洋菓子店の息子と女子高生アルバイト

秋月昊

第1話 

 十二月に入るとクラスメイトたちの話題がクリスマスに誰と過ごすかで盛り上がる。私はその話題に入ることはせず、机の上に広げている雑誌をめくっていた。雑誌もクリスマス特集が組まれていてデートプラン、コーディネートと読者モデルがかわいい服を着て写っているページをめくっていた私の手はケーキ特集で止まる。取材されているのはどれも有名な洋菓子店ばかり。ケーキはどれも美味しそうだけど私はすでに予約済みだ。


「クリスマスケーキどれも美味しそうだよね。茜はこの中から買うの?」


 手が止まった私に声を掛けたのは友だちの裕美。私の前の席に座り一緒に昼ご飯を食べた後はクラスメイトたちの会話に混ざっていた。クリスマスまでに恋人ができなかった人たちでクリスマス当日に集まって遊ばないか、という男子の企画に裕美たち女子が笑いながらクラス中盛り上がっていた。当日すでに予定が入っている私は彼らの企画に参加しないので聞き耳を立てているだけ。裕美に話しかけられた私は顔を上げた。茶色の少しウェーブのかかったセミロングの髪を耳にかけながら私の返答を待っている。


「ううん。もう他の店で予約してるから」

「そっか。予約してるってことは今年はお母さん家にいるの?」

「残念。今年も夜勤だって」

「看護師だもんね茜のお母さん。あれ? じゃあクリスマスケーキは何で予約したの。まさか一人で食べる気?」


 真顔で言う裕美に私は吹きだした。


「そんなわけないじゃん。夜勤明けのお母さんと一緒に食べようと思ってさ。去年喜んでたの見たら今年も用意しようかなって」


 裕美は中学からの友だちで私が母子家庭でお母さんが看護師だって知っている。だから気兼ねなく話せる。


「うんうん。真っ直ぐでいい子に育ってくれて私は鼻が高い。偉いぞ、偉い!」


 裕美は腕を組んで深く頷くと笑顔を見せて私の方に手を伸ばしてくる。そのまま頭に乗せると雑に撫でた。


「裕美は私のお母さんか!」


 じゃれ合っている私たちのやり取りは昔から変わらない。ふと、裕美の手が止まる。


「あーあ。じゃあ茜はクリスマス会不参加か」

「さっき男子が企画してたやつ? 裕美は参加するの?」

「まあね。今のところ予定も彼氏もいないことですし?」


 肩を落としながら言う裕美は私をジッと見つめてきた。何か言いたげだ。


「茜は去年のこともういいの?」


 聞く前に相手から切り出された。聞きたいのは去年突然別れを切り出された元カレのことだろう。私には去年の春に相手から告白されて付き合うことになった彼氏がいた。同じ学年の冴木くん。運動神経がよく、顔もいいとくれば狙っている女子は多い。私も冴木くんのことは噂で聞いたことがある程度だった。詳しくは知らない相手。裕美たちのように冴木くんを見ても特に騒ぐ気にもなれず遠巻きに見ているだけだった。それが、春になり突然呼び出されたと思えば告白された。なにかの罰ゲームなのだろうかと疑って周囲を見回したけど誰もいなくて冴木くん一人だった。


 今思えば、なぜあの時の告白を受けてしまったんだろう。初めての告白に浮かれていたからかもしれない。あるいは淋しかったから。いずれにしても付き合うことになった。裕美たちからは祝福され、冴木くんを狙っていた子たちからは嫉妬の目を向けられた。初めても恋人に浮かれていたのは最初だけで、付き合って彼の人となりを知れば付き合うことが辛くなっていた。


 前髪長めのショートヘアで小顔。目元は優しめ。身長も平均的とくればモテる。私もときめかなかったかと聞かれればときめいたと答える。でも、彼は見た目は良くても性格に難ありだった。そんなこと付き合ってみないと分かるわけがない。ワガママ、ナルシスト、自分のことを褒められないと不機嫌になる、機嫌を取るのに苦労させられた。それ分かると早々に別れたくなった。恋人とクリスマスが過ごせるからお母さんが夜勤でも淋しくないと安易に思っていた私はいつしか彼と距離を置くようになり、どうやって別れようかと考えるようになった十一月下旬。突然冴木くんから別れを告げられた。


「別れよう。なんかお前といてもつまらないんだよ」


 それは私も同じ。むしろその台詞をそのままそっくり返したいのをグッと堪えた。


「なんか周りがお前のこと可愛いとか騒いでるから彼女にしてみたけど期待外れっていうか、付き合ってた時間無駄だったっていうか、そんなわけだから別れよう」

「わかった。じゃあね、冴木くん」


 元から別れるつもりだった私は彼の失礼な言動に反論することもなく笑みを浮かべた。予想外の反応だったのか冴木くんは何か言いたそうに口を開きかけた。言葉を聞く前に私は彼に背を向けて歩き出す。冴木くんと別れることに未練も悲しさもない。でも、クリスマスはまた一人で過ごすのかと考えると気が重くなった。


 溜息と共に視線を横に向けると店のガラスに映る自分と目が合う。デート帰りの私は少しだけおしゃれしていた。ダークブラウン色のミディアムヘアに外巻きにワンカール入れてプリーツデザインのニットワンピースにジャケットを着て左の手首にはブレスレット。せっかくのおしゃれも表情は暗い。笑おうと鏡に向かって表情を作っているところで鏡に映る向こう側の店から人が出てきた。自然と視線を向ける。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 四十代くらいの女性が客に向かって会釈をしていた。女性が戻った店の看板に目を向ける。”パティスリーフラン”聞いたことのない店名だ。名前からして洋菓子店だろうと私は店の前に立った。ガラス越しに店内を眺めているとガラスに張られていた一枚の紙。それはアルバイト募集だった。クリスマスの忙しい時期に働ける人を求めている内容に私は惹かれた。どうせクリスマスは一人。彼氏とも今さっき別れたばかり。淋しさを埋めるために私は洋菓子店のドアを開けた。


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