純潔守って死ねるかよ
御子柴 流歌
序: 『会いたい』
いつもなら既読無視されるような深夜のメッセージにスタンプがひとつ返ってきて、俺は
最大限の光速返信にも、アイツは再びあっさりと既読無視。やはりダメかと思ったものの、寝落ち後の翌朝にスマホを見たときにはメッセージが返ってきていた。
――『今晩6時』
ただそれだけ。
だけど、本当はそうじゃないことはわかっている。
ある意味、これはSOSなのだ。
〇
あの日と同じ金曜日。だが、この暑さは全く違う。
夜の匂いが濃く漂い始めるような頃合いだが、外は熱気が溢れている。これからさらに暑くなると考えるだけで脳がゆであがりそうだった。
俺たちの待ち合わせに、場所の指定は必要ない。
特急も止まる駅とでも言えばそのスケール感は伝わるだろうか。
常時人通りの多い駅の改札前。よくわからないモニュメントが見える辺り。
GPSを使ったスマホゲームのプレイヤーがいくつかの群れを成していることもあるのだが、幸い今日は何のイベントもないらしく、そこまで集っているヤツらは居ない。
そのおかげで目的の人を探すのに苦労はしなかった。
その目的の人である少女――
そうしているのが自然なように、彼女の右手にはスマホがある。周りを見回す時間が2割、スマホを眺める時間が8割といったくらいが相場だ。誰かとの待ち合わせをしている雰囲気を醸し出している。
俺は、心底から安心する。
――いや、冷静になってみれば、そんなことも無かった。
よく見ればチラチラと視線を送っている男共が、複数。
単独で立っているヤツもいれば、
「ッス」
「……ん」
今の流れで周囲からの視線が一瞬だけキツく鋭くなったような気はするが、だからどうということもない。少しだけ睨みを利かせておけば充分だ。
大した気概のないような奴らは大抵コレで退くものだが、案の定さっきまでの視線は消え、徒党はここから離れようとしていた。
しょーもないヤツらだ。威勢が良いのは結局見せかけだけなのだ。
とはいえ、そういう
努めて明るく振る舞うなんてことは不要。向こうもわざわざ自分を飾るようなこともない。
そんなもんだ。
そういう間柄でいようとゴリ押したのは紛れもなく俺だった。
それに対してどういう感情を裏に抱えたのかは定かじゃないが、断固として断ることもなかったのだから恐らくそれなりに納得はしてくれているのだろう。
「……何?」
ただじっと見つめていたせいか、
「いや、別に」
「そ」
素っ気なく答えて、素っ気なく応えられる。
「……来てくれたんだな」
「何。来ちゃダメだった?」
「全然? むしろ来ないとダメ」
「じゃあそういう言い方しないで。アンタが『会いたい』なんて言うから、寛大な心を持ったアタシがわざわざ来てあげただけ。しかもわざわざ待ち合わせ場所を指定してね」
素っ気ないが、素直でないだけ――なんてことを言ったらさらに面倒なことになるのは百も承知。
「ええ、ええ。そうでございますね、キララさん」
「……」
ウザ絡みすんな、シネ――とでも言いたそうな顔で睨まれた。
ツンデレ? そんなカワイイモノじゃない。ただの『ツン』である。
「さて、と……? 今日は何かしたいことはあるか?」
「……シたいことはあるよ、
コイツは俺のことを名前で呼ぶ。自分だけ一方的に名前で呼ばれるのはムカつく――とのことだった。だったら苗字を名乗れば良かっただけだろう――とは言わない。
「ダメだっつってんだろ」
「……ちぇっ」
「舌打ちすんな」
シたら
「メシは?」
訊けば、静かに首を横に振る。いつものことだ。
「じゃあまずは
「期待してる」
「何に?」
「相場に」
「お前さァ……」
容赦が無い。味じゃねえのかよ。
小生意気にもコイツは、常時それなりの値段層の食事を求めてくる。当然味にもしっかり文句を付けてくるというか、味が一定水準以上であることは『言うまでも無いこと』なのだ。こちらの懐具合をある程度知っているつもりで、そういうことを言って来ているだけにタチが悪い。ただし、体のイイ財布役まで貶めるつもりもないことは察していた。そういう配慮はできるのだ、コイツは。
「そういえばこの辺りに、ちょっとオシャレな感じのコース料理を出してくれるお店が最近できた、っていう話だよ」
やっぱり要望あるんじゃねえか。
しかし、気になる点がひとつ。
「それ、誰から訊いた?」
「暇つぶしに入った本屋で立ち読みしたグルメ系の雑誌。……いや、誰かからとか、そんなん訊くわけないじゃん」
小馬鹿にするように笑うが、その目はどことなく哀愁を帯びていた気がした。
「すまん」
「謝るな」
「おう」
「今は謝れ」
「めんどくせえな」
「何なら土下座くらいしといてよ」
「なんでやねん」
ため息がちに吐き捨てれば、
「ちなみに。その店、俺は知らんから道案内よろしくな」
「めんど」
「こら」
「番地渡すからそれ見て」
即座にその店の紹介が書かれているサイトのアドレスが飛んでくる。見ればしっかりとその店の場所も書かれていた。
「ったく、わぁったよ」
「……やっといつも通りじゃん」
「うっさいな」
視線を外す。
結局こうして上から見られるのだが、そこまで悪い気がしないのは何故だろうか。
「何。シゴトで何かあったの? あるんなら訊くよ~?」
ふふんとちょっとだけ鼻息も強い感じで笑ってみせてくる
――何だろう。小さく引っかかる、ささくれのようなモノの存在を感じるような笑みにも見えて、やっぱり少しだけ心配になる。
完全に知らない振りをしても構わないはずなのだが、それをさせないのは、俺の中にまだわずかに残っている良心か、あるいは――。
「いや、別に。……ただ」
「ただ?」
口走ってしまったのだから、一応最後まで言っておくのが筋だろう。
「気になったんだよ。お前がわざわざリアクション寄越すなんて思ってなかったから」
「え? ……ああ、そういうこと」
一瞬何のことだかわからないような顔をしたモノの、間もなくして察したらしく、
「別に、たまたまそういう気分になっただけ」
「他意は無いんだな?」
「無いよ」
「なら、良い」
本当に良いのだろうか。というか、何が『良い』のだろうか。
まったく、分からない。
恐らく
「ほら、行くぞ。
「……ん」
やはり
「あ、そうだ。ご飯のあとはどうするの? ホテルでも行く? シちゃう?」
「サせねえよ、バカ」
だらりと腕に絡みついてくる
どこまで本気なのかと疑いたくなるときもあるが、コイツは間違いなく本気なのだ。
「まったく、毎度毎度
「だから、アタシはずっと言ってるでしょ?」
そう、コイツはブレない。
だからこそ、俺は安心することなんて――。
「『
――できやしないのだ。
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