第15話
漸く落ち着いたのは三日経ったあとだった。
リュディガーはあの後、おば様の目の届く所で謹慎を言い渡された。
何故おば様の目の届く所かと言うのは、目を離した隙に自らの手で幕を閉じようとするからだ。
罪を償わせようにも、すぐに自分の喉を掻っ切るような者では無理だと判断し、謹慎という処分になった。
とは言え、おば様も仕事があるので、リュディガーは療養と言う名目で遠縁の伯爵家の預かりになるようだ。
リュディガーに手を貸した者も、いくら脅されたとは言え騎士に有るまじき行為だとして、一週間の自宅謹慎と反省文に落ち着いた。
おじ様とおば様には私が恐縮するぐらい謝られた。
慰謝料と称した見舞金を受け取ってくれと言われたが、おじ様とおば様が悪い訳じゃないと頑なに受け取らなかった。
幼い頃から付き合いのある二人は、私が一度決めたら曲げないことをよく知っているので、渋々諦めてくれた。
そして、ヴェルナーだが………──
「──で?わたくしは何故呼ばれたのかしら?」
例の如く、私の前には優雅にお茶を啜るエレザがいる。
呼ばれた理由を聞かれたが私はその問に応えれるず、下を向き黙ったまま。
「……大方ヴェルナー様のことでしょ?」
ヴェルナーと言う名が聞こえてビクッと肩が震えた。
そう。私がエレザを呼んだのはヴェルナーの事を聞きたかったから。
リュディガーの一件以降、ヴェルナーと話もしていなければ顔も合わせていない。
例の令嬢とどうなかったのかも知らずじまいなのだ。
──おじ様にそれとなく聞いたんだけどはぐらかされてしまったし。
──もしかしたら、事後?
ううん。ヴェルナーは抱いた女性を一人置いてくるような男じゃない。
──抱いた……のか……?
勝手に想像して勝手に落ち込んでいるんだから始末が悪い。
「何百面相しているの?……まあ、大体は想像がつきますわね」
他人事だからなのかエレザは随分と落ち着いている。
私が俯いて黙っていると、盛大な溜息と共に呆れた声がかかった。
「まったく、貴方達は本当に……そんなに気になるのなら本人に確かめてみてはいかが?」
「……それが出来たらそうしてるわよ」
「わたくしは何も話せませんわよ?」
「え!?なんか知ってるの!?」
「まあ、これでも親衛隊を取り纏めている者ですからね」
ニヤッと微笑みながら得意気に言ってくるエレザが憎たらしい。
何か知ってるなら教えてくれてもいいもんじゃないの?
「……なんの為に呼んだと思ってんのよ……」
「心の声が漏れてますわよ」
いけない。思わず声が出ていたようだ。
必死に取り繕うとしている私を面白そうに見つめるエレザが何かに気が付くと目を細め微笑んだ。
「とりあえず、当人同士で話し合うのが一番の近道だと思いますわよ?……ねぇ?ヴェルナー様?」
エレザが視線を向けた方を振り向くと、茂みの中からヴェルナーが現れた。
「……あっ……なっ……」
混乱している私に対し、ヴェルナーは苦笑しながらエレザを見た。
「エレザ嬢、僕がいるの最初から気付いとったろ?」
「まあ、人聞きの悪い」
えっ?最初からいたの?
この二人の会話から察するに、ヴェルナーは今現れたのではなく、最初からこの場にいたらしい。
と言うことは、私がヴェルナーの事を聞こうとエレザを呼んだことも、ヴェルナーの事が気になっているという事も筒抜けだったという事。
その事実に顔がかぁーと熱くなった。
「さて、邪魔者は消えますからよくよくお話下さいませ」
そう言うなりエレザは席を立って帰ろうとした。
この場面で二人きりになりたくない私はエレザを引き留めようとしたが「いい加減諦めなさい」と一脚され、エレザは帰って行った。
残されたのはさっきまで顔が熱くて仕方なかったが今は全身の血の気が引いた私と、黙って私を見下ろしているヴェルナーだけ。
久しぶりに見たヴェルナーはどこか疲れたような顔をしていた。
それもそのはずだ。実の弟が色々やらかしたんだから。
──なんて声をかければいいのよ……
せめて帰る前になんて何を話せばいいのか助言が欲しかったとエレザを恨んだが、急にホワッとアンバーの香りに包まれた。
ヴェルナーに抱きしめられたと分かるまで数秒かかった。
「え、え、え、あ、あぁぁぁあのぉ!?」
「……すまんかった……」
消え入りそうな声で囁いたヴェルナーは、私を更に強く抱きしめてきた。
「守ったるって約束したんに守れんかった……アリアが本気で婚約破棄したなるほど僕のこと嫌いなんも知らんかった……ごめんな……」
抱きしめている手が微かに震えてる。
「覚悟が出来るまで時間がかかってもうたが、もう大丈夫や。婚約破棄……しよか」
ゆっくり身体を離し、見つめ合いながら言われた言葉が私の脳裏を巡っている。
──婚約……破棄……
待ち望んでいたその言葉なのに、何故だろう。嬉しくない。
言葉よりも先に私の目からは涙が溢れてきた。
「ちょ!?泣くほど嬉しいんか!?」
私の涙を見たヴェルナーは焦りながらも悲しそうな表情をしている。
──違う。嬉しくない。
本当は自分の気持ちに気づいていた。けど、それを認めたくない自分もいた。
私はギュッと唇を噛み締め、勢いよくヴェルナーに抱きついた。
いきなり抱きつかれたヴェルナーはあまりの出来事に体勢を保てずそのまま倒れ込んだ。
「えっ!?ちょ、あの、アリアさん?」
「最初で最後だからよく聞いて」
ヴェルナーに抱きついたまま、耳元で意を決して囁い。
「……ヴェルナーの事が……………すすすす、す、好き……です」
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