第53話 懸念
「ふう。今日の朝ごはんもおいしかったね」
ミルト商会での朝食を終えた僕たちは、ユニコーンの間で一息つく。
「ですわね。昨日の玉石の宴で出たお料理ほどではありませんけど」
「いいなー。私も行きたかったですー」
「色んな意味で行かない方がよかったと思うよ。結局僕たちも途中で出てきたから、料理を全部満喫できた訳ではないし」
羨ましそうに言うミリアに、僕は苦笑を返した。
「あら? その代わりおいしい思いはできたでしょう?」
ナージャが人差し指で自身の唇をなぞり、意味深に言う。
「……ノーコメントで」
僕はナージャから視線をそらした。
「むー、なんか、お二人、急に仲良しになってませんか?」
ミリアがジト目で僕とナージャを交互に見遣った。
「ふふん。男女の距離を縮めるのは時間ではなく、密度ですのよ?」
ナージャが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「――で、みんな、今日はどうする? やっぱりそれぞれ自由行動?」
これ以上掘るとヤバそうな話題だったので、僕は話題を転換する。
「いえ。ダンジョンに潜りますわよ」
「え、まさか、ナージャ、もうお金を使い切った?」
「今日一日遊び倒す分くらいは残っていますわよ! 少々気になることがあって、それを確かめるためにダンジョンに潜りたいんですの」
ナージャが視線を落とし、真剣な表情で呟く。
「気になることって?」
「確証を得るまではお話できませんわ。杞憂でしたら無実の方を貶めることになりますもの」
「わかった。じゃあ、受ける依頼はどうする?」
「銅ハリネズミの個体数が回復するまでにしばらく時間がかかるでしょうから、今日は10階層あたりまで足を伸ばして、鉄ハリネズミを狩りませんこと? ワタクシたちのレベルから言って、これでも十分余裕はありますし、作業の労力としてはさほど変わりませんでしょう」
鉄ハリネズミは、銅ハリネズミをワンランク上に進化させたようなモンスターである。
銅ハリネズミとの違いは、皮の部分が鉄になっていることと、表皮についた棘を弾丸として飛ばしてくるという攻撃手段が追加されているということくらいだ。
「僕は悪くない提案だと思う。ミリアもそれでいい?」
「はい! もちろんです!」
ミリアがコクコクと頷く。
「じゃあ、早速行こうか」
「少々お待ちになって。衆目のない内に、事前に準備していくものがございますわ」
「なに?」
「まずは、タクマ。今日は状態異常回復のポーションを多めに持っていってくださいまし。良いですわね?」
「なんだかよくわからないけどわかった」
僕はナージャの忠告に素直に従う。
いつもは、傷を癒すポーションと、マインドポーションと、状態異常回復のポーションを3対3対1くらいの配分で持っていくのだが、今日は2:2:3の割合に変更する。
「それで結構ですわ。後はワタクシの方で何とかします」
ナージャはそう言うと、部屋を出て、事務仕事をしていたシャーレにこそこそと話しかける。
二言、三言、会話を交わした後、商会の倉庫に向かったナージャは、針金や釘などの細々とした道具をピックアップして、ポーチにしまい込んだ。
わざわざ、紅茶とカップのセットを取り出して、スペースを空けてまでである。
その用意周到さに、どことなく僕は不穏なものを感じ取らざるを得ない。
でも、僕は敢えてナージャに何も問わなかった。
彼女には彼女なりの計画があるのだろうから。
仲間として信頼するとは、そういうことだ。
「お待たせしましたわね。さっ、参りましょう」
いつも通りの調子で呟くナージャと共に、僕たちは冒険者ギルドへと足を向ける。
「こんにちは。鉄ハリネズミ討伐の依頼を受けたいのですが。後、運び屋さんたちの手配も」
僕は冒険者ギルドにいたルカさんにそう申し出る。
「オッケー。今日か明日あたり来る思っていたわ。運び屋の人たちもお待ちかねよ」
ルカさんが手で示した先では、先日お世話になった運び屋の人たちがダンジョンの地図を囲んで談笑していた。
「また一緒に仕事させてもらって嬉しいっす! 今日もバリバリ稼がせてくださいっす!」
運び屋のリーダーが明るく握手を求めてきた。
「よろしくお願いします。今日は十階層なんで結構遠くで申し訳ないですけど」
僕はその手を握り返して、頭を下げた。
「任せてくださいっす! 深くなれば深くなるほど俺たちの腕の見せ所っすから! っつっても、俺たちの力じゃ、15階層くらいが限度っすけどね!」
リーダーは握りこぶしで彼自身の胸を叩いて、そう請け負う。
頼もしい。
「では、先に行っているので、後から回収お願いします。時間は、前の倍は余裕をみる感じで」
「了解っす!」
こうして手配を済ませた僕たちは、早速ダンジョンへと足を踏み入れた。
前に銅ハリネズミを狩りまくった影響が残っているのか、モンスターの数が少ない。
あっという間に五階層に辿り着き、僕たちは六階層に足を踏み入れた。
「タクマ。右の通路を曲がった先に屑鉄顎アリがおりますから、頭部を残す形で仕留めてくださる?」
「モンスターを避けずにわざわざ戦うんですか?」
「少々入用ですの」
首を傾げるミリアに、ナージャが頷く。
「そうなんだ――はっ! これでいい?」
僕は通路に一気に踏み込んで、出くわした屑鉄顎アリの胴体をハンドアックスで叩き潰し、ナージャに献上する。
「ご苦労様ですわ」
ナージャは、受け取った屑鉄顎アリの頭部を地中に埋め込んで隠し、器用に針金を組み合わせて、トラバサミのような罠を仕掛けた。
「……なにやってるの?」
「見れば分かるでしょう。トラップですわ」
「それは分かるよ。念のため確認するけど、運び屋さんとか他の冒険者の人たちに対しては発動しないよね?」
「心配なさらなくても、ワタクシが起動させない限り、トラップは発動しませんわ」
ナージャは針金の端を壁に埋め込みながら言った。
「ならいいけど。逆に1~5階層には何も仕掛けなくていいの?」
「5階層より上は、常に兵士が巡回しておりますから。必要ありませんわ」
ナージャは核心的なことは言わなかったが、それでもここまでやられればさすがに察する。
彼女は、僕たちを害する何かを警戒しているのだ。
ナージャの緊迫感が僕たちにも伝播して、どことなく厳かな雰囲気で攻略は進む。
壁や床がさらに固くなったこと以外は、6階層以降と、5階層で大差はない。
結局、10階層のちょうどいい狩場に辿りつくまで、ナージャはそれぞれの階でいくつものトラップを設置して回った。
「ふう。まあ、ここまで対策をすれば問題ないでしょう」
ナージャが手の汚れを払い、小さく息を吐き出す。
「じゃあ、僕も狩りの準備するね」
僕は材料用の鉄ハリネズミを数体仕留めてから、モンスターを誘い込む陣地の構築を始めた。
基本的には、前に銅ハリネズミに対して構築したのと同じような、水と壁を利用したものだ。
違いはと言えば、今度の鉄ハリネズミは棘を飛ばしてくるので、防御用に壁を僕たちの身長を超えるほど高くして、錬金学で強化してあることくらいだろうか。
もちろん、壁には目視+ライトニングボルト発射する用の穴をいくつか配置してある。
「いくよ」
リュートを鳴らす。
前よりは敵が強いこともあり、音はちょっと控えめだ。
集まってくる5階層の上位互換のようなモンスターたちを淡々と狩っていく。
初めはナージャの警戒している『何か』に緊張していた僕だったが、特に何のトラブルもなく、仕事は進んでいった。
「おつかれっすー! 今日も大量っすね!」
3往復目に入った運び屋のリーダーがほくほく顔で言う。
「皆さんのおかげです。では、次で最後でお願いします」
「了解っすー」
大量のモンスターを引き取って、運び屋さんたちが去って行く。
「タクマさん。タクマさん。今日も大漁でしたね!」
「うん。これだけ簡単に稼げると、マニスに戻った時のギャップが怖いかも」
僕は頷いた。
5階層よりは距離があるので、冒険者ギルドに納入できるモンスターの数は5階層よりは少ないが、単価がこちらの方が高い。おそらく、前の1・5~1・7倍くらいの収入にはなるんじゃないだろうか。
「……ふう。やはりワタクシの気のせいでしたのね」
ナージャがそう独り言を呟く。
「じゃあ、もう一息頑張ろうか」
僕はリュートを鳴らす。
「右が20体、左が25体ですわね」
「わかった――ライトニングボルト」
集まってきたモンスターの数を報告するナージャに、僕は頷いた。
引き付けて、引き付けて、雷撃を放つ。
やがて静まり返るダンジョン。
穴から外を覗けば、モンスターたちの死体は水底に沈みきっている。
「これで今日のお仕事は終わりですか?」
ミリアが首を傾げる。
「うん。じゃあ、運び屋の人たちが戻ってくる前にさっさと掃除を済ませちゃおうか」
僕はまずは左方の壁を解体しようと手を伸ばした。
「そうですわ――タクマ! 離れなさい!」
頷きかけたナージャが切羽つまった声で叫んだ。
「えっ!?」
スパ。スパ。スパ。スパ。
僕が一歩身を引いたその瞬間、壁がサイコロステーキの如くバラバラになる。
ガキン!
と、金属質な音が重なり合った。
「くっ。このワタクシがここまで接近に気が付かないなんて! モンスターの群れ《デスパレード》の間に紛れ込んで気配を消すなんて、正気の沙汰じゃありませんわ!」
「恨みはござらぬが、タクマ殿とナージャ嬢。お命頂戴つかまつる」
厳かに言って、ナージャのサーベルと双剣で対峙する獣人の少女。
その姿に僕は見覚えがあった。
(前に5階層で、クロービに付き添っていた娘だ!)
あの時は、姿形を隠す黒いローブを纏っていたが、今は身軽さを重視した、身体にぴったりと張り付くタイプの服を着ている。見た目だけでいえば地球でいうところのスパッツに似ているが、多分、そんな
先ほどまで汚水に潜んでいたのか、全身はぐっしょりと濡れている。
腕と太ももは露出しており、身体のあちこちに刺し傷、切り傷を作って血を流しながらも、その攻撃速度は全く鈍ることがない。
(面子を潰されたクロービが復讐のために放った刺客か……)
僕は一瞬でナージャが恐れていたものの正体を把握する。
温度のない冷静な殺意をこちらに向けてくる少女に、僕は額から冷や汗が垂れてくるのを感じた。
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