第141話:ドイツ上陸軍出撃前夜
夜明け前、大西洋の水平線が、金属の海と化していた。
フランス・ドイツ・イギリスを始めとする無数の軍港全てが、今やドイツ帝国上陸軍集団の巨大な「跳躍台」となっていた。
海に浮かぶのは、6万トン級超重上陸艦『ワルキューレ級』×700隻。
艦体は黒鉄で覆われ、その全長は空母にも匹敵する。
中にはティーガーIII重戦車、パンターII改良型中戦車、そして……新開発の機動歩兵装甲部隊がひしめき合っていた。
海上には、3万トン級装甲揚陸艦1000隻、空挺艇ギガント改3000機、 20万トン級超大型補給艦100隻が続々と集結し、約5,200隻におよぶ艦隊が大西洋に展開。
これは史上最大の侵攻艦隊であり、過去、数えきれない程のかつての上陸作戦を遥かに凌駕していた。
上空には、ユンカースJu-390 II型超長距離戦略爆撃機の大編隊が、V-3型ロケットを積載したロケット発射台搭載艦『ヴァルハラ』と共に、空の守りを固めていた。
さらに上層では、メッサーシュミット Me-262 H型ジェット戦闘機改の護衛が周回し、米軍の偵察機すら寄せつけぬ防空網を形成していた。
そして……圧巻は、海の下だ。
UボートVIIK2000トン級新世代潜水艦×700隻が、グリーンランド以南に並列潜航。
精密音響魚雷を装備し、まるで黒き狼群が海底を支配するかのように進む。
そして、ついに無線封鎖が解除される。
司令部からの暗号が全艦へ送信された。
「作戦開始!」
8万トンを誇る装甲空母で旗艦「フリードリヒ・デア・グローセ」の甲板からは、軍楽隊が「ジークハイル行進曲」を演奏し、上陸部隊の士気を最高潮にまで高めていた。
兵士たちは、祖国ドイツの勝利のため、そして新たなる“世界帝国”建設の第一歩として、アメリカの土を踏むべく、黒き鋼鉄の巨船に乗り込む。
その姿は、まさに「神話の終焉」とも言うべき荘厳さと恐怖を内包していた。
そして、一夜明けた朝靄の中、黒鉄の波濤が海を埋め尽くしていた。
それは軍艦というにはあまりに巨大な塊、要塞というにはあまりに速く――
ドイツ大艦隊群が次々と出撃の汽笛を上げていた。
甲高く、地の底から響くような音が……。
港に集った市民の胸を震わせ、世界の大気を振動させていく。
キール軍港では、46センチ主砲3門4基を搭載した
艦橋に翻るのは、黒地に銀鷲と鉤十字が重なる帝国軍旗。
その旗のもと、兵員80万人・艦艇総数5200隻が、今や大西洋を埋め尽くそうとしていた。
「艦隊、全速前進――!」
度重なる失敗を経て、粛清される寸前であったデーニッツ提督とレーダー提督の号令とともに、艦橋から伸びる通信電波が一斉に各艦を貫く。
その瞬間、数千のスクリューが一斉に水を割り、怒涛のような波が四方に飛び散る。
潜水艦戦隊は水面下に没し、重巡戦隊はそれに続いて海面を滑る。
空母からは、最新鋭海軍ジェット
大空を切り裂き、空母の群を護衛しながら空中哨戒に移る。
ゲーリングによる横やりで海軍再建の道が途絶えたかのように見えたが日本の例を見ても有効的な使い方をすればいいと判断されて短期間のうちに再建されると共に死刑寸前の両提督に運用命令が下ったのである。
ブレーメンからは補給艦団、ノルウェーからは氷海用巡洋艦、フランス西岸からは装甲揚陸艦団。
あらゆる戦力が、米国東海岸を一斉に睨むために、今、動き出した。
艦隊は威風堂々同と氷のような静寂を保ったまま進む。
ただ一つ、大西洋の風が旗をたなびかせる音と、
遠ざかる祖国の鐘の音が、戦士たちの耳に残っていた。
「これより先は、世界史の未踏の領域だ……」
一人の士官が呟く。
その眼前には、果てなき大西洋。
彼方にあるはずの星条旗の地を目指し、帝国の鋼鉄が波を割り続けていた。
♦♦
分厚い防音扉が閉ざされ、空気は沈殿していた。
総統地下指令室は石造りの天井と冷たい壁に囲まれ、今も機能している。
ヒトラーは長机の端に座り、赤く腫れた眼で地図を見つめていた。
その隣に、漆黒の制服を纏った男、SS帝国長官ハインリヒ・ヒムラーが立ち、手にした革張りの資料綴りを開いた。
「総統……ソドム計画の承認をお願いします。米国の大都市の一つに核攻撃をしてその更地に巨大な収容所を建築するのです。その象徴は“恐怖”による支配です」
ヒトラーの顔がわずかに動いた。
ヒムラーは続ける。
「一切の信仰、思想、自由、言葉までもを焼き尽くした灰の上にのみ、純粋なる恐怖を構築できるのです」
彼の指は資料の一部を示した。
それは、収容所全体を監視・統制するための六角形に区画された区域図。
中央には巨大な塔、“監視の眼”と呼ばれる施設が描かれている。
「そこでは市民という概念はなく、ただ“番号”が存在します。すべての行動は記録され、意志は命令に吸収される。この収容所は世界に示すのです。我々が未来の人類であることを」
ヒトラーは無言で立ち上がり、壁に掲げられた鉄製の鷲章に目を向けた。
「……美しい構想だ」
その声には陶酔にも似た響きがあった。
「焼けた地に、魂のない収容所を築く……まさに、世界の再鍛造だ」
ヒムラーは深く頭を垂れる。
「我らが総統の御意志のままに」
その時、会議室の空気は一層冷え込み、
部屋の隅に立つ青年士官は、ふと胸の奥に小さな疑念を覚えた。
この収容所の先にあるのは、果たして“秩序”なのか?
それとも、完全なる“虚無”なのか?
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