第18話 一歩一歩
ダンジョン6階層。
湿気のこもった
松明の光に照り返されて、涎にまみれた牙が不気味に光る。
対する僕の装備は、鎖帷子に鉄製のヘルム。左手には松明とバックラー。さらにはちょっと奮発したアダマンタイト製の腕甲も装備している。右手には平均的なロングソード。武器は消耗品なので、同じ工房が作った量産品(型に流し込んで作るような奴)を使っている。
一か月前に新調した装備もだいぶ身体に馴染んできた。
グルル、と唸り、威嚇してくるラージハウンド。
僕は地面を蹴り上げた。
舞う土くれ。
「ウインド」
僕は風魔法を発動する。
一迅の風が、土くれをラージハウンドの目に運ぶ。
グアアアアアアアアアア!
鬱陶しそうに、首を左右に動かしながら、ラージハウンドがこちらに突っ込んでくる。
僕は手の平サイズの石を拾い上げた。
「ウインド」
全力投球に風魔法の加速度を乗せる。
グチャ、と嫌な音を立てて、石礫がラージハウンドの右前足を粉砕した。
中途半端な格好と突進力で飛び掛かってくるソレ。
本来の半分の実力も発揮できていない敵を躊躇なく切り払う。
胴体ごと両断された『モンスターだったモノ』から、僕は商品価値の高い牙を回収する。
肉も一応食べられるが、ゲテモノ扱いなので、依頼でもなければ解体する価値はない。
先に進む。
大広間。
「グゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!」
その先で勝ち誇ったように笑うのは、僕の身長の1.5倍くらいあるホブゴブリン。
普通は大きくても僕の身長サイズだから、かなりの大型だ。
兜も鎧もフル装備で、右手に斧。左手に槍。いずれも手入れが不十分な感はあるが、上質な感じだ。
ホブゴブリンは、周りに何十体もの通常サイズのゴブリンを従えている。
配下にも銅製や鉄製の武器を装備している個体が多く、装備の質がいい。
おそらく冒険者から奪ったのだろう。
だとすれば、かなり戦闘経験豊富な一団らしい。
「キャキャキャキャ」
後ろから鳴き声じみた嘲笑。
挟まれた。
(なるほど。さっきのラージハウンドはホブゴブリンが調教し、使役していたということか)
僕がラージハウンドと戦闘している間に、指揮官のホブゴブリンはゴブリンの分隊を背後に移動させていたらしい。
(弓兵はいない、か)
僕は後ろの分隊を一瞥し、確認する。
隘路では前衛が邪魔になるため、飛び道具は使いにくい。
逆にいえば、前方の広間では有効であり、無数のゴブリンの弓兵が僕を狙っている。
「ソイル」
僕は瞬時に、広間側への進路に土壁を生成する。
ブス、ブス、ブス、ブス、ブス、と。
無数の矢音が土壁に刺さる音が聞こえる。
「キエエエエエエエエエ!」
後ろから小走りの足音が近づいてくる。
振り返る。
ゴブリンの分隊たちは何もできないまま、僕が作った落とし穴へと落下していく。
咄嗟に『ソイル』の魔法で掘った穴だ。
もちろん残土は、僕の目の前にある土壁へと化けている。
「ギャザーウォーター」
空気中に生成した水球を凍らせ、尖らせる。
巨大な氷柱が落とし穴を回避した、数体のゴブリンを貫いた。
「ソイル」
僕は土壁を解体すると同時に落とし穴を埋める。
さらに、後方へ跳び、広間から距離を取った。
「グゲエエエエエエエエエエエエエエエ!」
ホブゴブリンが『行け』とでも言うかのように手を振る。
配下のゴブリンたちが一斉にこちらに押し寄せてきた。
「エクスプロージョン」
前方に一発。
それだけでホブゴブリンは大半の部下を失う。
断末魔の悲鳴を上げる暇も与えない。
「エクスプロージョン」
すかさずもう一発。
これで雑魚は片付いた。
「ヒギャアアアアアアアアアアアアアア!」
両腕を振り回し、怒り狂ったように僕に迫る。
「ライトニングボルト」
冷静に一撃。
「ギャ、ギャ、ギャ、ギャ、ギャ」
雷撃を受けたホブゴブリンが全身を痙攣させる。
その肉体が麻痺している間に、僕は遠距離からひたすら石礫をホブゴブリンに投げつけ続けた。
顔を潰し、手を潰し、足を砕き、完全に抵抗力を奪ってから、一気に距離を詰める。
顔に普通に一突き。
『突』。
さらにスキルで一突き。
二回の攻撃は完全にホブゴブリンの脳を刺し貫き破壊する。
ズッ。
ロングソードを引き抜くと、茶色く薄汚れた血が、脳髄と一緒に流れ出てくる。
ゴブリンはモンスターの中でも、冒険者にかなり嫌われている部類だ。
徒党を組み、こずるい戦術を駆使してくるので厄介な割に、その肉体自体はどこにも利用価値がない。
ただし、今回のように良い装備を持っている場合は、例外だった。
重い鎧以外の、高そうな装備を回収する。
そのまま縦に、革のバックパック(僕がこちらの世界に持ち込んだナップサックよりかなり容量が大きい)に収納した。
金銭的な価値がないようなものでも、かさばらず、故人の識別に役立ちそうなアクセサリは持っていく。
冒険者の安否に繋がる情報を持ち帰ると冒険者ギルドから報奨金が出るのだ。
といっても、それは一食分の代金になるかどうかといった程度の金額なので、まあ実質ボランティアみたいなものだけど。
(かなりでかい個体みたいだし、一応、討伐の証拠も持って帰るか)
リーダーのホブゴブリンの頭を首から切り離し、耳と耳の間に紐を通して腰からぶら下げる。
エグ過ぎてはじめは面食らったけれど、モンスターの死骸を回収するミッションは多いので今は慣れた。
(ふう。今日はここまでかな)
十分な戦果を実感し、僕はダンジョンを後にする。
まだまだ余裕はあるが、無理をしないのが僕の方針だ。
今日も、命を保ったまま、ダンジョンを出ることができた。
「おっ! タクマ。今日も愛しのハーフエルフっ娘の所に求愛か?」
「そうですよー。彼女生首を持ってくと喜んでくれるんで」
「いい武器を見つけたでアルね。売ってかないカ?」
「その最高級ポーションと交換なら」
ダンジョンの周りにたむろしている人たちからの軽口に、軽口で返していく。
先日グースを倒した一件で多少は名が売れたのか、段々と冒険者界隈の顔なじみもできてきた。
酒場にでも行けばもっと交友関係が広がるのかもしれないけど、僕が「夜の街に出かける」と言うと、テルマさんがとても寂しそうな顔をするので、踏み切れず、今の所、そこまで親しい人はいない。
だから、僕は結局寄り道せずに、冒険者ギルドの扉を叩いた。
「テルマ。ただいま」
「お帰り。どうだった?」
「はい。これ、依頼のラージハウンドの牙5本」
僕はバックパックをカウンターに降ろし、ポケットから牙を取り出した。
「確かに受け取った。――それは?」
テルマさんがバックパックから突き出た槍と斧を見て尋ねてくる。
「倒したホブゴブリンたちから回収してきたんだけど、いつもみたいにシャーレの方に回しておいてくれるかな?」
「分かった。鑑定含む手数料はいつもと同じで話を通しておく」
僕が差し出した武器を受け取り、テルマさんが頷く。
「後、これがホブゴブリンにやられたっぽい犠牲者の遺品。で、こいつが犯人」
僕はホブゴブリンの頭皮を掴んで、テルマさんに見せる。
「……その右半分のかけた牙。それ、多分、金貨5枚の賞金首。『
遺品を受け取りながら、ホブゴブリンの顔をしげしげと観察した後、テルマさんは呟いた。
「そうなんだ。ラッキーだったよ。……もし遺品の持ち主が判明したら、その分の報奨金はそれぞれの宗旨に従って弔いに使って欲しい」
これも慣例みたいなものだった。
冒険者同士の関係はドライだけれど、それでも全く連帯意識がないという訳ではないらしい。
もちろん、自分で報奨金を受け取っても建前上は文句は言われないが、周りから冷たい人間だと思われるのは避けられない。
食事一回分のはした金で評判を失うのは馬鹿らしい、と多くの冒険者は考えるようだ。
まあ、たとえそういう事情がなかったとしても、僕としても死者には線香の一本を上げるくらいはしてあげたいと思うし、いい風習だと思う。
「わかった。じゃあ、奥でギルドカードの更新、する?」
「うん」
個室に移り、もはやお馴染みになった儀式をする。
タクマ=サトウ
レベル30
力:30 器用さ:30 丈夫さ:30 素早さ:30 精神力:30 魔力:30
「やっぱり、だいぶ成長速度が落ちてるね」
ここ最近は、前のグース討伐みたいな劇的な経験はしてないからか、爆発的なステータスの伸びはなかった。
「それでも、異様な成長速度。普通の人がレベル28からステータスをここまで上げようと思ったら、能力ギリギリの厳しい戦闘を一年は経験しなければならない」
「だよね。慢心しないように気を付けるよ。今はとりあえず、信仰を溜めないと」
今の僕は、ステータス上の能力と、獲得してるスキルが釣り合ってない状態だ。
レベルだけでいえばもっと下層に潜ってもいいのだが、僕は安全策を取り、スキルをしっかり習得してから挑むつもりでいる。
「武技の方は確かに8階層にいけるかいけないかの所。でも、魔法の方は、もう十分にタクマのレベルに見合ったスキルがある」
テルマさんの言う通り、僕のスキル習得の具合にはばらつきがあった。
やはり、『生きているだけ丸儲け』の効果が及ばない闘神オルデンのスキルは中々習得できなかった。
一か月経ってようやく身に着けたのは
・『横払い』
という説明するまでもない初心者レベルのスキル一つだけだ。
もっとも、今日は大物を倒したから、今神殿に行けば、もう一つくらいなら何か習得できるかもしれないけど。
一方、魔法の方は、新たに中級魔法相当の『魔力身体強化』を得た。文字通り、魔力を身体に充填して、その能力を高めるスキルである。
これの良いところは、詠唱を必要としない点だ。身体の中の魔力の流れを意識するだけで発動することができる。
といっても、中々調整が難しいのだが、慣れてくると非常に便利だった。
例えば、石を投げつける時だけ一瞬全身の筋力を強化するとか、魔力を効率的に戦闘に運用できる。
「そうだね。でも、今の所、前衛も後衛も全部僕一人でこなしている状況だから、低い方に合わせるしかないよ」
グース捕縛の功績と、地道にミッションをこなしたおかげで、僕の冒険者ランクはすでにCになっている。
受けようと思えばもうちょっと難しいミッションも受けられるのだが、僕は自重してDランク程度の依頼をこなすに留めていた。
「それがいい。命は一つしかない」
テルマさんがこくこくと頷く。
「うん。パーティでも組めれば違うんだろうけど」
一般的に、冒険者は同じ担当官を持つ者同士で組むことが多い。
それは担当官が自分の価値観に基づいて冒険者を選別しているために、相性のいい人間が集まるからだ。
もちろん、熟練冒険者になれば人間関係が広がって、そういう垣根を越えるのも簡単になるらしいけど、今の僕にはないものねだりだ。
「そのパーティのことについて、タクマに話がある。この後、時間大丈夫?」
「オルデンの神殿で日課の武技の訓練をつけてもらう予定だけど、しばらくなら問題ないよ。どうしたの?」
「実は、新しく一人の冒険者を担当することになった。もしよければ、顔合わせして欲しい」
テルマさんは神妙な顔で言った。
実質僕しかいないテルマさんの担当者が増えるのは、素直に嬉しいことだ。
まずなによりテルマさんの収入が増えるし、もし僕とパーティを組んでもらえれば、受けられる依頼の幅が広がるのだから。
「へえ、それはおめでたいね! もちろん喜んで会わせてもらうよ!」
僕は二つ返事で承諾する。
「じゃあ、早速、二人でその子の家に向かう」
そういうことになった。
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