感想②:ふたりだけの冬

元の題名 『ふたりだけの冬』。


この作品の軸は、物語の中盤で出会う幸二とヒロシにあります。


これは私の想像ですが

幸二とヒロシの、あまりにも哀しすぎる境遇は、

北方先生が純文学時代に書いた物語のひとつが

ベースとなっているのでは、と思わされます。



幸二の回想や、雪の軽井沢などの情景描写の巧みさなど

純文学で培った表現の綺麗さも、この作品の優れているところで、

とても練られた完成度の高さを感じました。




この作品が、数多のクライムノベルと違うところは

物語が進むごとに、幸二は社会からはみ出し

破滅の道へと追い詰められ、深刻さを増していきますが

相反して、暗い曇り空のような幸二の人生が

ヒロシと出会い、共に過ごす事で色を帯び、輝いてゆきます。


この正反対の両軸が、短く鮮烈な幸せと、儚い哀しさを作り上げています。




渡辺を殺した後、都会の雑踏のエアポケットのような公園で

孤独が共鳴するように、幸二とヒロシは出会います。


5歳の子供が家出とは考えられない。迷子でもない。

親や家の事をヒロシは、頑なに語りたがらない。

寂しさも孤独感も感じない

乾いた虚無感の中で生きてきた幸二も、少しずつ心を開いていきます。




『 ヒロシを連れ帰った夜。

夜中に肩を震わせすすり泣くヒロシ。

「馬鹿野郎、泣くんじゃねえ。何も心配することはねえんだ。

お前の面倒は俺がみてやる。帰りたくなけりゃ、ここにいればいい。

帰りたくなりゃ、俺が連れて帰ってやる」


二人で布団に潜り込む。

風呂で磨き上げた体からは、かすかな石鹸の匂いがする。

小さな暖かみが幸二の腕の中に広がった。』



後半に、幸二を追う黒木刑事の捜査で

あまりにも辛過ぎる、ヒロシの境遇が判明します。




ヒロシをさらった渡辺の弟分達を返り討ちし

二人の逃亡が始まります。

その中で二人の絆が家族以上の信頼と繋がりになってゆきます。




『「冷てえだろう。そっちの手はポケットに入れとけよ」

幸二の掌の中の冷たいヒロシの手が、かすかに温もりはじめている。

互いに暖め合っているようだった。』



『 組織の連中が追いかけてきた。

これ以上ヒロシを危険に晒す訳にはいかない。

車を止める。

「お前はここで降りて交番へ行け」

「お兄ちゃんは?」

「俺はこのまま車で行く」

喋り過ぎている。ドアを開けて放り出せばいい。 手が動かなかった。

「いやだ!お兄ちゃんと一緒に行く!」

「馬鹿野郎!」

ヒロシがそう言うのを待ってた。そう言ってもらいたかった。

ひどい男だ。 ひどい男でもいい。

俺とこいつは親父と息子、兄貴と弟、それ以上だ。 一緒にいて何が悪い。

肚は決まった。

「行くぜ!掴まってろよ」』



 

随所に描かれる

ヒロシと過ごす二人だけの時間の

愛おしさに引き込まれていきます。


軽井沢の別荘に潜り込んだ二人。



幸二の作ったスパゲティを、口の周りをケチャップだらけにしながら美味しそうに食べるヒロシ。


雪が全ての音を吸い消す、静寂の冬の別荘。

誰にも気付かれない、咎められない二人だけの安住の場所。


庭の雪を踏み固めたコースで、ラジコンを走らせ

雪の斜面で一緒にソリを滑らせる。

雪を投げ合い、屈託ない子供らしい笑顔をみせるヒロシ。


部屋の掃除や、洗濯を一緒に行わせ

唯一の大人である、自分の責任を感じる幸二。




『「お前の誕生日とクリスマスを一緒に祝うんだ。

クリスマスはついでだ。お前の誕生日だからだぜ」


19日はすでに過ぎていた。連中に追われ、誕生日どころではなかった。


部屋の明かりを暗くし、しばらくロウソクの灯りを見入った。


心が和む暖かい光だった。

何もいらない。今は何も欲しくない。

ここにあるだけで充分だ。

ロウソクの灯の中で、ヒロシがはにかんだように笑った。』



二人だけの、たった数日の至福の時間と交互に

幸二を追い詰める黒木刑事達が迫ってくる。

幸二を誤認逮捕してしまった、若い牧村刑事の後悔と

これ以上、幸二に罪を犯せたくない黒木の思いゆえの捜査。



読む者に、終わりが来るのが分かりながらも

二人の幸せが続いて欲しいと願わせる臨場感が伝わります。


もっと他の道はなかったのか

やはり、この道しか二人にはなかったのか。

どうしようもなく悔しく哀しい結末へ、物語が突き進んでゆきます。



真っ直ぐに駆け抜け、ぶつかって行った幸二。

深く哀しい境遇で出会った二人。

鮮烈で、眩しい位の刹那の幸せな時間。



【 作者が込めた想いが作品の熱量として伝わる】


この作品から伝わる熱量が

私が愛読書として読み続けている理由で

私に最も影響を与えた作品で

いつか必ず私の言葉で、披露したいと思い続けていた理由です。



軽井沢を訪れる度に、本作の事を思い出し

車窓から見える別荘の何処かが

二人の安住の場所だったのでは。

そんな想いが過ぎります。


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