怪物を追え!
「魔鎧獣、だって……?」
怯えるミナの口から出た、聞き慣れない単語に顔をしかめながらその言葉を繰り返すユーゴ。
いったい魔鎧獣とは何なのかと彼女に尋ねようとしたその時、黙って様子を見守っていたメルトが口を開いた。
「ユーゴ、ここで話し続けるのは危ないよ。こんなに真っ暗な場所じゃあミナちゃんも安心できないし、さっきのマルコスって人にも情報共有しておいた方がいいだろうから、一度機関車に戻ろう? それで、情報を整理しようよ」
「……ああ、そうだな。その方がいい。ミナちゃん、悪いけどちょっとだけ移動するね。お兄ちゃんに掴まれるかな?」
「うん……」
メルトの意見に同意したユーゴがミナにそう言えば、彼女は縋るように抱き着いてきた。
ほんの少し前に起きた恐ろしい出来事を思い返して怯える幼子の様子を痛ましく思いながらマルコスたちが調査している汽車に戻ったユーゴが座席にミナを座らせて一息ついたところで、メルトが声をかけてくる。
「ユーゴ、これを見て」
「うん……? 随分と太くてねばねばしてるけど、こいつはなんなんだ?」
「ミナちゃんの体に付いてた物だよ。多分だけど、蜘蛛の糸だと思う」
「蜘蛛の糸!? こんな馬鹿デカい糸を吐ける蜘蛛がいるってのかよ!?」
粘っこく、そして伸縮性がある白い綿のような物体を手に取ったユーゴが正直な感想を口にすれば、メルトが信じ難い答えを返してきた。
この物体が、糸というよりかは大人用のマフラーか何かのようなサイズを誇るこれが蜘蛛の糸だという彼女の言葉に驚くユーゴに対して、真剣な表情を浮かべたメルトが言う。
「蜘蛛じゃない、魔鎧獣だよ。死した魔物の魂が、他の魔物に憑りつくことで生まれる怪物……魔物を鎧として纏う害獣だから魔鎧獣。わかりやすいでしょ?」
「つまり……二体の魔物の力が合体して誕生した怪物、ってことか?」
こくん、とユーゴの言葉に頷くメルト。
魔法がある世界なのだ、魔物と呼ばれるモンスターたちも存在しているだろうとは思っていたが、まさか特撮の敵役じみた怪物までいるだなんて……と驚いたユーゴが唖然とする中、いつの間にか手下を引き連れて戻ってきていたマルコスが口を開く。
「なんだ、本当に生存者を見つけたのか。まあ、そんなことはどうでもいい。お前たちも話していたようだが、これは魔鎧獣絡みの事件だ。私の部下が見つけた痕跡から考察するに、これはオオグモの力を宿したゴブリンの仕業だろうな」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「如何に蜘蛛の糸を使おうと、たった一体の魔鎧獣だけでこの機関車の乗客たち全員を攫うことなどできまい。つまり実行犯は群れでこの機関車を襲った。この周辺に生息する魔物の中で群れで狩りをするといえばゴブリンだ。奴らは暗所に潜み、このトンネル内に罠を張って獲物を待ち伏せ、乗客を連れ去った。この流れが自然だろう」
なるほど、と素直にマルコスの考察に感心したユーゴが合点がいったというような表情を浮かべる。
その反応にご満悦気味のマルコスは鼻を鳴らすと、更に得意気になって話を続けた。
「魔鎧獣の目的は食料と苗床の調達だろう。奴らは今、連れ去った人々を住処に運んでいる最中だ。そして巣に戻ったら、お楽しみの始まりと――」
「おい、そこまでにしろよ。母親を連れ去られた子供の目の前でする話じゃねえだろ」
調子に乗って余計なことを言おうとしたマルコスへと、ユーゴの鋭い制止の声が飛ぶ。
その言葉と、不安そうにこちらを見つめているミナの顔を順番に目にしたマルコスは、流石にバツが悪くなったのか押し黙ってしまった。
「ねえ、今の話が間違いじゃないとしたら、急いで魔鎧獣を追わなきゃ連れ去られた人たちが危ないってことだよね? どうにかしないと……!」
「どうにかしないとと言われてもどうしようもないだろう。私の部下たちが車内を調べたが、痕跡らしい痕跡はこの糸しかなかった。魔鎧獣の追跡は不可能だ。乗客たちの命は諦めるしかないだろうな」
「そんな……!」
ミナを気遣って小声で話をしていたメルトが、マルコスの無慈悲な意見に言葉を失う。
自分たちには何もできないのかと、乗客たちが魔鎧獣の餌にされ、苗床になってしまうのを阻止する術はないのかと絶望する彼女であったが、そんなメルトへと問いかけるユーゴの声が車内に響いた。
「なあ、メルト。お前が転んだのって確かこの辺だったよな?」
「え……? そ、そうだけど、どうしたの……?」
振り返った先で列車の床に這いつくばって何かをしているユーゴの姿を見たメルトが面食らいながら彼の質問を肯定する。
彼女から受け取った魔力の剣で床を照らしながら動き回っている彼へと、侮蔑の笑みを浮かべたマルコスの言葉が飛んだ。
「ふっ、何をしている? 床に這いつくばる姿はお似合いだが、そんな行動に何の意味があるというんだ?」
「お偉い貴族様にはわかんねえだろうけどよ、手掛かりを探す時ってのはこうやって必死になるもんだろ? 人の命がかかってる時には特にさ。そこまでやって初めて、見えなかったものも行動の意味も見つかるもんなんだよ」
そう言いながら顔を上げたユーゴが、自分たちが乗り込んできた機関車の入り口付近を指差す。
明かりでその周囲を照らす彼に促されて視線を向けた一同は、床の一部分になにかぬめった物があることに気付き、息を飲んだ。
「何、これ……? 水とか血じゃあないよね?」
「油だよ。蜘蛛の中には、自分の糸が手足にくっつかないように油を分泌してる種がいるんだ。さっきメルトが転んだ時、床がぬるっとしてたって言ってただろ? それを思い出してもしかしたらと思って探してみたんだ」
「そっか……! 私のドジがひらめきのきっかけになったんだね! 地味にお手柄だ!」
まさか異世界の怪物も同じような生態をしているとはな、と、これも特撮番組から得た知識なんだけどな、の二つの言葉を口には出さず、心の中で呟くユーゴ。
点々と垂れているそれを照らしながら、彼は自分たちが見つけられなかった手掛かりをユーゴに見つけられて苦々し気な表情を浮かべているマルコスへと言う。
「多分、前の車両やこの機関車の周囲にも同じ油が垂れてるはずだ。人の命がかかってるんだ、手下にだけ任せるんじゃなく、自分も必死になって調べるべきだったな」
「ぐ、ぐっ……! ちょっと手掛かりを見つけたくらいで調子に乗って……!!」
「とにかくこの油を追ってみよう。それと、ミナちゃんを安全地帯に連れて行って、状況を報告する必要もある。誰か一人はミナちゃんと一緒にトンネルの外に出て、詰所に連絡を取ってくれ」
「待てっ! 何故、お前が場を仕切っている!? お前に指示されるなんて御免だ! お前たちがその子を連れて報告に行け! 魔鎧獣の追跡は、私のチームが行う!」
「相手の住処に乗り込むんだぞ? 人数は多いに越したことはないだろ。お前の手下の内、どっちかがミナちゃんを連れて報告に向かう。残った一人とお前、俺とメルトでちょうど二人ずつだ。これがこの状況のベストだろ」
「ふざけるな! お前に命令される謂れなんてない! これ以上手柄を横取りされて堪るか!」
「手柄とか立場とか、今はそんなこと話してる場合じゃねえだろ! 連れ去られた人たちを助けることを最優先に考えろよ!」
事ここに及んでも自分の手柄やプライドを優先するマルコスに対して、険しい表情を浮かべたユーゴの叱責の声が飛ぶ。
彼の剣幕に圧されて何も言えなくなってしまったマルコスは悔しそうに拳を震わせながら口を閉ざすと、自身の手下の片割れに視線でミナを連れて行くよう命令した。
「いいかい? 君を助けたのは、ボルグ家の嫡男であるこのマルコス・ボルグだ。ちゃんとそのことを大人たちに言うんだよ? わかったね?」
「………」
汽車から降り、トンネルから出ていくミナを呼び止めたマルコスが彼女へとそんな命令じみたことを言う。
自分の名声を高めることしか考えていない彼の言葉に暗い表情を浮かべるミナへと、今度は地面に跪いて彼女へと目線を合わせたユーゴが声をかけた。
「ミナちゃん、心配しないで。必ず、君のお母さんは連れて帰るから。それまでの間、少しだけ外で待っててくれるかい?」
「……うん。気を付けてね、お兄ちゃん」
「ありがとう。心細いだろうに俺を心配してくれるだなんて、ミナちゃんは優しい子だね。大丈夫、お兄ちゃんは強いから、怪物だってけちょんけちょんにやっつけてやるさ!」
ミナを安心させるように力強く語り掛けたユーゴが笑みを浮かべる。
その明るい笑みに安心感を覚えたのか、ミナもまた恐怖を和らげた笑顔を見せてくれた。
彼女をトンネルの外に連れて行くマルコスの手下の肩を叩き、任せたと視線で伝えながら、振り返るユーゴ。
魔鎧獣に連れ去られた人々を救うべく、彼は自分自身に言い聞かせるようにして、決意の呟きを発する。
「……急ごう。一人の犠牲者も出さずに、連れ去られた人たちを助けるんだ!」
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