。


 隠れて、誘って、狙って。


 僕はただひたすらに戦い続ける。


 巡り巡って街を三周はしただろうか。


 力の限りを尽くしても、一行にアルセの力は衰える気配をみせなかった。


 それどころか、僕を取り巻く環境は、悪化の一途を辿っている。


「頑張れー!」


「いけー!」


 戒厳令が敷かれているにも関わらず、応援という名目の野次馬がそこかしこに増え始める。


 命が惜しくないのだろうか。


 正常性バイアスというやつなのかもしれないが、正直、僕には魔王よりも彼らの思考の方が理解できない。


 街の警備兵も見回りはしてくれているだろうが、全ての民衆と旅行客を押さえつけるのは不可能なことだ。


 結果、彼らを気にしながら戦わなければならなくなり、それがまた、僕にとっての負担となる。


「やはり、ヒトは愚かですね。常に自己中心的でありながら、事ある事に団結と平和を叫ぶ言行不一致。全く救いがたい」


「……」


「もはや反論もないようですね。まあよろしい。私の力はまだ当分は尽きませんよ? 今もこの街が殺している眷属たちの魂がある限り」


 アルセは余裕の表情で遠くを見遣る。


 今も街の外で防衛システムに虐殺されているスタンピードのモンスターたちの命が、とりもなおさずアルセの――魔王の力を回復しているようだ。


 どうやら、スタンピードは単なる僕たちを脱出させないための圧力ではなかったらしい。


 必死に戦闘を継続するが、ポーションにも限界があるし、敵の間断ない攻撃に、マナを補充する暇もなくなる。


「長期戦は不利だ。一気にしかけよう」


 再び、湖の上。


 このままではジリ貧だと判断した僕は、そう精霊に話しかけた。


 この場所なら、一般市民を巻き込む心配はない。


『おっしゃああああああ! ぶっころせええええええ!』


『おだやかな凪も、時には荒れ狂います』


『特大台風準備オッケー!』


『大地の怒りを見せる時』


 精霊魔法はもちろん、普通の魔法も総動員して、僕は最高の一撃を練る。


「よろしい。やってごらんなさい」


 それに呼応するように、アルセの身体の闇が膨んでいく。


 ブビャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン。


 衝突し合う二つの規格外が、超新星のごとく炸裂する。


 その余波は湖を一瞬で蒸発させ、僕とアルセを市街へと吹き飛ばした。


「すさまじい。さすがに私もしばらくは自由を失いそうです。やはり、仮初の身体は不自由だ」


 その絶大なる破壊力が、何とかアルセを地上に降ろすことに成功する。


「くっ……」


 だが、それが限界だった。


 ほとんど全ての力を失った僕に対して、アルセの手には、今も刻一刻と深い闇が収束していく。


 僕は、叩きつけられた建物の壁面から身を起こして、アルセと対峙する。


『やばい! さすがにやばいよ! 次でかいのが来たらもたない!』


 風の精霊が悲鳴に近い声で叫ぶ。


「もういいよ。ありがとう。みんな、一時的に契約を解こう。僕がやられたら、リロエに協力してあげて。そして、できれば最後まで仲間たちを守って欲しい」


 僕は精霊たちを自由にして、身体から遠ざける。


 逃げ場のない結界の中では、アルセに背中を向けることは無意味だ。


 で、あるならば、一分、一秒でも、僕はアルセを引き付けて、時間を稼ぐ。


 そう腹をくくる。


「ヒトにしては中々の強さでした。しかし、最強には程遠い」


 アルセの手から、放たれる闇。


 無数の弾丸が、容赦なく僕へと迫った。

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