第34話

 アーサシュベルト殿下やセドリック様、護衛の騎士様達が固唾を飲んで、ことの成り行きを見守っているのがわかる。そして、隙を狙っているのもヒシヒシと伝わってくる。


 ゆっくり歩き、男に近づいた。

「早く、わたしにナイフを突きつけなさい」

 男が突きつけるナイフをケイシー嬢からわたしに変え、ケイシー嬢をひと蹴りした。

「おまえはもういい。あっちに行け」

 ケイシー嬢がヨロヨロと歩き、護衛の騎士様に確保された。

 その様子を見届けて、少しだけホッとする。


 ナイフ男はわたしの首にナイフを突きつけながら、少し後退りをした。

 遊歩道のすぐ横は渓谷のため、すぐそこが大きな岩がゴロゴロしている川だ。

 チラッと横目で確認したが崖になっていて、川は水深がありそうだ。

 

「ねぇ、あなたの要求は何ですか?誰に頼まれたのですか?」

 ピクッとナイフ男が驚き、顔色が悪くなった。

「よくわかったな。さすがは次期王太子妃。誰に頼まれたのかは言えない。とりあえず金が先だ。金を持ってこい!」


 思ったとおりだ。誰かに弱みでも握られて、命令をされたんだろう。エリアーナを困らせてこいと。

お金なんて、ピクニックに来ていて持っている訳がない。ましてや、貴族令嬢がお金を持ち歩くこともまずない。この男もわかっているはずだ。


「お金ですね。わかりました。生憎、お金は持ち合わせていないのですが、宝石なら身につけております。それでもよろしいですか?」

「いい金になるんだったら、それを寄越せ」

 とりあえず、なんでも良いと言うことですね。


「わかりました。こんなこともあろうかと思いまして、コルセットの中に袋がありそこに隠しております。取り出すのにワンピースをここで脱がせていただきますね」

「おまえ、正気か?」

 ナイフ男がわたしのカラダをひと通り上から下まで眺め、ゴクリと喉を鳴らすのがわかった。

 これ、絶対にヤラシイことを考えている。


「裸になるわけではありませんから。しっかりナイフをわたしに向けておいてくださいよ」


 わたしと男がボソボソと会話しているのが、殿下やセドリック様、騎士様達にはあまりよく聞こえないらしい。

 必死に会話を聞こうと、こちらを凝視しているのが見てとれる。


 わたしはこの状況を打開するため、一か八かの賭けに出る。

 遊歩道の横を流れる川にナイフ男とわたしが共に落ちるようにすれば、誰も怪我をせず被害もなく、これは終わるはずだ。


「アーサシュベルト殿下、婚約解消をしてください」

 今年一番ぐらいの大きな声で叫んでみる。

 周りもわたしの突然の発言にギョッとしている。

「はぁ?なんでいま、その話しなんだ!」

 殿下が苛立ちの声をあげる。

 いつものやり取りと思ってしまったかな。

 いまはもっと本気…


「婚約解消をいますぐしてください!服を…服を脱ぐんです!」

「意味がわからない!エリアーナが服を脱ぐぐらいなんかで、俺は婚約解消なんて絶対しないぞ!」

「殿下!お願いですから、婚約を解消して!」

 もう最後のほうは懇願するように叫ぶ。

「駄目だ!婚約解消なんてしない!」

「殿下!早く解消するっておっしゃって!!」


 わたしだって、露出狂ではないんだから、こんな公衆の面前で下着姿なんかを晒したくはない。でも、水に飛び込むのにワンピースを着たままでは、多少泳げるとしても非常に危険だと判断した。

 これでも一度は王子様に憧れるような乙女だったのだ。甘い雰囲気の中、愛する人だけにゆっくり脱がされてみたいなことを夢見てた時期もあった。それだけに覚悟は決めている。

 ばっさり男前に服を脱いで、大勢に下着姿を見られたとなるともうこの先、婚約者である殿下に迷惑がかかるだけだ。だから、殿下に大勢の証言者がいる今ここで、婚約を解消すると言って欲しかったのに。


 でも、もういい。

 やっぱり海ではなかったけど、自ら崖から飛び降りるという運命からは逃れそうにもない。 

 このまま死んでしまったら、自然と婚約解消だ。

 飛び込んで生きて戻れたなら、もしかしたら運命は変わるかも知れない。それに賭けたい。

 


 プチ、プチ、白い貝殻のボタンをひとつづつ外していく。

 ナイフ男がナイフを首元に突きつけながらも、食い入るようにわたしの指先を見ている。ボタンを全部外したところで、腕を袖から抜いた。


「エリアーナ、なにをする気だ!止めろ!」

 殿下が今にもこちらに向かって、走り出してきそうだ。

「殿下!落ち着いてください!」

 護衛の騎士様が必死の様子で殿下を止めている。


 バサっ


 ワンピースがわたしの足元に落ち、コルセットと太腿が露わになるぐらい短いズボンのような下着だけを身に着けている姿になった。


 その場が一瞬、凍りつくのがわかる。ナイフ男以外だが。


 「宝石はこの辺りに隠しているのか?俺が見てやろう」

 ナイフ男がわたしの胸元辺りを触ろうと手を伸ばしてきたので、その腕を両手で素早く掴むとナイフ男がやや体勢を崩した。

 グッとめいいっぱいの力を出して男の腕を引っ張り、崖に近づくように勢いよく後ろに引っ張る。

 

 一歩、二歩。

 もう、川はすぐそこだ。

 あと一歩。

 ここから川面まではある程度の高さがある。水の流れも早く、大きな岩も多い。


「なにをするんだ!この女っ!!」

 動揺するナイフ男の腕をグッと掴んだまま、思いっきり地面を蹴った。


「うわっ!!!!」


 ナイフ男と共に体が宙に浮いた。

 ナイフも男の手から離れて、空を舞っているのを確認した。


 良かった。

 被害が出ずに済んだ。


「エリアーナっ!!!!」

遠くで殿下の叫ぶ声が聞こえる。


 ドボンッ!!!!

 あっという間に落下し、水中に深く沈んだ。

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