第35話

水面に激しく身体が当たりそのままの勢いで深く水中に入水したため、その衝撃と水温の低さで、一瞬気を失いそうになった。

 必死で気を保ち、懸命に手で水を掻き、脚をバタつかせる。


 水面までなんとか上昇ができて、呼吸を確保することができた。

 思ったとおり、ワンピースを脱いで飛び込んだので、水中でも動きやすい。

 人前で下着姿になる、決死の覚悟が功を奏したようだ。


 ナイフ男もわたしの近くで落下したようだ。

 彼は泳げないのか必死に手足をジタバタさせているが彼もなんとかなっている。

 とにかく岩か岸に上がらなければと、泳ぎながら目でその場所を探す。


 その時、崖の上が騒がしくなったと思ったら、近くでドボンという激しい音がした。誰かが落ちたようだ。

 流れが早く、同じ場所には留まれないので流れに身を任せるしかなく、落ちた人を助けることができない。


「エリアーナ!!!」


 まさか!

 空耳だよね。

 聞き覚えのある声がする。


 激しく水を掻き泳ぎながら、アーサシュベルト殿下が水の勢いに乗って、こちらに向かってくるではないか!


「えっ?殿下!ゴフッ…」

 水を飲んでしまった。

「エリアーナ、大丈夫かっ?」


 殿下がわたしを助けに飛び込んできた?

 まさか!!

 状況が全く飲み込めない。


 水温が低く、身体が思うように動かなくなってきた。殿下が飛び込んできたことで、ややパニック状態だ。

 これ以上、水の中にいるのは危険だ。どこかに上がらなければ。


 ナイフ男と殿下とわたしは、激しい水流にどんどん流されていく。

 川がカーブするところで、川岸があるのが見えた。


 わたしに追いついた殿下がわたしの手を取って引っ張ってくれて、川岸に誘導してくれた。

 コルセットもズボンのような下着も水をたっぷり含んで重い。

 殿下もわたしも這うようになんとか川岸に上がった。

 ナイフ男も大きな岩に這い上がることができたようだ。


「エリアーナ、大丈夫か?」

「殿下、ありがとうござい…」


 お礼を言い終わらないうちに殿下がわたしを抱きしめる。


「エリアーナ!なんて無茶をするんだ!俺は……」


 わたしを抱きしめる殿下の腕が更に力がこもる。

 ぎゅっとぎゅっと…

 痛いぐらい抱きしめられる。

 でもそれが心地よい。

 殿下の体温も温かく、ホッとできる。


 わたし、崖から飛び降りて助かったんだ。

 

 殿下に包まれ、そっと目を閉じる。

 もう、大丈夫。きっと…


 ホッとできるのも束の間だった。



 ゴホッ ゴホッゴホッ

 咳が止まらない。

 一度、咳が出ると止まらない。

 

「……殿下、苦し…い…。離して」


 殿下の腕が緩むと、全身で止まらない咳をする。

 ゴホッゴホッ…ゴホッ

 ゴホッ ヒュー ゴホッ


 わたしがずっと南の領地にいた理由(わけ)。

 喘息だ。


 最近はだいぶ落ち着いたのに、水温が低すぎたのが気管に刺激を与えたようで、それが良くなかったらしい。


 殿下がそっとわたしの背中を摩(さす)る。

 摩ってもらうと、少し楽になる。

「エリアーナ、喘息だよね。大丈夫?」

「すみ…ま…ん…」


 そう言いかけて、気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る