第137話 評価

「はあ。もう。しょうがないわねえ」


 リロエがぽつりとそう呟き、みかねたように他のメンバーと一緒に僕の近くへと降りてくる。


「あの、大丈夫です! 僕の仲間です」


 臨戦態勢になった警備の人たちに向かって、僕は声を張り上げた。


 目は僕たちから離されないものの、構えが解かれる。


「うわー、本当に女の子ばっかりだー。みんなかわいいー。それで? どの娘がキミの彼女なの?」


 アルセがからかうように僕の肩を肘で小突いてくる。


「全員ですわ。嫁が五人に愛人が一人。ワタクシたちは皆、タクマの女です」


 ナージャが即答して、僕の右腕に抱き着いてくる。


「そうです! 今はハネムーンの最中なんです!」


 ミリアが僕の反対の腕を取った。


 いや、まあ、概ね事実なんだけど、政治がらみの色んな過程を省かれると、僕がすごいチャラいみたいく思われるから……。


「ヒュー! やるねえ! 俺もあやかりたいもんだ!」


 案の定、弓使いの男が、口笛を吹いてはやし立てる。


「うわー。ほんとにモテモテさんなんだねー――じゃあ、これはより一層、私が案内してあげなくちゃ! ハネムーンのお祝いってことで!」


 アルセは再びそう提案してきた。


 どうやら彼女には、押し売りたいほど親切心が溢れているらしい。


 おせっかいもまた勇者の特権か。


「僕としてはもちろんありがたいお話ですが……」


 僕はそこで仲間たちを横目で見る。


「よろしいじゃありませんの。せっかくのご厚意なのですし、お受けして差し上げれば」


 ナージャが慇懃に言う。


「他のみんなもいいの?」


 僕の問いかけに、ナージャ以外の全員も、一斉に頷く。


 みんな真顔なのがちょっと怖い。


「よかった! これで決まりだね!」


 アルセが手を打って、ひだまりのように破顔する。


 僕は何とも思わないが、きっとこの笑顔にコロっとまいってしまう人もいるんだろうな。


「勇者様、それでしたら、タクマ殿だけではなく、隠しダンジョンの攻略に参加する者たちの中から、希望者だけを募った予行演習という形にしては頂けませんでしょうか。なるべく、特定の方々を贔屓するのは避けたいのです」


 会長が勇者にそう頼み込む。


 イベントが増えれば、それだけ興行が盛り上がるという意図だろうか。


「もちろん、私はいいよ! キミたちもいいかな?」


 アルセは快く頷いて、僕たちをクリクリした瞳で見つめてくる。


「僕は構いません」


 僕は頷く。


 他の仲間たちも特に異存はなさそうだ。


「オッケー! じゃあ、また明日ねー! ――さっ! いっくよー! パン屋さんなのにスープの方がおいしいクロアおばさんのお店とか、剣を研ぐのが鍛冶屋さんより上手い床屋さんとか、みんなに見せたい所がたくさんあるんだ!」


 勇者が仲間を引き連れて、僕の横を通り過ぎて行く。


「お待ちくだされ勇者様! 後援会の広報誌のための取材を是非――。申し訳ありません、タクマ殿、本来ならば昼食会に戻らねばならぬところ、大変恐縮ですが、お先に失礼してもよろしいでしょうか」


 会長が忙しそうに、視線を僕とアルセの間で行ったり来たりさせる。


「承知致しました。皆様方も特に問題がなければ、ここで解散にしませんか。今から昼食会に戻っても、興冷めするだけでしょう。それよりも、勇者様を迎えられた感動を皆で共有したままお開きにした方が収まりが良いかと思います」


 僕はずらりと並んだお偉方にそう呼びかける。


 みんな勇者の方に意識が向いてるのが明らかな状況で、上っ面だけのやりとりをするのは、僕にもこの人たちにとっても、得にはならないだろう。


「タクマ殿は本当に思いやりのお人ですな。都長として、私はタクマ殿の意思を尊重致します。では、これにて失礼。……勇者殿! 是非、私の支援者との会合に出席して頂きたく――!」


 都長が勇者の後に金魚の糞のようについていく。


 僕は、残った気もそぞろな関係者の人たちともひとしきりの挨拶を交わし、公務を終えた。


 アルセの移動に合わせ、警備や沿道の人々も勇者を追いかけて、続々とこちらに押し寄せてくる。


 僕はそのまま仲間たちと共に空中に浮遊し、人混みから離脱した。


「ふう……疲れた。――さすがは勇者。すごい人気だね」


 僕はため息一つ、勇者を中心にできた、スタンピードのごとき地上の群衆を見遣った。


「そうですわね。結局男性は、ああいうあざとい女性に弱いんですのよね」


 ナージャがすねたように鼻をツンとそらして呟く。


「アルセさんの立ち振る舞いは演技だってこと? 僕にはそうは見えなかったけどなあ」


「演技なら尻軽ですし、演技でないなら天性の魔性の女ですわ。どちらにしろ、ああいう風に自然と男性の懐に入ってボディタッチをしてくる女は、有罪ギルティに違いありません」


 首を傾げる僕に、ナージャがそう断言する。


「むちゃくちゃな理屈だなあ……。でも、それを言ったら、ナージャも初対面の時、僕の頬にキスしてきたよね? あれはセーフなの?」


 僕は苦笑気味に尋ねた。


「あれはあくまで世話になった殿方に対する社交上の挨拶ですわ! それに、ワタクシは初対面のタクマの肩を抱き寄せて、いきなり仲間に誘うような不埒な真似は致しませんでしたわよ! あの女の距離の詰め方は、なんか、こう、とにかく、反則です!」


 ナージャが言語化できない苛立ちを表現するように唇を噛みしめる。


「私も分かります! かわいくて、かっこよくて、ピカピカで、なんか! ずるいです! ただのひがみですけど!」


 ミリアがナージャに賛同するように、何度も頷く。


「存在そのものが発情よね。常時尻の赤さを見せつけるている猿並にいやらしいわ」


 リロエはそう言って唇を尖らせる。


「日陰者の吾とは相容れぬ御仁でござる……」


 レンが伏し目がちに呟いた。


「――ドラゴンの鱗には毒がある」


 スノーはぼーっと雲を見つめながら言う。


 なんかみんなダウナーモードに入っちゃってるな。


 世界の勇者様はどうやら仲間たちには随分不評なようだ。


 女性としてはともかく、僕的には普通に親切ないい人にしか見えなかったんだけど。


「みんな。考えすぎじゃないかな。――ねえ、テルマもそう思うでしょ?」


「……ぶりっ子は全女性の敵」


 同意を求める僕の視線から、テルマが顔をそむけ、ぽつりと吐き捨てる。


 その一言に込められた冷たさに、思わず僕の背筋は、ぞわっと怖気おぞけ立つのだった。

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