第12話
ガヤガヤ──……
会場へ着くなり向けられるのはいつもと一緒。
嫉妬、妬み、羨み、蔑み。
それに加え、エスコートが婚約者のヴェルナーではなく弟のリュディガーのを見て更に令嬢達の冷たい視線が突き刺さる。
「何あれ?何でリュディガー様がエスコートを?」
「ヴェルナー様はどうしたのかしら?」
「そう言えば、最近ヴェルナー様はアリア様の元を訪れていないようですわよ」
「え?では婚約を取り消したのかしたら?そんな話聞いてませんけど……」
「それで弟であるリュディガー様を次の婚約者に据えようとしているのかしら?」
「まあまあ、大人しそうな顔をして節操がないのね」
クスクスと私に聞こえるように話すもんだからタチが悪い。
──これだから社交界は嫌いなんだ。
仮に私がリュディガーの隣を歩いていなくても、リュディガーの隣を歩いている令嬢を罵る。
人の悪口を言う令嬢をリュディガーが選ぶはずないだろうと何故誰も気が付かないのか。
「気にすることありませんよ」
「気にしてたらキリがないわよ」
私が顰めた顔をしているのに気づいたリュディガーが耳元で囁いてきた。
この程度想定内だし、いつもの事だから気にしてたら精神が終わってる。
そんな私を見てリュディガーはクスッと微笑みながら「確かに」と呟いていた。
そんな会場の右端にこちらを睨みつけるような視線を感じ、そちらの方に目をやるとそこには久しぶりに見るヴェルナーの姿があった。
ヴェルナーは私と目が合うと、すぐに目を逸らしそれ以降こちらを見ようとはしなかった。
──なんなのアイツ!?人を睨むだけ睨んで何もなし!?
久しぶりに顔を見てちょっと喜んだ自分が馬鹿らしくなった。
──いいわよ。もうすぐ婚約者じゃなくなるし。
ムカムカしながらリュディガーの腕にギュッと力を込めると、どうしたのかと私の顔を覗き込んできたので「何でもない」と素っ気ない返事を返してしまった。
それでも嫌な顔せず「そうですか」と笑えるリュディガーは出来た男だと思う。
その後すぐに国王様と殿下が揃ってやって来て短い挨拶を済ますと、ようやく自由時間。
令嬢達の目が届かない様に端の端に移動して、そっと息を潜めて夜会が終わるのをじっと待つのがいつもの私。
私と離れたリュディガーはあっという間に令嬢に囲まれダンスに誘われて大忙しの様子だし、暫くは戻ってこないだろうと思いながら会場を見渡すと、ヴェルナーが騎士の人に声をかけられ会場を出て行く所だった。
リュディガーの計画通りに進んでいる。
──これで、婚約者と言う肩書きから開放される。
そう思った。
❊❊❊❊❊❊❊
「──って、私は何してんだ?」
会場でじっとしていれいばいいものを、何故か私はヴェルナーと騎士の後を追って会場を出てきてしまった。
「今頃リュディガーが探してるかなぁ?」
まあ、あれだけの令嬢を相手しているんだから私がいなくなったことに気づくのはまだ先だろう。
「リュディガーが気づく前に戻れば平気」
そんな軽い気持ちで出てきてしまった。
そして当のヴェルナーだが、リュディガーが言っていた通り令嬢が倒れていた。
すぐにヴェルナーが動き、令嬢を抱え上げ休める場所へと運ぶ様だ。
──ここまでは順調ね。
ヴェルナーに声をかけた騎士は令嬢のことを報告するフリをしながらスムーズにヴェルナーから離れ会場へと戻って行った。
担ぎあげられた令嬢は頬を染め、ヴェルナーを穴が開きそうなほど見つめていた。
──そんなに見てたら具合悪く見えないじゃない!!何あの子!!馬鹿なの!?
私の予想通りヴェルナーが少し怪しげに令嬢を見たが、視線に気づいた令嬢が慌てたように咳き込み、フラフラとヴェルナーの胸に頭を擦り寄せた。
──下手くそな演技。
まあ、そんな下手な演技でも女性を雑に扱えられないヴェルナーは部屋へと運んでくれるようで、令嬢を抱えたまま先へと進んで行った。
その後を少し距離を開けて私もついて行く。
所々令嬢がそれとなく指示を出し、目的の部屋まで案内していた。
しばらく歩くと目的の部屋に着いたようで、二人は部屋の中へと消えていった。
「無事に入ったわね。もぉ、リュディガーも選ぶならもっとしっかりした子を選んでくれないと。こっちがハラハラしちゃったわよ」
あの令嬢を選んだリュディガーに文句を言いつつ、これで全てが上手くいくと言う嬉しさが込み上げてくる。……はずだったのに。
「……あれ?」
ポタッ、ポタッと頬を涙が伝っている感覚に気がついた。
「あれ?何だこれ?」
慌てて涙を拭うが、拭っても拭っても涙が止まらない。
「もぉ!!何なのよ!!」
誰もいない廊下で涙を流しながら訳も分からずキレている令嬢なんて、傍から見たらヤバいやつでしかない。
「あっ、こんな事してる場合じゃない。早く会場に戻らなきゃ」
すぐに戻るつもりが結構長居してしまっていることに気が付き、踵を返して会場へ戻ろうとした時。
「……え……?」
後ろから誰かに口を押えられ、すぐに意識が遠のいていった。
──あっ、これ、ヤバいやつや……
そう思ったのを最後に、私は意識を手放した。
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