第99話 帰還

 エルフの里から、マニスへの帰路はわずか10日の早旅となった。


 というのも、里からマニスに出向するエルフの人たちが、精霊魔法で飛行するついでに、僕たちのパーティメンバーも一緒に運んでくれたからである。


 渡鳥のごとく、合間合間に港町や島で休息は取ったものの、精霊が嵐や大雨などの天候不良はあらかじめ知らせてくれるので、大過ない快適な旅だった。


 本来なら豪華客船は、アルナジャーブから遠い別の大陸に停泊していたので、何回か小さな船を乗り継いでのめんどくさい旅になるはずだったが、おかげで旅費も時間もかなり節約できた。


 僕はそのお礼として、豪華客船のチケットを換金し、これからマニスで頑張っていくエルフの人たちに無利子・無担保・返済期限なしの生活資金として融資することにした。


 僕としては、節約できた分の旅費をそのまま彼らにあげても問題なかったのだが、エルフの人たちがみんな『これ以上使徒様にご迷惑をかける訳にはいかない』と固辞したので、貸与という形になった。


 それから一か月半。


 冬の寒気は和らぎ、マニスに潮風にも春の陽気が混じる季節になっていた。


 ダンジョンに潜るいつもの冒険者としての日常に回帰した僕たちは、今日もしかるべきミッションを終えて、自宅へと帰り着く。


「あー、お腹減ったぁ! 母様! ミソサラダパンと味噌汁ちょうだい!」


 リロエが、広間へと駆けこんでいく。


 彼女は初めて会った時の怯えた子猫のような姿が嘘のように、この一か月でマニスの街にも僕たちのパーティにもすっかり馴染んだ。


 小生意気だが、どこか憎めない感もある彼女は、みんなの妹分的な存在に落ち着きそうだ。


 もっとも、そう言うと本人は『ウチはあんたたちより年上なんだからね! 敬いなさいよ!』と頬を膨らませるだろうが。


「はいはい。順番よ。あと、手はちゃんと洗いなさい」


 キッチンスペースで作業していたイリスさんが、ひょいっと顔を出して、先に並んでいたエルフの三人を指す。


 イリスさんとリロエは、やはり僕の予期していた通り、僕たちの家に住むことになった。


 一階の角の空き室がイリスさんの部屋で、その隣がリロエの部屋になっている。


 リロエは普通に僕たちのパーティの一員として報酬を受け取っているのでそこから家賃に相当する額を支払っているが、イリスさんは下宿費の代わりに、屋敷の家事を買って出てくれた。


 僕たち(ナージャは除く)も一応、気が付いた時に掃除はしているが、細かい所までは手が回らないので、正直ありがたい。


 イリスさんは、日中はエルフの里からの出向者の諸々の相談に乗りつつ、その支援を。


 夜は精霊を使っての交信や、手紙を書いて、昔の知り合いと連絡を取り合っているようだ。


 詳しいことは聞いていないが、テルマによると、イリスさんは彼女自身の故郷だけではなく、他のエルフの里とも連絡を取って、いざという時にエルフという種族全体で助け合える体制を構築しようとしているらしい。


 もちろん合間に色んな家事もこなしている訳で、本当にいつ寝ているのかと疑いたくなるほどだ。


 そのバイタリティには頭が下がるが、仕事に真面目すぎるほど真面目な辺りは、やはりテルマのお母さんなんだなとどこか納得する。


「中々繁盛してますわね。この調子なら屋敷の維持費くらいは稼げるんじゃなくて?」


 ナージャはそう言って、中庭を見遣った。


 そこには、四人掛けのテーブル席が四セット。


 最大、十六人が飲食できるスペースを設置してある。


 八割方は埋まっており、それぞれが僕の開発した料理――味噌汁、ヤキトリパンetc……――を思い思いに楽しんでいた。


「そうだといいね」


 僕も釣られてそちらを見る。


 一か月ほど前から、日中に限り、僕たちは屋敷の広間と中庭を利用して、飲食店を出していた。


 僕としては、最初は店を出すつもりはなかったのだが、エルフの人たちは生真面目で、ちょっと収入が入ると、律儀にお金を返しにきてくれる。そしたら、まあ立ち話もなんだからということで、屋敷に招くことになり、よければお食事でも、という話になるに至って、エルフの人たちが、マニスで食べられる料理が少なくて困ってるという話を聞く。


 故郷でのんびりした暮らしをしていた頃なら自分たちで料理する余裕があったが、慣れない都市型の生活は忙しく、中々満足の行く食事を準備できないそうなのだ。


 そこで、僕が例の味噌と野菜のパンを出してみると、みんな感激して『これはおいしい! いつも食べられたらいいのに』という流れになる。


 イリスさん的にも、エルフの人たちが気楽に集まれる場所があった方が効率的に支援ができるということになり、とんとん拍子で開店が決定。今に至るという訳だ。


 ちなみに、この店は一応、紹介制となっている。


 気取るつもりはさらさらないけど、僕たちのホームで営業する防犯の都合上、誰も彼もウェルカムという訳にはいかないのだ。


 今の客層は、エルフか、冒険者ギルドの顔見知りか、後はミルト商会の人がたまに商談で使ったりもするといった感じだろうか。


 積極的に店の宣伝をしている訳でもないから、結果的に『知る人ぞ知る店』みたいな感じになっている。


「これだけ人気ですと、いずれ吾共の席がなくなりそうでござるな」


「ははは。そうしたら、みんなで海辺でピクニックでもする?」


 適当に雑談しながら、僕たちもそれぞれの食事を受け取って、広間のテーブル席についた。


 もちろん、実際は、イリスさんが僕たちの分の料理と席は別に確保してくれてあるので、追い出されるようなことは起こり得ない。


「ふう。それにしても、今日は36階層まで行けましたね! 新記録です!」


 ミリアがハーブティを一服して満足げに呟く。


「ふふん。今日もウチの弓と魔法が冴えわたってたでしょ!?」


 リロエは口の端にパン屑をつけながら鼻を鳴らした。


 里では戦闘員ではなかったが、彼女は精霊魔法が使えるし、弓の腕も中々のもので、かなり優秀な後衛だった。


 心配だったのはパーティ内での協調性だったが、リロエも一応、僕に仕える役目を里から任されたということを忘れていないからか、独断専行することはなく、ちゃんと指示に従ってくれている。


 まあ、イリスさんやテルマが彼女に陰で言い含めてくれているだけかもしれないけど。


「うんうん。今日も偉かったよ」


 僕は労いの意味を込めてリロエの頭を撫でる。


「だから子ども扱いしないで! ウチはもう立派に子どもが産める年齢なのよ!?」


 リロエはそう言って腰をくねらせるが、全く色気はない。


 なんとなく、手を叩くと揺れる花のおもちゃを思い出した。


「タクマさん! タクマさん! 私はどうですか!?」


「ミリアもすごく頑張ってるよね。またレベルが上がったし」


 ミリアが撫でて欲しそうに頭を突き出してきたので、そっちも撫でておいた。


 僕は『生きているだけで丸儲け』のおかげでふざけたステータスのあがり方をするのでつい麻痺しがちだが、一般的なヒーラーの感覚でいえば、ミリアの成長速度もかなり早い方だと思う。


「ふう。なでられたくらいで満足するなんて安上がりでよろしいですわね。でも、ワタクシはまだ全然満足できませんわ。40階層を超えると、高級な糸や染色の原料になるモンスターが出るんですのよ。それで、エルフの里で頂いたドレスに合う小物を仕立てたいんですの。今のワタクシたちの実力なら、45階層くらいまでは進出できるのではなくて?」


 ナージャはそう言って、上品にパンをちぎって口に運ぶ。


「うーん。まあ、実力的には不可能じゃないんだけどね。前衛のレンにかなり負担がかかっちゃうから」


 僕も今は前衛寄りの中衛として戦っているが、敵の察知能力に関してはレンの方が優れているため、どうしても彼女を最前線に出すことになってしまう。


 それが僕には気がかりだった。


「吾のことはお気に召されますな。死線をくぐらねば成長はありませぬ故」


 レンは涼しい顔で答えた。


「そう? じゃあ、しばらくは40階層到達を目標に頑張ってみようか」


 僕は改めて、今の仲間たちの強さを頭の中で思い浮かべながら呟いた。


 ミリアがレベル25、ナージャがレベル34、レンがレベル39、リロエはレベル25~40(精霊をどれだけ使役できるかで強さが変わる)。


 かくいう僕のレベルは――、あの死闘を経てまたかなり向上したようだ。


 テルマによるとレベル70前後じゃないかということだが、もはや比較対象がいないので測定不能らしい。


 冒険者ではなく、軍属の国の英雄レベルになれば、レベル70相当の人物もいるかもしれないが、そういう人たちの能力は国家機密で秘匿されているので、判然としないのだそうだ。


 ちなみ、僕がレベル70近くあることと、精霊魔法が使えることは公にしていない。


 前者は、やはりこの短期間でここまで成長するのはイレギュラーすぎて注目を集めすぎるのが問題だ。


 後者に至っては、人間が精霊魔法を使えること自体が前代未聞なので、下手するとめんどくさい宗教論争に巻き込まれ、僕を巡って戦争が起きる――というイリスさんのげんはさすがに冗談だと思うけど、それくらい大変なことらしい。


 だから、僕のギルドカードは敢えて更新せずに、レベル50前後のままで留めてあるし、精霊魔法の記載もしていない。


 一応、エルフの人たちにもその辺は口止めしてある。彼らは義理堅いので吹聴はしないだろう。


 とはいえ、僕はダンジョンでちょっとでも仲間が危ない状況にあると思ったら、躊躇なく精霊魔法を使っているので、ずっとは隠しておけないだろうな、と覚悟はしているのだけれど。

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