巻き込まれて、決闘

「俺はな、授業が始まるまでに強さに磨きをかけておかなくちゃならないんだよ! ちょっと素材を前借りするくらいいいだろうが! 融通を利かせろよ!」


「工業科に仕事を依頼する時は必要な素材と報酬を用意すること、それがこのルミナス学園のルールだ。それに、そんな特例を認めたら他の奴らにも同じことをしなくちゃならなくなる。許せるわけないだろう」


「とかなんとか言って、本当は報酬を吊り上げようとしてるだけなんじゃないのか!? たかだか魔道具一つ作るだけでこんなに素材が必要になるだなんて、おかしいだろ!?」


「なんだと……!? 実際に作ったこともない癖に、ふざけたこと言ってんじゃねえ!」


「……な、なんか、すごくヒートアップしてない? マズい気しかしないんだけど……?」


 お互いにどちらも退かない様子のヘックスと男子生徒の言い争いは加熱していくばかりだ。

 遂には我慢の限界を迎えたヘックスは、腰にマウントしている手斧を掴むと、それを振り上げて男子生徒を威嚇し始める。


「もう我慢ならねえ! 今すぐに俺の仕事を受けろ! そうしないとタダじゃおかねえぞ!?」


「お前、やるってのか!? そっちがなら、こっちだって考えがあるぞ!!」


「わー! ちょっと待てよ! そんなことでキレてもしょうがねえだろ? 落ち着けって、なっ!?」


 流石にこれはマズい。不穏な気配を察したユーゴがヘックスを止めに入る。

 その声に反応したヘックスがギラついた視線を向けてくる中、ユーゴは彼を宥めるような口調で語り掛けていった。


「詳しい事情はわからねえけど、ルールはルールだろ? なら、守んなきゃダメじゃねえか。暴れたってどうにもならないどころか出禁食らうだけだし、落ち着けよ」


「これが落ち着いてなんかいられるか! こっちは十分な素材を渡してるんだ! それで仕事を受けないってのは詐欺だろ!?」


「……って言ってるけど、どうなんだ?」


「作る側の俺が足りないって言ってるんだ、足りないんだよ。何度説明したってわからない間抜けには理解できないんだろうけどな」


「てんめぇ……っ!!」


「わーわーわー! 落ち着け! 落ち着けって!! お前も煽るようなこと言うんじゃねえよ!」


 ヘックスと男子生徒の言い争いはユーゴが間に入っても落ち着く気配はない。

 双方に頑固というか、引くことを知らない性格をしているせいか、このままでは乱闘が始まりかねないとひやひやしながらユーゴが仲裁を行う中、アンヘルがこんな提案をしてきた。


「わかった、こうしよう。ヘックス、あんたはこのユーゴと決闘をしな。あんたが勝ったら、アタシが魔道具の制作依頼を受けてやる。負けた場合は大人しく引き下がること、それでどうだい?」


「あぁ……? お前が、俺の魔道具を?」


「おっと、女だからって舐めんじゃねえぞ? こちとらもう五年以上はこの工房で仕事してるんだ、あんたが望むモンを用意できるだけの腕はあるよ」


「……俺は別に構わねえ。だが、こいつはそれでいいのか?」


 このまま言い争いを続けていても、話が前に進むこともないだろう。

 代替案として出されたアンヘルの条件を飲むことに前向きな姿勢を見せるヘックスであったが、気になるのは決闘相手のユーゴのことだ。


 この勝負、勝っても負けてもユーゴに得は無い。負けたからって何かを失うわけではないが、勝ったからといって同じく何かを得られるわけでもないのだ。

 骨折り損のくたびれ儲けにしかならない、むしろ巻き込まれ損としか思えない状況ではあるが、当のユーゴは特に気にもせずにあっけらかんとした様子でこう答える。


「いいさ、別に。俺が戦えば、お前が暴れなくて済むんだろ? だったら意味があるじゃねえか。やろうぜ、決闘。お前の苛立ちとかムカつき、俺が全部受け止めてやるよ」


「……変な奴だな、お前。そんな理由で戦うキャラじゃなかっただろうによ」


「色々あって性格が変わったんだよ。んで、どこで戦えばいいんだ?」


「決まりだね……工房の奥に魔道具の試用スペースがあるから、そこでやってくれ。十分な広さと頑丈さはあるから、遠慮はいらないよ」


 双方が合意したことを確かめたアンヘルが工房の奥を指差しながら言う。

 先んじてそちらへと向かったヘックスの後に続きながら、ユーゴはフィーとメルトと話をしていった。


「な、なんか、妙なことになっちゃったね……兄さんって、行く先々でトラブルに巻き込まれてない?」


「まあ、そう言うなって。これもヒーローの宿命ってやつさ。人助けができるなら、それで良しとしようぜ」 


「お人好しっていうか、楽観的っていうか……そこがユーゴの良いところだってことはわかってるけどさ……」


 ブラスタの強化について相談をしに来たら工業科の生徒たちから散々に罵倒されて、何故だかこの件とは全く関係ない生徒と決闘に臨もうとしている。

 確かにこう書くと意味がわからないし、上手いこと利用されている感が否めない。


 だが、そんな状況でも自分が戦うことで助かる誰かがいるならと人助けに前向きなユーゴの様子に二人が不安を抱く中、決闘を提案したアンヘルが言う。


「悪いな、ユーゴ。ただ、この決闘はあんたの実力とブラスタの性能を見るいい機会だ。魔道具の改良に役立てるつもりだから、大変だろうが頑張ってくれ」


「おう、了解だ。んじゃまあ、久々にタイマン張らせてもらうとしますかね!」


 準備運動をしてから決闘場……もとい、魔道具の試用スペースに足を踏み入れるユーゴ。

 一足先に待っていたヘックスが斧を構える様子を見ながら呼吸を整えた彼は、おなじみの台詞と共にブラスタを展開した。


「変……身っ!!」


 紅の輝きが弾けると共に、黒い鎧を纏ったユーゴが姿を現す。

 双方が闘いの準備を整えたことを見て取ったアンヘルは、スペースの外から大声で決闘の開始を宣言した。


「では、決闘……開始っ!!」

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