転生ヒーローと魔法少女と蟹貴族

「うおっ! なんか、思ったより暗いし長いな。トンネルの出口どころか、中の様子が全然見えねえ」


「ここのトンネルは緩いカーブになってるんだよ。反対側の光が見えないのは、そのせいだと思う」


 とりあえずトンネルの入り口までやって来たユーゴは、予想以上に暗いその内部の様子に顔を青くしていた。

 トンネル内の暗黒は太陽が燦々と輝く明るい世界とは完全に切り離されていて、陽光が届かない位置から先はほとんどなにも見えない。


 この中を進んで調査するのは結構難儀だぞと考える彼とは真逆に早速行動に出たメルトは、小走りで暗いトンネルの中に入っていくと――


「きゃっ!?」


「ぶっっ!!」


 ――歩き始めて五歩目のところで、何かに躓いて盛大にずっこけた。


 前のめりに転んだ彼女が両手で受け身を取る様子を見て安堵するユーゴだったが、また別の問題が即座に彼を襲う。

 メルトが履いている制服のミニスカートのお尻部分が綺麗に捲れ上がり、そこからピンク色のショーツがお目見えしている様を目撃してしまったユーゴは大慌てで視線を逸らすも、その行動は僅かに遅かったようだ。


「……見た?」


「ああ、いや……見たことは見たけど一瞬だったし、暗くてよくわかんなかったぞ?」


「……本当に?」


「本当だって! それよりもほら! そんな暗いところを無理に進もうとするからそうなるんだって! なんか明かりとかないのか?」


 正直にメルトに答えつつも、気まずさを拭うことができなかったユーゴが強引に話を切り替えるべく暗闇を進むための明かりがないか彼女に尋ねる。

 多少、不満を抱いているような表情を浮かべ、頬を膨らませるメルトであったが、そもそもの問題が自分の軽率な行動にあることをわかっているお陰か、それ以上深くは突っ込まずにユーゴへの質問に答えた。


「あるよ。ちょっと待ってて……」


「お? お……?」


 右手の人差し指と中指を伸ばし、それを空中にハートを描くように振るメルト。

 困惑しながらその行動を見守るユーゴの前で彼女が人差し指に嵌めている指輪が輝き始め、その先端から十字型の光が飛び出してくる。


「はい、どうぞ。あっ、ちゃんと柄の方を握ってね? 刃の部分を掴んじゃうとスパッといっちゃうから気を付けて!」


「柄? 刃?」


 どういう意味だと思いながらメルトが生み出した光をよく見てみれば、十字型だと思ったそれが微妙に違うことに気が付く。

 十字架というよりも儀礼用の大型ナイフのようだと思ったところでメルトの言ったことの意味を理解したユーゴがぽんと叩いたところで、得意気な顔になった彼女がえっへんと大きな胸を張りながら自分の魔道具についての説明をしてきた。


「どう? これが私の魔道具【スワード・リング】の能力だよ! 自身の魔力を剣の形に変えて放出できるんだ!」


「へぇ~! 結構汎用性がある能力だな~! ……ん? 待てよ……?」


 キラキラと美しく輝く紫色の魔力でできたナイフを見つめ、今の説明を振り返り、メルトへと向き直ったユーゴの脳裏にとあるキャラクターの姿が浮かぶ。

 異世界人ユーゴ・クレイではなくニチアサオタクの呉井雄吾としての面が色濃く出ている思考で、彼は小首を傾げてこちらを見つめ返すメルトの属性を整理していった。


(遠い場所から来た美少女、紫色、割とポンコツ、剣の形をした光を作れる……あれ? もしかしてこれって――?)


 なんだかちょっとしてきてしまっているのは、美少女であるメルトと至近距離で見つめ合っていることだけが理由ではないだろう。

 実在している人物と空想のキャラクターに共通点を見つけて盛り上がってしまうのってオタクの良くないところだよなと思いながらも、そういうことを考えてしまう部分もまたオタクとしての習性だよなと考えるユーゴの様子に違和感を抱いたメルトは、彼の顔の前で手を振りながら声をかけてくる。


「もしも~し、ユーゴ~? なんでぼけ~っとしてるの? 明かりも用意したし、早く機関車を見つけに行こうよ!」


「あ、ああ、そうだな。俺が前を歩くよ。足元が悪い場所があったら教えるから、ついて来てくれ」


「は~い! 背中は私に任せときな、相棒!」


 彼女に声をかけられて我に返ったユーゴが、若干の申し訳なさを抱きながらトンネルの中を先導して歩いていく。

 おどけた様子で返事をするメルトの魔力で作り出された魔法のナイフの輝きは暗いトンネルの中を照らす光を放ち、それを頼りに二人は奥へ奥へと進んでいった。


「おっ、あったぞ! あれじゃないか?」


 そうして歩き始めて少し経った頃、紫色の光が照らす先に先ほど見た黒い汽車を見つけたユーゴたちが少しペースを上げてそこへと近付いていく。

 煙を上げることもなく、一切の動きを見せない魔導機関車の様子を訝しく思いながら傍までやって来た二人は、そこで明らかな違和感を覚えると共に警戒を強めていった。


「……妙だな。中から人の声がしてこないぞ」


「乗客とか機関士さんとかがいるはずだよね? 汽車を放置して、出ていっちゃったのかな?」


 魔導機関車が何らかのトラブルでトンネル内にて停車してしまった部分は予想通りだった。

 しかし、その汽車の中からは乗っているはずの人々の声がしてこない。


 本能的に危険を察知したユーゴはブラスタを起動して鎧に身を包むと、最後尾の車両の入り口を指差しながらメルトへと指示を出す。


「メルト、俺が先に中に入ってみる。お前は俺の後に続いてくれ」


「わ、わかった……! 背中は任せてね、ユーゴ……!」


 先ほどとほぼ同じ言葉だが、緊張感が段違いな声で返事をするメルト。

 そんな彼女に頷いて見せた後、ユーゴは車両内に繋がる扉に手を伸ばすと、ゆっくりとそれを開き、中に入っていく。


「すいません! ルミナス学園の者です! 皆さんの安全を確認しに来たんですが、誰か中にいませんか~!?」


 大声でそう叫び、暫し反応を窺ってみたが……返事をする者は誰もいない。

 完全なる無音。前の車両からも人の気配はしないし、どうやら完全にこの汽車には人が乗っていないようだ。


(どういうことだ? 俺たちがここに来るまでに全員この機関車を乗り捨てて出ていったのか? それにしたってここまで誰もいないってのはおかしいよな……?)


 乗客たちが汽車を乗り捨てて反対側の出口に向かっていったというのならばこの不可解な状況の説明はつくが、何らかのトラブルに見舞われた状況でその原因究明のために機関士が一人も残っていないというのは流石におかしい。

 あるいは、この機関車を動かすスタッフが一人しかおらず、その人物もまた乗客たちを先導してトンネル外へと出ていった可能性もあるが、どうにも腑に落ちない。


 ユーゴの中で何かがおかしいという気持ちがどんどん高まっていく中、車両の外で待機していたメルトが彼の後に続いて中に乗り込んできた。


「ユーゴ、中の様子はどう? 何かわか――きゃあっ!?」


「メルト!? おいおい、大丈夫か? これで二回目だぞ?」


「い、いや、今のは違うんだよ! なんか床がぬるっとしたんだって!」


 緊張で張り詰めた状態で乗り込んできたメルトが、車両に足を踏み入れて早々本日二度目のずっこけを披露する。

 この妙な事態に体が強張っているのかもしれないなと思いながら一旦ブラスタを解除したユーゴが彼女を引き起こしたその瞬間、背後でどこか聞き覚えのある声が響いた。


「はっはっは! 随分と間抜けなパートナーを連れているようだな、ユーゴ・クレイ! まあ、へぼ同士、実にお似合いのコンビだと思うよ!」

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