愛と光と、幸福を君に。


 目が覚めると朝の五時半だった。

 横で寝息を立てているトシキくんを起こさないようにベッドから出て、スマホでニュースを確認する。

「……」

 キャンプ場近くの山の中から男女二人の遺体発見、先週から行方不明になっていた同棲中のカップルと見られ──。

「……見つかっちゃったかあ」

 まあ一週間隠し通せただけでも上出来ではなかろうか。

 すごいすごいねよくやったよと自分に向かって呟くと、それがきっかけかは分からないがトシキくんが起き出した。

「おはよう」

「んー……いーちゃんどこお……」

「ここだよー」

 ベッドに戻って手を握ってやると、トシキくんは割れ物でも扱うように握り返してくれた。

「おはよお、いーちゃん。お天気いいねえ」

「ここ窓ないよ。お外出よ」

 起き上がったトシキくんにコートを着せてやり、そういえば靴を買い忘れていたと後悔する。

 ホテルを出たら真っ直ぐに靴を買って、それから美味しいものでも食べに行こう。

 チェックアウトして外に出ると、朝靄のにおいとやや冷たい空気が心地よかった。

 トシキくんの言ったとおり空には雲ひとつなく、彼なりのセンサーがあるのだろうかと適当なことを考える。

「どこ行くのー?」

「まずはトシキくんの靴買って、あとは適当に遠くまで」

 目立たない路地に路駐していたベスパは無事だった。

 二人乗りして走り出す。本来は違反行為だが、それはもう些事というものだろう。

「はやーい!」

 僕の背中に抱きついたトシキくんが‪笑う。

 晴れた空にはまだ朝焼けの名残りがあって、見晴らしのいい場所へ向かったらさぞ気持ちがいいだろうと思った。

「靴買う前に景色綺麗そうなところ行こうかな。トシキくん、写真撮るの好きだったでしょう」

「そうだったかも?」

 ベスパを闇雲に走らせて、やがて少し高台になっているような開けた公園に出た。

 見ようによっては夕方にも見える空が美しいと感じる。

「いーちゃんここ寒いよ」

「……うん、ごめんね。もう行こう」

「うん! 靴買うんだよね」

 空を背景に、光を浴びるトシキくんをじっと見つめる。

 別人みたいだ。

 でも、別人ではない。

「トシキくん大好きだよ」

 言葉にしたのは初めてだった。一生伝えることはないだろうと思っていた気持ちだった。

「ずっと大好きだよ」

 どうしようもなく涙が出た。黒い塊を丸ごと吐きだして、体の質量が半分くらいになったような気分だった。

 足音が近づいてきて。

 声をかけられる前に取り押さえられて。

「伊狩敬太だな」

 刑事ドラマみたいだと思った。それから僕は刑事ドラマをひとつもまともに見たことがないのを思い出し、少し笑う。

「そうです」

 僕を取り押さえた警察官からすれば、いきなり笑いながら自分が殺人犯であると認めた恐ろしい人間に感じられたことだろう。

 連れていかれる刹那、警察官に囲まれたトシキくんが見えた。

 僕の方を見て、にっこり笑って。

「いーちゃんばいばーい! あとでねー!」

 そう言って彼は手を振った。



◆ ◆



 ──なぜ殺しましたか。

「理由はよく分かりません。たぶん、むしゃくしゃしていたのだと思います」

 ──被害者との面識は。

「ありません。名前も知らない人達です」

 ──一緒に居た人は誰。

「さあ。彼も知らない人です。あとで殺そうと思って一緒に居ました」


 嘘をつくときは本当のことを混ぜるといい、と聞いたことを実践してみた。

 すぐに警察官から彼が鴨川トシキであることを伝えられ、もう知っているよ、と心の中で呟く。

「へえ! 彼、鴨川くんなんですか。見た目もすっかり変わっちゃってて、全然気づかなかったなあ。殺せば良かった」

 嘘をつく。嘘をつく。

 別にこの人達は僕らの物語を知らなくていい。ちゃんと彼に言えたから。ちゃんと、僕の中で宝物になっているから。

 誰よりも大好きな、大切な、トシキくん。

 君の中で僕が、綺麗な思い出でありますように。

 君の中の僕が、優しい人でありますように。

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