容疑者・エーン

「違います! そんな、強盗だなんて……私、やってません!」


「強盗だって……?」


 半泣きになっているエーンの口から飛び出した物騒なその言葉に、眉をひそめて呟きをもらすユーゴ。

 必死になって潔白を訴える彼女であったが、その視線の先にいる警備隊の制服を纏った男たちは、聞く耳を持っていない様子だった。


「嘘を言うな。ここ最近、この近辺で通行人を狙った強盗事件が多発している。しかも、その中の何件かにはお前の目撃証言が出ているんだぞ?」


「早く罪を認めた方がお前のためになると思うがな。本当はやったんだろう?」


「やってません! 私、そんなことしてないです!」


「なら、事件が起きた時間は何をしていたか教えてもらおうか? アリバイを証明できる人間がいるかどうかも含めてな」


「そんなの……深夜なんだから家で寝ていたに決まってるじゃないですか! 私は一人暮らしだし、アリバイを証明してくれる人なんて、いるわけが……!」


「そら見たことか。やはりお前が犯人なんだろう!?」


 かなり強い口調でエーンを責め立てる警備隊員たちは、完全に彼女を犯人として決めつけてかかっているようだ。

 目撃証言があるからこそ、あの態度なのだろうが……エーンの友人であるメルトには、彼らが彼女を犯人だと決めつけていることが我慢ならなかったらしい。


「ちょっと待ってよ! そんなふうにエーンが犯人だって決めつけるだなんて、おかしいでしょ!?」


「あっ、メルト!!」


「うん? なんだ、お前たちは……?」


 白熱する言い争いに割って入ったメルトへと、警備隊員たちが怪訝な表情を向ける。

 憤慨している彼女は、そのまま隊員たちに食って掛かっていった。


「エーンは真面目に働いてる普通の女の子だよ! それをこんなふうに犯人だって決めつけて、責め立てて……ひどいと思わないの!?」


「メルト……!」


 自分を庇って警備隊員たちに文句を言ってくれたメルトの行動に、エーンは感動したように声を詰まらせていた。

 しかし、警備隊員たちはというと、そんな彼女の言葉をふんっ、と鼻を鳴らして一蹴してしまう。


「その制服、ルミナス学園の生徒のようだが……部外者は黙っていてもらおうか。これは大人の、そしてプロの仕事なんだからな」


 二人組の警備隊員の内、歳も階級も上だと思われる中年の男性がメルトを馬鹿にしたように言う。

 なおも彼に食ってかかろうとしたメルトであったが、それを遮るようにして喫茶店のマスターが話に割って入った。


「ロンメロさん、だったよな? 悪いが、俺もエーンが犯人だとは思えない。こいつは朝早くから開店準備を手伝ってくれて、閉店後もきっちり掃除をしてから帰る真面目な子だ。があるからといって、この子を犯人だと決めつけるのは止めてもらおうか」


 屈強かつ強面のマスターに睨まれながらそう抗議されたことで、多少は警備隊員たちも怯んだようだ。

 しかし、それでもロンメロと呼ばれた中年男性の方は強硬な姿勢を崩さずにいた。


「それでもだ! こいつが現時点で最有力の容疑者であることは間違いない! 本格的な取り調べをするためにも、身柄を拘束させてもらおうか!」


「そんなのおかしいよ! それに、あなたたちがエーンを捕まえたら、今みたいに罪を認めるまで追い詰め続けるに決まってる! 無理矢理自白に追い込まれることがわかってるのに、エーンを引き渡せるわけないじゃない!」


「お嬢ちゃんの言う通りだ。エーンを預かる身として、こいつをあんたらに引き渡すわけにはいかないな」


 エーンを拘束しようとするロンメロたちと、エーンを守ろうとするメルトたち。双方共に退く気配はなく、相手と睨み合い続けている。

 そんな状況の中で、完全に話し合いに参加するタイミングを見失っていたユーゴが疎外感を感じていると、その背後からまた新たな人物の声が響いてきた。


「そこまでにしておいたらどうです、ロンメロさん。流石にあんた、ちょっと強引過ぎだ」


「んん? お前は……!?」


 自分の背後から聞こえてきた声にビクッと反応したユーゴが振り返れば、そこには少しだらしない雰囲気こそあるものの、にじみ出る人の良さを感じられる中年の男性が立っていた。

 その声に聞き覚えがあるなと思うユーゴの前で、名前を呼ばれたロンメロが苦々し気な声を漏らす。


「ジンバか。何のつもりだ? 犯罪者を庇うつもりか?」


「今はまだ、その子が犯罪者かどうかはまだわからない状況です。決定的な証拠もない以上、強引に身柄を抑えるわけにもいかない。ここは一旦退くべきだと思いますがね?」


「ちっ……! おい、帰るぞ。絶対にお前がクロだという証拠を上げてみせるからな」


 ジンバという名のこの男性の登場によって気勢を削がれたロンメロは、舌を鳴らした後でエーンへと捨て台詞を残し、去っていった。

 どうにかこの場は丸く(?)収まったと、何もしてはいないが妙に疲れたユーゴが安どのため息を漏らす中、ジンバがそのユーゴへと声をかけてくる。


「まさか、こんなところで再会するとはな。今回も妙な事件に巻き込まれたみたいだな、ブラスタの少年」


「うん? ん~……? ああっ!!」


 どうやら自分のことを知っているようだと、それもブラスタを使うことを知っているということは、自分が入り込む前のユーゴの知り合いではないと判断したユーゴは、このジンバという男性の正体を探り……唐突にそれを思い出した。


「あんた! スカルの事件の時に一緒に戦った警備隊の……!」


「覚えていてくれたか。妙な話だが、俺たちにはどこか縁があるらしいな」


 警備隊の制服を着ていたあの時と出で立ちが違うからすぐには気が付かなかったが、ジンバはブルゴーレムとの戦いの際に共闘した警備隊の隊長だ。

 エーンのことも含め、色んな情報が一気に押し寄せてきて混乱するユーゴの反応に理解を示すように笑った彼は、この場に集った一同へと声をかけた。


「どうやら色々と面倒なことになっているようだ。話を整理するためにも、少し話し合うとしよう」

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