第142話:ホワイトハウスと扶桑京
ホワイトハウス 地下戦略司令室
ワシントンD.C.各所にて、ホワイトハウス地下戦略指令室には、軍・情報機関・政府高官らが集結していた。
通信幕僚が震えながら……緊張した声で喋る。
「大統領! ……これは現実です。欧州各地に潜んでいるスパイからの報告ですが、レジスタンスとして旧欧州各国の軍人達が構築した欧州残存ステーションからの断片的な通信……すべてが一致しています。ドイツ軍が……出ました。大西洋を、東海岸を目指して」
カメラにて撮影されて現像された映し出される画像には、大西洋を埋め尽くす艦隊の写真。
スモーク、重装甲、十字章が並ぶ
アメリカ合衆国大統領トルーマンは顔面蒼白になりながらも気丈に立ち上がる。
「……これは人類史上始まって以来の……“黙示録”だ」
キンメル国防長官も動揺を抑えきれず震えた声で呟く。
「推定兵力60万人以上、支援艦艇2000隻以上、超大型ロケット艦と弩級揚陸艦まで……かつてのヒトラーの夢が、現実になろうとしています」
トルーマンが鋼の意志を込めて、机を叩く
「全土に戒厳令を発令! 東海岸に現存する全ての戦闘機及び対空兵器を配備だ! 全戦略爆撃機B-29及びP51ムスタング迎撃機、海兵隊を即時展開させよ!」
国防軍最高長官が立ち上がる。
「既に州兵を含む全州に動員命令を出しました、大統領!」
トルーマンは頷き静かに、しかし決然と言葉をつづける。
「これは歴史上初の本土決戦”だ! 我々は、自由の砦としての責務を果たさねばならん。あの赤黒い十字が、自由の灯を消すことは許されない」
通信幕僚
「大統領、ドイツの第一波がニューファンドランド沖に到達、カナダ方面の防衛線に接触しつつあります」
トルーマンは、深く息を吐き、ゆっくりと命じる。
「作戦コードを発動せよ――『Operation Liberty Flame(自由の炎)』。ここから先は、国家の生存を懸けた、第二の独立戦争の戦いだ」
♦♦
「扶桑京」軍政庁本部地下司令所
分厚い鋼鉄扉が静かに閉まり、会議室は重苦しい静寂に包まれた。
壁に掲げられた米国本土全土の地図盤に、赤色の線が大西洋から東海岸までひかれていた。
軍政司令官『今村均』大将は、灰皿に吸い殻を押しつけた。
髪にはわずかに白が混じり、眉根は深く寄せられている。
「……やはり、連中の最終目標はここになるか?」
誰も言葉を発しなかった。
扶桑京――かつてサンフランシスコと呼ばれたこの地は、アイゼンハワーの軍団を破り、日米講和時に日米協調の象徴として譲渡されて、日本軍政の中枢が置かれている。
そこを狙うのは、戦略上正しい。
「しかし、停戦条約が後2年残っているから向こうからは仕掛けてこないはずだと思うが?」
問いに応じたのは、陸軍第五方面軍司令官・土橋中将だった。
「あのヒトラーの言うことなんか信用出来ません!」
今村は机上の報告書をぱらりとめくった。
墨で記された簡潔な一文が目に留まる。
“敵主力、未だ欧州の港から出撃開始したなれど、重航空機動群の上陸前の攻撃の恐れあり。
「空から来るか。あるいは……潜んでいた艦隊が湾外に控えているやも知れぬ」
海軍からの派遣参謀・樋口少将が前に出た。
「現在、海上自衛艦“いせ”“しらね”により徹底的な外洋哨戒により、カリフォルニア沖六百キロ圏内には、潜水艦群は発見されていません」
会議室の空気が一層冷え込んだ。
「万が一、この扶桑京が目標であるならば――」
今村はゆっくりと立ち上がり、背後の作戦図を指差した。
「迎撃の手は、三つに絞る。一つ、都市周辺の高射砲陣地を全開せよ。二つ、湾岸に停泊している南雲機動部隊分艦隊と予備艦隊を動かせ。三つ、空陸連携による市街戦準備。この地に攻め込むなら、容易には渡さぬという覚悟を示せ」
指揮官たちは頷いた。
緊急事態条項動員命令が各部へと飛んでいく。
静寂の中にあった会議室は、今や決戦前夜の嵐の中心となっていた。
「扶桑京は、我らが誇りだ! ドイツがこの地に牙を剥くというならば――」
今村は軍帽を取り、静かに机の上に置いた。
「……迎えてやろう、正面からな」
窓の外では海風がうなるように吹いていた。
市街地の灯火は制限され、扶桑京の街はぼんやりとした闇の中に沈んでいる。
参謀室の中には、作戦地図の照明だけが静かに灯っていた。
今村均大将は、無言で机上の自軍の配置表に目を落としていた。
本間雅晴大将が静かに入室すると、今村は顔を上げて軽く会釈した。
「ご苦労だったな、バハ圏(旧カリフォルニア南部)の視察は」
「……予想より悪い。防衛線は脆い。住民も不安を抱えたままだ」
本間の声には疲労がにじんでいた。
彼は開戦以来の同僚であり、友人でもある。
停戦後は軍政と民政の間を行き来する難しい立場にいた。
「この都市――扶桑京を、軍の要塞としてだけでなく、“生きた都市”として守るというのならば、我々のやるべきことは単なる迎撃だけではないはずだ」
今村はうなずいた。
「それは承知している。しかし、“敵は全力を挙げてここに来る”と見ておくべきだ。ドイツの目は政治の中枢ではない。“象徴”を狙ってくる。ここを制すれば、日本の威信が崩れるとな」
本間は腕を組み、壁に掲げられた天皇陛下の御真影に一瞥をくれた。
「象徴であるからこそ、我々の戦いは、市民を巻き込まずして勝つ形を取らねばならん。私は市街戦を回避すべきだと考える。空挺が降りるなら、郊外で封じ込める。都市に戦火を入れぬように」
今村はゆっくりと立ち上がった。
「理想論としては正しい。しかし、敵が都市を舞台にせねば勝てぬと踏んでいるならどうする? こちらの意思にかかわらず、市街戦は避けられん。あらゆる準備をしておくべきだ。市民にも覚悟は必要になる」
本間は静かに息を吐いた。
「……ならば、せめて避難路と物資の確保を急がねばなるまい。軍政下とはいえ、人は恐怖には勝てぬ。民が暴れれば、防衛線は内から崩れるぞ」
「承知の上だ。特高局にも動員をかけている。情報の遮断はせぬ。ただし、誇張や風説には厳しく当たる。混乱は、何よりの敵だからな」
本間は今村を見つめた。
「我々の任務は国土防衛もそうだが一番大事なことは信頼の維持だ。日本人も、米国人も、扶桑京に生きるすべての者が、この地を護る意義を見失わぬようにせねば」
今村は、その言葉に少しだけ表情を緩めた。
「本間……お前がそう言ってくれて、私は心強い」
そして、作戦地図の中央――扶桑京と刻まれた地名に、今村は小さな木の駒を置いた。
「ならば、その意志をこの防衛線に込めよう。守るべきは、人心だ」
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